第八話 第一関門
魔術担当教師である『溶岩クズ』は生徒をほっぽって教室を出ていくという所業。
好きにやれということか?
残された生徒達は雑然としていた。
昨日今日で、まだまだ打ち解けているという感じではない――俺も含めて――が、ひとりで黙々とやるような課題ではない。
できれば誰かと喋りながらのんびりとやりたい。一喜一憂を分かち合いたい。
そんな思惑が絡み合い幾つかのグループができていた。
プラシの周辺にもひときわ大きな人だかり。
プラシは、黙々と課題に挑戦していた。かれこれ一時間近くになる。
俺も遠くから見守る。自席でぽつんと座っているのは極めて少数派だった。
既に2本の蝋燭で失敗を重ねて、ふて寝しているシノブ。その他若干名。
俺もプラシの周りを囲む群衆と化していた。
「あっ!」
悲鳴にも似た歓声があがる。いや、悲鳴だろう。同時多発の。
「消えた!」
「惜しいぃ!」
「プラシでも駄目なのか!?」
本人の意識や自覚とは異なり、こと魔法に関しては既にエリート扱いされてしまっているプラシだった。それもそのはず。
ほとんどの生徒は1本目の蝋燭に挑戦していた。そして失敗を経験していた。
俺もこっそりと試してみた。これはやっぱり行けそうだ、何の問題もないなと思って、わざと自分で火を消して様子を見る方にまわってるけども。
で、俺のように故意に失敗したような物好きは他にはいないだろう。
みんな本気で取り組み、早いものは5分も持たない。シノブのように数十秒で消えてしまう奴はさすがに他には居なさそうだが、長いものでも30分も持たなかったようだ。
その中でプラシが1時間近くも灯し続けていたのだ。蝋燭の火を。
残り一時間で課題クリアとなる。
羨望の眼差しが向けられる。みんな自分の課題そっちのけでプラシの成功を祝うつもりでいた。落ちこぼれクラスには一体感だって必要なのだ。
突破口が開かれることを望んでいる。一人が成功すれば希望は見えてくるる。
そんな中でのプラシの失敗。
残念ではある。だが、この失敗を上手く生かそうとする考えも立ち昇る。
「なあなあ、プラシ。
コツとか教えてくれよ!
あるんだろ?」
先陣を切ってプラシへ質問を投げかけたのは、マヒヤとかいう少年だ。自己紹介もなんにもしてないから聞きかじりの名前だけど確かそんな名前だった。
はやくもクラスのムードメーカー的な立ち位置を手に入れようとしている。
「コツって言われても……」
プラシは少しの間考え込んだ。それからゆっくりと話し出す。
「そうだね。
やっぱり集中力だと思う。魔力の放出は掌からじゃなくて、指先のどれか1本。魔力の流れを細く細くするイメージかな?
あとはやっぱり集中を切らさないこと。
失敗した時も僕の集中が乱れた時だったし……」
もっともらしいことを語るプラシ。本人はウソ偽りなく、自分の体験を元にして語っているのだろう。
みんなにコツを教えたい。少しでも合格者を増やしたい。そういった想いで。
だけど、それじゃあダメなんだと俺は知っている。魔法の基礎としてはプラシの言うとおりだけど、それじゃあこの課題は乗り切れない。
早くも応用課題なんだこれは。
俺だってプラシと同じ方法でこの課題に挑んだら、3本中1本を成功させるのがやっとだと思う。
確かに理にかなっているように思えるプラシの説明だが、この課題には適していない。 それはさっき試しに点けた蝋燭で実験済み。炎を灯し続けるのにたいした魔力量は要らないが、一瞬たりとも魔力を途絶えさせてはいけないというのがこの試験のミソだ。
考えた奴はほんとにいやらしい。
とにかく、このままじゃあプラシだって課題をクリアできる可能性は低い。あんなやり方でよくも1時間も持ったというのが逆に凄いくらいだ。
「プラシ……、ちょっと……」
俺は手招きしてプラシを呼んだ。
輪から遠ざかり、プラシにそっと耳打ちする。
「あのな、今話してたコツのことなんだけどな。
集中は確かに有効だよ。現に1時間も燃やし続けられたんだし。
だけどもっと簡単な方法があるんだよ。
内緒だけどな。いや、内緒にする意味ないか。うん、内緒はまずい。
とりあえず聞いてくれ。
イメージとしては、魔力を細くするんじゃないんだ。薄く広く。
それに掌全体から放出するイメージだ。
あとは無理して集中しないこと」
そこまで聞いてプラシが
「えっ!」
と声を上げる。みんなの視線を感じる。
俺はプラシにも声を潜めるように頼んだ。
「集中しないと魔力なんて放出し続けられないと思うけど?」
というプラシの問いに俺は自信を持って答える。経験談だ。
「いや、それが違うんだよ。安定して魔力を放出しようと思えば、むしろ余計なことを考えていた方がいい。魔力の放出はほんのちょっとずつでいいんだから。
できるだけ意識せず自然に流れ出るイメージを掴むんだ。
ポーラさんから教えて貰ったことだから多分間違いない」
俺は信ぴょう性を持たせるために、思い切って真実を告げた。
ほんとのところは、1歳の時にパルシから習っていたことだが、ポーラさんからも改めて習いなおしたので嘘は言っていない。
「ポーラから?」
当然プラシから疑問があがる。
「ああ、俺と、もう一人、魔術科に行っているポーラさんの教え子がいるんだが、そいつも教えてもらってすぐにコツを掴んだよ。
10歳になるかならないかのときだった。その時はこんな蝋燭じゃなくって別のやりかただったけど。
だからここに居るみんなも方法さえわかればそんなに手間取らないと思う」
そりゃそうだ。そこまで無理難題を押し付けるような学園のはずがない。
いや、溶岩クズならやりそうだが、さすがにこんな課題で全員退学とかいう無茶は考えていないはずだ。誰かがコツを掴んで他の生徒にも周知させることまで織り込み済み。そんな思惑が透けて見える。思い過ごしなのかも知れないが。
「ありがとう。わかった。やってみる」
と、プラシは席に戻ろうとする。俺は慌ててそれを止めた。言わなければならないことがもう一つだけある。
「あのさ、プラシ。今の話、俺からは聞かなかったことにしてくれない?」
「え? なんで?」
「いや、その、なんていうか……、恥ずかしいって言うか……」
「でも、みんなにもうコツっていって間違ったやり方を教えちゃったよ?
それを訂正しないと……」
「そこをなんとか誤魔化して。それで今言った方法でプラシが上手く行ったらみんなにも広めて欲しいんだけど……」
「……なんだか難しいお願いだね。わかった。とりあえずやってみる」
そこでプラシは席に戻る。気の早い奴は、すでに2本目の蝋燭にチャレンジしていた。
しばらくして失敗を嘆く声が聞こえ始める。
そんな中、2本目へのチャレンジを始めたプラシが声をあげる。
それほど大きい声ではないが本人からすれば頑張って声を張っているのだろう。
「みんな聞いて! さっき言ったコツってやっぱり違ってたみたい。
今は違う方法でダメ元でやってるんだけど、うまくいきそうなんだ」
課題挑戦中に、集中もせずに喋り出したプラシに一同がどよめく。
これがきっかけで失敗してしまうやつもいた。
「なんだよ! 今いいところだったのに!」
当然のごとくプラシに批難が集まる。
だが、プラシはそれを受け入れたうえで、
「ごめん。だけど、わかったんだ。本当のコツが。
集中するんじゃないんだ。ごく自然に魔力を放出し続ける。むしろ、意識は他のところに向けておいた方がいい。
今だって、みんなに喋りながらもちゃんと火は消えてないでしょ?」
実例を見せられてみんな納得する。
「あと、魔力は掌全体から…………」
悔しいけれどプラシは一発でコツをつかんだようだ。それに俺よりも説明が上手かったりする。
「色が変わっちゃってるけど失敗した蝋燭でも練習はできるでしょ?
騙されたと思ってやってみて!」
その声をきっかけにみんな疑心暗鬼ながらも、無駄になった蝋燭で試してみる。
すぐに歓声があちこちで上がり始めた。
「ほんとだ!」
「これならできそうだ!」
歓喜が沸き起こる。ちょろい奴らだ。とにかくプラシはこれで一目置かれる存在になるだろう。
今、課題に取り組んでいないのは俺とシノブの約2名ほど。他の連中は念には念を入れて練習を続ける者もいるし、残り2本あるやつは、クリアへ向けて挑戦し始めている。
まあ、コツさえつかめば幼児だってできることだ。総合科とはいえ、入学試験を通った奴らだ。出来て当然。
総合科の生徒の魔法のレベルや知識が低くくて、こんな簡単なことを知らなかったのだろうか。
それともポーラさんの教え方が特別に丁寧で他では教えないような基礎や下積み練習からみっちり仕込んでくれていたのだろうか。それはわからない。
とにかく俺はクラスに貢献した。ひっそりと。これで全員クリアできるだろう。
あとは自分の分をそつなくこなすだけ。
それから……と俺は隣の席に目をやる。
だらしなく涎を垂らして寝ているシノブの姿がそこにあった。
「おい! 起きろ!」
俺はシノブの机を蹴って起こす。
「にゃによ!?」
「なによ? じゃないだろ! 課題だよ、課題。
諦めずにやれよ」
「なんで? だって苦手なものはしょうがないわ。
蝋燭も、もう1本しか残ってないし、どうやっても無駄だと思うし。
1分も持たずに消えちゃうし。
卒業しなきゃ冒険者になれないってわけじゃないし!」
その態度に俺は無性に腹がたった。
「お前なあ! そんな考えでやってけるほど冒険者ってのは甘くないんだぞ!」
「そう? 攻撃特化の近接型って需要があると思うけど?
魔術なんて得意な奴に任せ解けばいいじゃない」
「そういう考え方じゃあ……!」
「一人でなんでもこなそうなんて考えが……!」
押し問答になろうとしていた時、
「ルートさんの言うとおりです! 学園で中途半端にしてたら、冒険者になっても中途半端になっちゃうんです! ……ってお兄ちゃんが言ってました……」
そばに居た女子に口を挟まれた。
「誰だっけ? あんた……」
と、シノブが聞く。
「えっ、わたしは、ミッツィ・カシマールで……す。総合科の……」
「総合科ってことくらいわかってるわよ。あんたのお兄さん冒険者なの?」
「えっ! ええ、はい……まあ一応は……」
「この学園の出身?」
「ええ……、はい……まあ一応は……」
「総合科? ああ、『ええ、はい、まあ』はいらないわよ」
「…………総合科です……」
「じゃあ、この課題のこととかも聞いてるんだ?
それってずるくない?」
「いえ、この課題については今日初めて……」
ふと気になって、俺はミッツィの机を見てみた。
非常に残念なことに燃え尽きさせることが叶わなかった色の変わった蝋燭が3本置かれている。
そんなミッツィは、シノブに向って、
「でも……、最初はみんな失敗したけど、あの……プラシさんが、コツを教えてくださって、それでみんなクリアできそうなんですよ」
「コツとかあんの?」
「ええ、まあ、一応はそういうことらしいです」
それでシノブの気が変わったらしい。
「プラシってのは……、あいつよね」
と即刻プラシの元へ。まあ、ほっといても大丈夫だろう。
プラシも自然体で課題に臨んでいるから、シノブが襲来したぐらいじゃ火は消えないはずだ。
と、俺はシノブにおきざりにされたミッツィに向き直る。
「そうだよな。がんばるって気持ちが大事なんだよな。
ミッツィも頑張ってクリア目指そうな!」
「えっと……、でもわたしは……」
と、はっとミッツィは気が付いたようだ。失敗した3本の蝋燭のうちの1本が真新しいものに変わっていることに。
俺が風の魔法を操ってそっと入れ替えた。未使用の自分の分と。
「さて、俺もそろそろやってみるか、プラシが教えてくれた方法で。
残りの蝋燭は1本だけだけど、まあなんとかなるだろう」
白々しいぐらいがちょうどいい。
頑張っている少女は見捨てておけない。例えこの先の壁で挫折してしまうことになっても。
今は多少の不正でも、結果として与えられた能力を発揮出来たらそれでいいはずだ。
終了の時間の2時間ほど前になると魔術教師が帰ってきた。
どうやら不正を働く奴を、見張る目的だろう。本を読んでいるふりをしながらも視線は生徒達を追う。
残念ながら、一足お先に俺はミッツィへの蝋燭の交換を果たしてるんだよ。
ちょっと来るのが遅かったようだな。
課題の達成を告げる声が湧きあがるたびに、溶岩クズは悔しそうな表情を浮かべていた。