第九話 発表会前
学園での生活にもだいぶと慣れてきた。
友達も増えた。総合科生徒は大体友達!
アリシアは上級魔術の練習に忙しくてあまり相手をしてくれない。ポーラさんも同様。
俺は、暇な時間は学校の図書室で見つけた剣術指南書を読み漁っていた。
魔術書の類は、秘匿されていて学園の図書館とも言えど、上級以上の魔術が記載されたものは所蔵していない。
だから、図書室なんて見向きもしてなかったのだが運が良かった。巡り合わせと言う奴か?
総合科1年の俺達は、学校内の雑用までやらされる。
魔術科も剣術科もそんな仕事は請け負わないのに。
なんでも、総合科をぎりぎり卒業できるぐらいの腕前だと、モンスターが来るかもしれないような――だけど来ないかもしれないような――街道沿いの草刈りや掃除なんかも嫌な顔ひとつせずに引き受けないと食べていけないとかなんとかの理由をつけられて様々な雑用が押し付けられた。
たまたま掃除していた時に見つけたのがこの本だった。
『ジャルツザッハ剣術の応用と実践』
著者は剣聖と謳われたジャルツザッハその人だ。
挿絵が一切なく、文字だけで理念や抽象概念ばかりが述べられているので理解が難しいのは厳しい。だけど、ゴーダから習ったことのその先々についてまで記載されている。
一石二鳥。俺はこれを読んでジャルツザッハ剣術を学んだことにすればいいし、実際にこれから剣術の技術をどう伸ばしていけばいいかという懸念が解消された。
学園の剣術の稽古では、徐々にジャルツザッハを解禁していく。
さも、日々少しずつ書物を紐解きながら学んでいるようなふりをして。
剣術のセンスがあるのはもう周りに知られているから、わりと早くマスターしていってもそれほど怪しまれないはずだ。
何故に今さらジャルツザッハやねん! という怪訝な視線さえ躱せばいい。
剣術担当のミシャリー先生は放任主義。基本的に生徒同士で模擬戦をやらせる。模擬戦が嫌なら個人練習しててもいい。あとは知らん顔だ。
生徒同士がお互いの長所や欠点を指摘しあって伸びていくしかない。
魔術の授業は、相変わらず。
課題課題の連続。まあ、魔法の基礎を身に付けるため、魔術の基本を体に浸み込ませるためには理にかなった課題ではある。そうは言っても、出来なかったら退学だというのを毎回毎回言われてとてもうざい。
プラシは、自分でクリアできる課題であれば積極的にみんなにコツを教え、壁に当たるとこっそり俺に尋ねにくるという行動パターンを身に付けていた。
そのプラシは最近では、放課後に俺の家に魔法の基礎練習なんかを習いに来ている。
俺はポーラさんやパルシから教わったことを伝えているだけだが、ほとんどがプラシにとっては初耳のようで、スポンジのように吸収しては伸びていく。
やっぱり家系と言うか血と言うか。プラシのセンスは悪くない。家族の期待ってのが大きすぎたんじゃないかと思う。
ちなみに、ポーラさんは家族と連絡をとるのを渋って、プラシが来るときには隠れて出てこない。その辺の事情は深く聞かないことにした。
学園では嫌なことも沢山経験する。
昼食はみんな食堂で食べることになっている。クラス毎に時間が割り当てられていて、始めは上級生から。1年は3年と2年の後。俺達総合科は1年生の中でも最後の最後。
俺達の前は剣術科と魔術科に充てられている時間だ。だから、よく食堂の出入り口付近ですれ違う。
すれ違うたびに、視線で、時にははっきりと口に出して蔑まれる。
嫌味な剣術科の生徒筆頭は、バーナード・オレーグとかいう貴族の息子。
「ほ~。お前ら総合科でも飯食ってる暇があるんだな」
「お前らが居なくなれば、学園の食費も浮くのにな~」
「お前らの後に飯を食わなくてよくって嬉しいね。無能が伝染りかねないからな」
などなど、露骨に皮肉や悪口をぶち込んで来る。
それを窘めるのは、エルーラ・ハフィスターという女性剣士。
こちらも剣術科の生徒。
育ちがいいのか物腰も穏やかで、
「バーナード、彼らにだって夢や目標はあるんです。
あまりちょっかいをかけるのはおよしなさいな」
なんて、俺達を庇うようないい子のように見えて、実は内面ではおそらくバーナードどころではなく俺達を見下しているという、そんな冷たい女だ。
『雑草には雑草なりの役割があるんですよ』とでも言いたげな眼つきをしていると思ってしまうのは、俺が卑屈だからか?
この二人が、1年生剣術科での首席候補ロイエルトの取り巻きの筆頭。
ロイエルトとエルーラは付き合っているとか親同士が決めた許嫁だとかなんとか。
バーナードは単なる腰ぎんちゃく。
偉そうにしているだけのことはあって、バーナードも実力は確からしい。さすがは剣術科の生徒だ。
そんなわけで、1年の半分。前期後期に分かれたカリキュラムの前半部分はあっという間に流れて行った。
魔術の授業でも、ぽつぽつと脱落者が出始めた。課題が徐々にレベルアップしていき、プラシからコツを聞いたところですぐには実践できないこともあるのだ。その日のうちにクリアしないといけないという時間制限が厳しい。
ことあるごとに退学退学と口走っているのはポーズではなく、課題で躓いたやつは本当に退学させられていった。
そして、剣術の授業でも冷酷な仕打ちは起こる。
突如、ミシャリー先生が生徒の名前を呼ぶ。
彼女が授業中に生徒の名前を呼ぶときはほぼ100%の確率でその生徒に引導を渡す時だ。
「明日から来なくていい」
それだけを簡潔に告げられた生徒は荷物をまとめて、そのまま帰宅する。
シビアな世界だった。
だけどそれが俺達の日常。
前期の締めくくりのイベント、修練度発表会が近づいてくる。
名前は発表会だが、その実はただの模擬戦。
剣術科と魔術科から選ばれた3名と、総合科からも3名。
3対3で行われる勝ち抜き戦だ。
どうして、優秀な剣術科と魔術科は二つのクラス合わせて3名で、落ちこぼれ集団の総合科は自前で3人も選出しなければならないのか。
それは単に過去の慣習が残っているからということらしい。総合科が優秀で花形だったころの古き遺物。
今は単なる嫌がらせにしか思えないが。
剣術科と魔術科の生徒は代表に選ばれるのに必死だ。
多くの教師陣やゲストに見守られて行われるこの大会での勝者は、実力が備わっていると判断されれば、ギルドへの仮登録が受けられる。
学園に通いながらも、依頼を受けることができるのだ。授業そっちのけで。
もちろん、学生のうちは受けられる任務はランクも低く、報酬も少し安く設定されてしまうが、早いうちから経験を積めるというのは大きなアドバンテージになる。
それほど裕福ではない家庭に生まれた生徒なんかは、一刻も早く自分で稼ぎたいという気持ちを持っている。
そういうわけで、俺達も担任のミシャリー先生から発表会の簡単な説明を受けた。
「魔術限定戦でひとり、それから、剣術限定戦でもひとり。複合戦でもひとりの3名だ。
代表者3名をお前達で話し合って決めるがいい」
放置された俺達は自然とプラシの元に集まる。
なぜならプラシは学級委員長的な存在だから。
女子の委員長的ポジションはミッツィだがこちらは実力が伴っていないただの雑用係と認識されている。だけど頑張り屋さんでなんとか課題にも食らいついている。
「魔術はプラシで決まりだよな? 剣術は……、ニグタ? お前出るか?」
と、マヒヤが言う。
「ちょっと待って、魔術は僕って……」
遠慮がちにプラシが辞退しようとするが、
「いや、だってプラシしかいねえじゃん。魔術科の連中にひとあわ吹かせられそうなのって。
俺ははっきり言って嫌だな。どうせ剣術はバーナードあたりが出るんだろう?
こないだも食堂で言ってたぜ。
こいつらじゃあ歯ごたえなさすぎて、発表会に張り合いがないってな。
まあ、事実っちゃ事実なんだろうけど……」
と、ニグタが、悔しそうに漏らす。
「まあ、ニグタが嫌っていうんなら剣術と複合は後で考えるとしても、プラシは魔術戦の代表で決まりだよ。
なあみんな?」
マヒヤも再度、プラシ推薦説を強調する。ほぼ全員がそれに頷いた。
少し考え込んだプラシは、
「わかった。みんなが僕を選んでくれるんならやってみようと思う。
だけど、剣術戦と複合戦の代表は僕に決めさせてもらえないかな?
やるからには勝ちを目指したいんだ」
ちょっと沈黙。気まずい流れ。落ちこぼれ集団に置いて、夢を語るにはビジョンを見せなければならない。それが無ければ単なる自意識過剰の遠吠えだ。
「いやまあ、その気持ちはわかるよ。出るからには勝つ。
当然といえば当然の心構えなんだけど……」
とマヒヤがフォローを入れるが、みんな腰が引けている。
いうなれば総合科の生徒は晒しものだ。
剣術科、魔術科の噛ませ犬。プラシなら善戦は出来るかも知れないが、地力の差で敵わないことをみんなはうすうす気づいているというか、当然だと思ってしまっている。
プラシに選択権を与えて、もし自分が選ばれてしまったら……と心配しているのだ。
その重く沈んだ空気を動かしたのはシノブだった。
「ほんとだらしがないわね! 女子はともかく男子のあんたらまで!
出たくない奴はでなかったらいいじゃん。
あたしは、選ばれたら全力を尽くすよ!
この拳で!!」
鬨を上げる。
「ちょうどよかった。僕もシノブに出て貰おうと思ってたところ」
プラシがさらっと言い放つ。
「へ?」
とシノブは先ほどの台詞とは裏腹に意表を突かれた表情。
「まあ……そこまで言うんなら出てあげるけどさ」
と照れとも、勢い任せともいえない口調でしぶしぶ納得するシノブ。
「あと、複合戦は……」
嫌な予感。即的中。プラシの視線は俺に向く。
みんなが俺を見た。
俺は結構な頑張り屋さんだ。自己流の剣術に見切りをつけて、流行りもしないジャルツザッハ剣術を一から勉強している……というキャラ設定。
あと魔術はそこそこ。そつなくこなすが、取り立ててすごいということもない。地味にコツコツとやっている。
そんなイメージを与えているはずだ。
「ルートにお願いしたいと思う。
ルートが剣術と魔術のバランス的に一番ふさわしいと思うから。
反対があれば僕の魔術戦も含めて検討しなおすことにするけど?」
折角決まった代表――外れ籤――を、覆そうという心意気のある奴はこの総合科には居なかった。
ぱちぱちと小さな拍手が起こる。
マヒヤがいちはやく賛同の意を表明して決定を祝しているのだ。
ひとりの小さな拍手はすぐに、俺、シノブ、そしてプラシの三人を除く生徒全員での拍手となった。
速報! 俺、発表会の大将に決定!
最近アリシアとはすれ違いというか、まともに顔を合わしていない。
ベルさん曰く、何かひとつでもいいから突出した力を見せるのが退学させられないための絶対条件。
毎日夜遅くまでポーラさんと上級魔術の練習をしているのはさっきも言った通り。
魔術科に通うアリシアと俺は登校時間も下校時間も違う。
俺達総合科は朝も夕方も、掃除や雑用に追われていたりするからだ。サービス残業&サービス早出。
夕食時も会話は少ない。
あまり思い詰めて無けりゃいいんだが。
その日の夜は、俺の方に話題があった。ポーラさんが振ってきたのだ。
「あのですね、プラシが代表に選ばれたって聞いたんですけど?」
どこからの情報だろう。かなりの早耳だ。
「ああ、そうですね。魔術戦の代表です。
やっぱり総合科の中では飛びぬけてるから……」
俺は、自分を除いてとはいわなかったがポーラさんは百も承知のようで、
「ルートさんには敵いませんよ。
プラシは努力家ですし、才能も悪くないんですが、どちらかというと晩成タイプのようですね。うちの家系です。
で、ルートさんは剣術ですか? 複合ですか? 選ばれましたよね?」
決めてかかってくるということはそっちもどこかで小耳に挟んだのか? 俺の能鷹生活が一部に露見していることを想像したのか。
隠していてもしょうがないから、正直に言う。アリシアにやっかまれないかが心配だったが、彼女は彼女なりに自分の進む道だけを見て真っ直ぐ歩いているからそんな懸念は逆に失礼にもあたる。
「うん、そのプラシに推薦されちゃってね。複合戦に出ることになってます」
「おめでとうございます!」
「めでたくは無いよ。どうせ、相手は決まってるんだし」
「そうなのですか?」
とポーラさんが聞いてくる。アリシアからいろいろ学校の話は聞いているのだろうけど、奴……ロイエルトは剣術科だし接点はないだろう。
「ロイエルトってやつ。礼儀は正しいけど……中身は知らない。
剣術の腕は凄かった」
「あら、やっぱりロイエルトさんは有名なんですね。
ねえ、アリシアさん。
でもルートさんと戦うことにならなくってよかったですね。
あ……、でもプラシと当たるのですか……。
アリシアさん、手加減無用ですからね?」
え? ポーラさんの話を総合すると……、
「アリシアも発表会のメンバー!?
選ばれた? ひょっとして!?」
「うん……、そのロイエルトからの強い推薦らしいわ。
なんか裏がありそうなんだけどね。
断るといろいろ面倒だし……」
困惑と嬉しさが混じったような表情と口調のアリシア。
「そっか、アリシアも……」
この時の俺は単に、アリシアの力が認められつつあると喜んでいただけの浅はかな男だった。
後に後悔するとも知らずに……。
そして、発表会の朝がやってくる。




