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わりとテソプレな異世界転生  作者: ぐらんこ。
三.わりとテンプレな学園編
39/83

第十話 女流拳士

「ルートさん、忘れ物も無いですか?

 ハンカチは? ちり紙は?」


 登校を見送ってくれるポーラさん。

 この日、俺達総合科生徒は、発表会の会場の設営準備等の雑用を言い渡されていたが、代表である俺には免除されていた。学校側じゃなくってクラスメイト達が言いだしてくれたことだ。


 だから、久々のアリシアと一緒の時間での出発。

 朝寝坊で普段は、昼過ぎにならないと起きて来ないというポーラさんだったが、さすがに今日は早くから起きて――というか徹夜してたぽいっけど――見送りまでしてくれた。

「大丈夫ですよ。ポーラさん。

 ハンカチもちり紙も持ちました。

 着替えだってほら」


 と俺はぬかりの無いことをアピールする。


「あと、アリシアさんにはこれを……」


 と、ポーラさんは手に持っていた包をアリシアに差し出す。


「これは?」


「ええ、一応……区切りと言うことで、まだまだこれからが大変なんですが、今日の発表会でアリシアさんがご活躍できるようにという願いも込めまして。

 頼りない師匠からで申し訳ないですが、ささやかな贈り物です」


「開けてみてもいい?」


 とアリシアが聞く。


「もちろんです」


 中から出てきたのは小ぶりの杖だった。杖の上部に精霊石が付いている。

 魔術師の必須アイテム。魔力を増幅したり、呪文を安定させるための魔杖。


「それは、初心者向けではあるんですが、扱いやすくて持っているだけで少しだけ魔力が高まるようにチューニングしたものです。

 ほんのお守り程度ですが、一応この半年間頑張ったアリシアさんの修了免状代わりと思っていただければ……」


 魔杖はもちろんそこらの店でも売っているが、魔術師の師弟間で授受されるそれは師匠の手作り――精霊石に魔力を込める作業を行う――が一般的だと聞く。

 ポーラさんは、寝る間を惜しんでこれを作ってたのか。


「ありがとう、ポーラ。

 だけど、今日の発表会では自分の杖の持ち込みはできないのよ」


「そ、そうなんですか?」


「残念だけど……。でも、ありがとう。嬉しい。

 ポーラの気持ち、ちゃんと伝わったから」


「はい、、、どこまでも世間知らずな師匠ですみませんです」


「じゃあ、行ってくるわね」


「おふたりとも、悔いの無いように~」


 悔いの無いようにか……。

 無難に闘って、ほどほどで負ける計画を立てている俺にとっては耳が痛い言葉だ。




 俺達の学園には闘技場が設けられている。そこが発表会の舞台。

 今日は1年である俺達が主役。前期のメインイベント。

 2年の発表会は、後期の中ごろ。3年は卒業間近に設定されている。


 全生徒はもちろん父兄や貴族、ただの周辺住民など、様々な人が集まってくるらしい。

 今回は剣術科のエリート、ロイエルトが出場するのだ。1年生は、他学年との交流――決闘や模擬戦といった争い――が禁じられているから、ロイエルトは2、3年生と直接力を比べたことはない。だが、噂と言うか前評判と言うか、剣術でも魔術でも既に学園最強という呼び声が高い。

 家系も良ければルックスも良い。若い女性のファンがついたりしているらしい。アイドル的な存在だ。


「では、総合科の代表者の入場です!」


 進行役の教師の合図で俺達――プラシとシノブの3人が入場する。

 他の生徒は観客席で長ったらしいセレモニー――学園長の挨拶とか来賓の挨拶――とかを聞かされて退屈していたようだが、俺達代表は模擬戦に備えて準備が必要ということで入場前は控室で待機させて貰っていた。

 いろいろすっとばしていきなり戦いの舞台に放り出された。


 観客の反応はいまいち。

 そりゃそうだ。無名な3人。プラシはパルシの甥だけど、目だった才能もなく、派手な見た目でもないので、知らない人は全然知らない。


「あの小さい方の子、プラシの甥っこだって。ちょっと可愛くない?」


「ふ~ん、そうなの」


 ぐらいの会話がところどころで繰り広げられる程度だ。


 続いて、剣術科、魔術科の連合チームの入場。

 有名人ばかりだ。

 ロイエルトはもちろん、アリシアもクラサスティス家の令嬢ということで噂になっているようだ。

 腰ぎんちゃくのバーナードはともかくとして……。


 え? という顔。俺にもプラシにも。一番驚いたのは当事者であるシノブだろう。

 剣術の部の出場者は、予想ではバーナードだった。本人の口からもその話は何度も出ていたらしい。

 だが、入場してきたのはエルーラ。ロイエルトの許嫁の女性剣士だ。

 会場はざわめきに包まれようとしていたが、それを上回るロイエルトへの歓声と喝采。

 場内は異様な空気に包まれていた。


「では、これより王立マーフィル冒険者養成学園の1年時、修練度発表会を開始する。

 初戦の代表者は前へ」


「いっちょ、やってやるわ!

 女同士、手加減なしで!

 番狂わせっての? 熱いわねえ!! 燃えるわねえ!!」


 俺達の側からは、シノブが。

 向こうからはエルーラが、入場する。





 さあ、剣術科のエリートお嬢様から大金星を挙げる大チャンスだわ!

 気合いれなくっちゃ!


「総合科代表のシノブの使用武術は拳術。

 ということで、特別に籠手こての着用を認めます。

 ただし、籠手の部分での打撃は有効打には含めません。

 剣の柄と同じ扱いです。防御には使用可能。

 シノブの攻撃は、拳につけられた装着具の部分のみ」


 あら? ミシャリーったら。ちゃんと敬語もつかえるんじゃない。あたしらの前じゃあほんとに口数少ないのにね。

 いやいや審判やらされてるってのが態度にも口調にも出ちゃってるけど。


「では、両者準備はよろしいでしょうか?

 始め!」


 ミシャリーの合図で、エルーラが剣を構えた。

 どうしよっかな。馬鹿のバーナードが相手だと思ってたから、この子の情報なんて全く集めて無かったわ。

 まずは様子見ってのはあたしのキャラじゃないし……。

 小手調べ、ならぬ、拳調べっ!


「うりゃあ!」


 とりあえず、挨拶代りに殴りかかる。ごくシンプルな身体全体を使った正拳。


 剣士相手に戦うには、いかにして懐に入り自分の間合いを作るかが重要。

 でも、さすがはエリート揃いの剣術科で代表に入るだけのことはある。

 エルーラは、さっと身をひるがえしてあたしとの距離を保った。


「え? ちょ……」


 バランスを崩したあたしにエルーラの剣が襲い掛かる。

 

「なんのための籠手だと思ってんの!」


 あたしは腕を交差して籠手で剣を受け止める。

 そのまま弾き返して勝機を手繰り寄せようとしたんだけど……。


 重い。女のくせに、エルーラの筋力は相当だ。

 剣を受け止めたあたしの両腕を押しこんでくる。


「馬鹿力はあたしの専売特許だっての!!」


 渾身の力で弾き返そうと力を込めた瞬間、エルーラは剣を引いた。

 またあたしのバランスが崩れる。

 刹那、エルーラの剣が胴を薙ぎに来る。

 あたしの両腕は万歳の恰好になって防御の役には立ちそうもない。間に合わない。


 エルーラは「やあ!」とか「はあ!」とか単調な掛け声ばかり。お上品で模範的なな剣士だこと……。

 だけど……、明らかに勝利を確信した『お疲れさま、お馬鹿さん』的な視線。表情。

 見えちゃったわよ。

 見ちゃったわよ。

 逆に言うと、こっちはそれぐらい余裕があるっていうことなのよっ!


 あたしの唯一の武器、防具である両腕は天高く突き上げられたまま。

 だけど! 硬いものに頼るだけが、防御じゃない!


 あたしは、蹴りで、エルーラの腕を狙う。あわよくば剣を叩き落とすぐらいの気合いを込めて。


「ちぇいさあっ!」


 その意図に気付いたエルーラはさっさと剣を引く。こいつなかなかやりおるな。


 その後、エルーラは小刻みに剣を繰り出してくる。

 あたしを間合いにいれさせないぞという意図が見え見えだ。

 悔しいかな、あたしはそれらを受け流すので精一杯。なかなか攻撃へと転じられない。


「おい! 相手の間合いじゃないか!

 俺との特訓を思い出せ!!」


 ルートの声が飛ぶ。ああ、したね。特訓、あんたがめきめき強くなっていったね。あたしを置いてきぼりにしてさ。

 プライドずたずたになったよ。

 だけど、達観したんだ。世の中には強い奴は居るってね。

 同年代だと3人くらいかな。まあそれ以上は居ないね。あたしは強いから。

 既に出会ってしまった。あたしより強いかもしれないたった3人。


 ルートにロイエルト、それに……エルーラ。

 ほんとやだ。この子強い。バーナードだったら軽くいなせる予定だったのに。

 あたしの最強神話の始まりにちょうどいい相手だったのに。


 だけど、機会を与えられたことに感謝する。あたしより強い奴なんて3人もいらない。ここでひとりを始末する。逆境こそがチャンスなんだっ!


 あたしはエルーラの攻撃が途絶えた瞬間思い切って、下がる。距離をとる。


 横目でミシャリー先生を見た。あたしのとっておき。事前に話は付けてある。

 だけど、不意打ちで勝つのはあたしのガラじゃない。

 溜めを作る。明らかにエルーラに伝わるように。何か狙っているとあえて気づかせるために。

 構える。拳に意識を集中させる。


「せいっ!」


 掛け声とともに拳を突き出す。エルーラとの間合いは遠い。拳はもちろん、槍を持ってたって届かない距離だ。

 だけど、これがあたしの間合い。


 魔法拳士を極めた――って全然極めてないし修行中の身だけど――あたしが手に入れた新しい力。

 拳に貯めた拳気を放出する遠当ての術。名付けて、拳気放出オーラレディエイト!!

 威力はパンチの半分ぐらいだけど、あたしのパンチ力は並みじゃない。

 くらえば今後の人生に支障が出かねないほどだよ。それはルートの青痣で証明済みだ。


「くぅっ!」


 エルーラは、襲い掛かる拳気オーラを剣で受け止めた。弾き返す。

 剣気はまだ身に付けていないエルーラだが、魔力を帯びた模擬戦使用の木刀ではそれが可能だ。


「あれって魔法? 魔術じゃないのか? 剣術戦では魔術も魔法も使用禁止なんじゃ」

「いや、剣気じゃないか? だけど、拳士でそれを……」


 とほうぼうから戸惑いの声が上がる。


 そりゃそうだわ。剣気ってのは真剣でモンスターを何匹も何十匹も刻んで経験を積まないと手に入らないと言われている。

 実際問題そういった性質のものらしいから、ロイエルトだってルートだってまだ身に付けていないはず。

 だけどこのあたしの得物は剣じゃない。こぶし

 ルートをたこ殴りにして、ある日突然目覚めた拳気。使わない手は無いと思って、先生に確認したらルール上は問題ないという返答を得た。

 だから使わせてもらうわよ。

 こっからが本気。遠距離も超近距離もあたしの間合い。

 

 両の拳に力を込める。

 時間差での遠距離からの連撃。


「せいっ! ……せいっ!!」


 右正拳での拳気放出! 続けざまに左っ!

 さすがはエルーラ。剣術科のナンバーツー。2撃目が来るのを悟るや否や、迎撃を諦めて躱す。

 そして距離を詰めてくる。エルーラの間合い。剣の間合い。

 振りかぶらない。最短距離で剣を突く。

 だけどね、もう一歩。あたしが足を踏み込むだけでっ!


「これが、拳士の間合いなのよ!」


 所詮、拳気での遠隔攻撃はおとり。あたしは全身に力を込めた。

 エルーラのどてっぱらに一撃を叩き込む。手加減はするわよ。嫁入り前の娘さんなんだから。こっちだってそうだけど。

 だけどちょっと力が入りすぎちゃったかも知れないわね。ごめんね。

 だって、あんたの攻撃も、全力だったじゃない?

 ギリギリだったわよ。あたしの籠手を伝った剣は、紙一重であたしの首元をかすめている。


 ピキピキっと何かがひび割れる音。

 あたしの拳から、エルーラの脇腹から。勝敗の判定用に付けていた魔術の掛けられた木製のナックルだ。相手の体に触れると自壊する。

 一方、エルーラの剣は、そのまま。砕ける気配もない。当然。見切って躱したんだから。

 

「勝者! シノブ・ミツルギ!!」


 ミシャリー先生が事務的に告げる。ほんとお仕事って感じ。

 可愛い生徒が完勝したんだから、ちょっとは感動しろっての。


 会場のざわめきが心地いい。誰一人総合科のあたしが勝つなんて思ってなかったろうから。ルートを除いて。プラシですら。

 勝者の余裕で、試合を観戦していたロイエルトを見てやった。

 最愛の人間が敗れ去ったというのに表情一つ変えていない。


 まあ、ロイエルトの泣き顔を見るのはルートの頑張り次第だわね。あたしの役目じゃない。


 ここでだらだらと勝利の余韻に浸っていては女がすたる。

 あたしは足早に仲間の元へと帰って行った。


 プラシが、ルートが笑顔で迎えてくれる。


「すごいよ! シノブ! まさかこんなに簡単に勝つなんて!!」


 見かけよりは苦労したんだけどね。


「お疲れ! 幸先いいな!」


 まあ、トップバッターとしての役割は十分果たしたでしょ?


「だから、任せとけっていったでしょ!?」


「この調子で次も頑張って!」


 と無茶なことを言ってくるプラシに、あたしは素直に言い返す。


「はあ? 何言ってんの? 次の相手は魔術師じゃない?

 残りの人数少ない方のルールに合わせる決まりだから次は魔術戦になるでしょ。

 あたしの役目は終わったわよ」


「えっ? だって勝ち抜き戦だから……」


「あたしは魔術師相手に拳で戦うことはできても魔術師相手に魔術では戦えないわよ。

 知ってるでしょ?」


「いや、それはそうだけど……。

 ねえ、ルート。アリシアってこ、魔力がそんなに多くないんでしょ?」


「ああ、それはそうだけど……」


「だから、あたしに魔術を躱し続けさせて相手の消耗を謀ろうっての?

 男の子がそんな卑怯なこと考えないの!」


 いざ闘いの舞台では男女平等。女も男も無い。

 だけど、やっぱりねえ。女が策を練るのって許されても男がそれをしちゃいかんでしょ。


「というわけで、あたしは次戦は棄権するから。

 あとはよろしく!」

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