第十一話 魔術師達
魔術の技量も、ロイエルトが突出しているらしい。バーナードはともかくエルーラも相当の実力者だという。二人は、総合戦、剣術戦にエントリーしたので魔術戦には出られない。
それに次ぐのが……、ルートの友達でもあるアリシアさんなのか。
だから代表に選ばれている?
僕は総合科の魔術代表だけど……、おそらく魔術科の中に入れば確実に半分より下の実力。下手すると最下層かもしれない。
「さあ、次はあんたの番だからね。がんばってよ、プラシ!」
シノブが僕に声を掛ける。
「ああ、うん……」
「ああ、うんじゃないでしょ! 男を見せなさい、男を。
相手が女の子だからって、傷つけちゃうことはないんだから遠慮はいらないわよ!」
そう。魔術戦は体に魔術を吸収する呪符を張り付けて行われる。
それが、破れたら終わり。負けとなる。
中級程度の魔術なら――そもそも魔術戦用に、魔術の威力を弱める結界が張られていることもあって――、体に触れることなく呪符に吸い寄せられて霧散する。
要は、余裕をもって躱すか、迎撃して相殺するかしなければいけない。
身の危険はないことはわかってるんだけど。
「遠慮はいらないぜ。アリシアが俺の友達だからってな。
女だっていうのも忘れた方がいい。
そもそも魔術には女も男もないんだからな」
ルートも僕に模擬戦用の魔杖を渡しながらそう言ってくれるが……。
心置きなく戦える安全な舞台装置を整えてくれているのもわかるけど……。
僕には自信が無い。人に向って魔術を使うということ。
ポーラはそれで……魔物相手にも魔術を使うことができなくって、冒険者としては使い物にならないって烙印を押されて、家族の元からも離れちゃったらしいけど……。
なんとなく気持ちはわかる。優しいなんていうきれいごとじゃない。
単に臆病。意気地が無いだけのこと……。
「次戦! 剣術科、魔術科連合チームより、アリシア・クラサスティス!
前へ!
総合科より、プラシ・ジャクスマン、前へ!」
審判は魔術科の担任の先生だ。うちの魔術担当教師のグスコじゃなくて、それはひとつの不安材料が消えたんだけど……。
「初め!」
「では、よろしくおねがいします!」
アリシアが、一礼する。決意の籠った表情。
ルートから聞いた話だと、アリシアは入学したのはギリギリでだけど、努力で代表を勝ち取ったという。
アリシアの顔を見て決意が固まる。
女の子になんて負けてられない。魔術の技量はともかく、覚悟の面で。
僕だって……、僕だって必死で練習してきたんだ。シノブが作ってくれた良い流れ。
断ち切っちゃうのは申し訳ない。
「ナームダ・ト・キーヴォ・ノル……」
アリシアが詠唱を始めた。火属性? 精霊の高まりを感じる。
オーソドックスな魔術ではない。だけど、上級という感じでもない。
負けては居られない。僕にだって中級魔術は使える。
魔術戦は後攻有利。属性の相性を考えられるからだ。
火には水。
水ではなく氷。炎を打ち消して、さらに相手にまで届かせる。
僕も詠唱を始める。
「オーブ・カーナ・コトゥ・バ……」
大丈夫だ。アリシアは詠唱に手間どっている。スムースに唱えられれば、発動はほぼ同時。
「カニヴァーレ!」
「ディケィド!!」
炎が襲ってくる。中級魔術の火炎と言えば、大きな丸い火球が一般的だけど……。
アリシアが放ったのは、もっと鋭く細い。貫通性を持たせた炎だ。一般にはあまり知られていない中級魔術。
僕の放った氷塊で、受け止めきれるか……。
炎と氷がぶつかる、大きな穴を穿った炎が貫通して向ってくる。だけど、僕の氷塊も勢いを失っていない。アリシアに向っている。
と、とにかく躱さなきゃ……。
「トーツ・ガーダ!」
アリシアは初級の火球を生む魔術をあらたに詠唱した。
「トーツ・ガーダ!」
しかも連続。僕の氷塊を迎え撃つのか?
違う! 狙いは僕だ。
よける方向を狙って来ている。
「モルェ・サニネ!」
中級の水球で迎撃を試みる。二発は厳しい。一発はよけなければ……。
足元をすくわれる。
地? いつの間に……?
バランスを崩してしまった。目の前に火球が迫る。
だめだ……、間に合わない……。
「プラシ!!」
「よけろ!」
ルートもシノブも必死で声を掛けてくれるが……。
火球はあえなく僕の胸に付けられた呪符に吸い込まれて消えた。
「勝者! 魔術科、アリシア・クラサスティス!!」
やっぱり敵わなかったか……。相手は魔術科の代表だもんね。
仕方ない。後はルートに任せよう。
だけど……、なにかが変われた気がする。勇気を出すって言うこと。
明日から、もっともっと……今までよりも頑張れる、きっと……。
「ごめん、負けちゃった。なんにもできずに……」
戻ってきたプラシを俺は笑顔で迎えた。
「なに、相手が悪かったんだ。火球を避けても、次の魔術が発動を待ってたよ。
正直言って俺もアリシアがあそこまでやるとは思ってなかった。
魔力の量も……。
ちゃんと伝えれら無くって悪かったな」
「そんな……」
「いや、ルートが悪いわ! 一緒に住んでるんだからちゃんとスパイしとかないと!
せっかくあたしがあげた1勝が無駄になっちゃったじゃない!」
シノブは本気で機嫌が悪そうだ。
「いや、だって……、俺が悪いの?」
「僕とルートの連帯責任だね。
責任は、大将のルートにとってもらおうよ」
プラシが冗談っぽく言う。
「次は複合戦だから、俄然ルートに有利でしょ?
幼馴染だからって遠慮せずに、いなしちゃいなさい!
あの子、剣術はからっきし……、あっ!」
シノブの声に俺は振り返る。
闘技場の中央で横たわるアリシア。
「アリシアっ!」
俺はすぐさま駆け寄った。救護班も駆けつけてくる。
そして観客席から飛び出してくる一人の黒いローブ。
ポーラさん!?
「これは……明らかに魔力の使いすぎです!
手当ての仕方はわかりますよね?
魔法薬の備蓄はありますか?」
手際よく指示を飛ばすポーラさん。
担架が運び込まれてアシリアの身体が乗せられる。
そのまま運び出されようと担架が持ち上げられた時、アリシアの手から魔杖が零れ落ちた。
今朝ポーラさんが渡していたのとは違う。だけど学園で一般的に使われているものとも違う。
高級そうな魔杖。
拾い上げたポーラさんの顔が曇る。
「わたしは、アリシアさんについていきます。
大丈夫です。単なる魔力の使いすぎによる疲労、貧血みたいなものです。
すぐに意識を取り戻すはずです。
ルートさんは試合に専念してください。このまま続く……のでしたらですけど……」
そこまで言ってポーラさんは俺に耳打ちした。
「アリシアさんの使っていた魔杖……。普通じゃありません。
術者の魔力を極限まで使用して枯渇させるような……。
通常の経路じゃ手に入らないものです。
ましてや、魔術修行中の若者が使うものじゃありません。
気をつけてください。この発表会……、影でいろんな思惑が渦巻いているかも……です」
不安を煽るポーラさんだったが、アリシアの容態については保証してくれた。
結局、アリシアの急変による中断はあったものの、発表会はそのまま継続されることになった。
闘技場の中央で対峙するロイエルトと俺。
ロイエルトが俺にだけ聞こえる声でささやいた。
「そこそこの魔術が使えるらしいから選手に選抜してみたんだよ。
君とも関係が深いと聞いてね。なに落ちこぼれの総合科相手だ。魔術戦ぐらいは楽に勝てるだろう。実際そうなったことだしな。
上級魔術も使えるってことだったから、総合戦で君の戦力を少しくらい削いでくれるかと期待していたんだが。
期待はずれだ。
あれだけの魔術で魔力が枯渇するなんてね。
せっかく手にした魔杖を使いこなせなんて……」
「お前! まさかお前がアリシアにあの魔杖を!?」
「僕は何にもしてないさ。たまたま紛れてたんだろう。
学園側の管理も杜撰だな。
僕が、進級して生徒会に所属した暁には是正対象だ」
こいつ……、口ではこんなことを言っているが……。
確信犯だ。有力な貴族であることを傘に着て、背後でいろいろな糸を引いている。
「てめえ、ゆるさねえ!」
「恨むんなら無能な運営を恨みなよ。
僕を責めるのはお門違いだ。
まあ、これから僕達は戦うんだ。
ハンデは一切無し。もっとも、君の精神状態が平常を保てるのかどうかが心配なところだけど?
大丈夫? 君の大事な友人なんだろ?
動揺して本来の力が出せないなんていい訳は後から聞きたくないからね」
俺の怒りは沸点に達した。
ロイエルトは、アリシアを出汁に俺の動揺を誘っている。二段構えの作戦か?
アリシアの魔力が持って俺に最高の魔術――上級魔術――をかまして俺の消耗を誘うのもあり。
失敗して俺の動揺を誘うのもあり。
えげつないことを平気でやる。腐った人間だ。
俺は、思わずロイエルトに掴みかかろうとした。
「おっと、試合開始はまだだろ。
折角剣術戦で勝った奴が魔術戦は棄権する、一戦戦っただけで魔力が枯渇するような未熟な魔術師にも歯が立たない。
最弱のチームじゃないか君たちは。
そのチームの大将。どうせ、すぐに終わるんだ。試合で片をつけようじゃないか」
誘っている。俺の怒りを。冷静さを失わそうと。
だが! ここで、冷静さを取り戻して何が叶う!?
アリシアを道具扱いし、仲間を侮辱する。俺の一番嫌いなタイプの人間だ。
「両者準備はいいか? はじめるぞ?」
「どうぞ。早くしてくれないと、この野蛮人が今にもルールを無視して飛び掛ってきそうですから」
ロイエルトの言葉に審判員が軽く肯いた。
「では、始め!」
開始の合図を受けて――合図を聞きながら――俺は思わず叫んでいた。
「俺はっ! お前をっ! 絶対に無難でいさせねえぇっ!」