第七話 担当教師
俺はプラシの席に近づいて行った。
すると、
「おっ、さすがエリート同士。もう仲良くなってんのか?」
近くに居た名前も知らない少年から声を掛けられた。
「僕はエリートじゃないよ」
とプラシは控えめにそしてやんわりとした口調で否定する。
それで茶化した少年は黙ってしまう。いや、正確には自らの所属していた雑談の輪へと回帰していった。
既に生徒の半数以上は教室に来ていて、ひとりぼっちで座っているものも居れば、適当に話し相手を見つけておしゃべりをしている者もいる。
まあそれなりに和気藹々とした雰囲気だ。嫌いじゃない。
「プラシも試験でなんかやらかした?」
と俺は尋ねる。
魔力測定でとんでもない測定値を叩きだしたとか、魔術の練習用の魔法陣をぶち壊す威力を見せたとか。そういうことを想像した。エリートと揶揄? されるぐらいなんだから。
だが、意表を突く回答が返ってくる。想像の斜め上。いやテンプレ的にはありがちで俺の想像力の欠如かな。
「どうせ、知られることだからね。先に言っておくけど……。
僕自身は平凡な冒険者志望の魔術師のたまご。ただそれだけ。
だけど、親戚にちょっとすごい人が居てね……」
プラシの説明で記憶が繋がる……。脳内のシナプス蜂起というやつだ。
こいつの名前は……プラシ・ジャクスマン。
魔術師。魔術師と言えば……親しみのあるポーラ・ジャクスマン。それに懐かしい大魔道師パルシ・ジャクスマン。
「えっ? ジャクスマンってひょっとして……」
「そう。やっぱり知ってるよね。パルシは僕の叔父なんだ」
「いや、パルシって人は名前しか聞いたことないんだけど……」
と俺は嘘を交えつつ、沸き立つ興味を押さえられなかった。
「ポーラさんも、もしかしてその、親戚? だよな?」
途端に、プラシの表情が変わる。驚き。
「ポーラを知ってるの! どうして? 今何してるの!?」
なんだか世間話の域を飛び出したかもしれない。
「え、ちょっと待って。
なんでそんなに血相を変えるんだ?」
「ああ、ごめん……。ポーラは僕の従姉弟なんだ。
最近会ってないけど……、というか全然連絡をくれなくて。
だから、何時どこで会ったのかとか、なにか少しでもポーラのこと知ってるんだったら教えて欲しい。
うちの母さんも、それに叔母さん……ポーラの母親も心配してるから……」
ちょっと考える。家族へも連絡していないというのはどういうことだ? と。
ポーラさんにはポーラさんなりに事情があるのかもしれない。
俺は言葉を濁す。
「まあ、ちょっとした知り合いというか……。
今度会ったときに、話しとけばいい?
いやあの、ポーラさんの意思も確認してからじゃないと……。
俺の独断で勝手にというわけには……」
「……そうだね。
伝えてくれると嬉しい。手紙が届けられるんだったら郵便代ぐらいは出すから」
帰ったら家に居るんだけどね。約束はする。すぐに話すよ。
「わかった。伝えとく。間違いなく。
で、ポーラさんはともかくパルシの甥ともなると周囲の期待が半端ないってことなんだな……」
俺は周りを見渡した。凡才集団だけあって、個性的だったり、なにがしかのオーラを放っているような奴は一人もいない。
目の前にいるプラシもそのうちの一人なんだけど。俺もちゃんと紛れられるかな。
「家族はそうでもないよ。魔術師を目指すのは賛成してくれてるけどね。
僕は、叔父さんやポーラみたいに才能もないし。
それは早くからわかってたことだし。
でもね……」
と、プラシは俺と同じように周りを見渡した。
そして声を落として、
「まわりはそうは見てくれない。何かにつけてエリート、エリートって。
確かに小さい頃に叔父さんに魔法は習ったことはあったけどね。ほんのちょっとの触りだけだし」
あの教え魔ともいうべきパルシが触りで終わらせたってことは本当に平凡な才能だったのかもしれない。一週間ちょっとで基礎課程を修了させた俺が言ってしまうのもなんだが。
もちろんそれは、俺とゴーダとシンチャとパルシの4人だけの秘密だけど。
「ふ~ん。まあいいんじゃない。叔父が誰であろうと、プラシはプラシなりの人生を歩めば。こうして養成学園にも合格したんだしな。そのうち才能が開花することもあるかもよ?」
「だといいけど。真面目だけが取り柄だからね。僕は。どこまでみんなについていけるか……」
ぼつぼつと生徒の数も増えてきた。おそらく既に全員が集まっているだろう。
シノブの姿も見えた。ガラにもなく席に座っておとなしくしているが、周りをきょろきょろ。俺の方も何度か見てくる。やっぱり席を立っておいて正解だったかもしれない。あとはやっぱり同性である女子の輪をちらちら見ている。こういうところは消極的なのか。
「席に着け!」
叫び声とともに入場してきたのは、大人な女性。
わりとどこにでも居そうな冒険者。ただし冷たくてきつい性格。美人だがグラマーではない。そんな感じの人。
美人教師を見て口笛を吹くような奴はこのクラスには幸いにしていなかった。
例え、この教師が木刀を手にしていなかったとしても。
「お前らを担任する、ミシャリー・ジェンカだ。主に剣術を指導する。
シノブ・ミツルギはどいつだ!?」
突然名指しされて、俺の隣のシノブは無言で手を挙げた。
「手を降ろせ」
そして、ミシャリー先生はシノブの顔を見て小さくため息をついた。以降は今のやりとりについては一切触れない。シノブの顔には疑問とわずかな不満が浮かぶが、ミシャリー先生は気にもしていないようだった。
「必要最小限だけ伝える。
それが終わったら今日は解散だ」
そう前置きして語られたミシャリー先生の連絡はほんとに必要最小限だった。
ものの5分ほどで終わる。
「ではまた明日」
そうして、ミシャリー先生は出て行った。
もっとこれから学園生活を送る上での注意事項とか心構えとか言った話は一切なし。俺は担任にドライ&クールの烙印を押した。
翌日。授業開始の初日。
昨日と同じく朝礼をあっさりと終えたミシャリー先生が去り、しょっぱなから本格的な魔術の授業が始まった。
生徒たちは期待を胸に。だが、魔術担当の教師によって期待は裏切られる。
俺達の魔術教師は『どぎつ』すぎるキャラだった。
まずはその容姿。絶対肉弾系だろ? という筋肉隆々の体。まだ肌寒い季節だというのに半裸。上半身が裸だ。
髭も濃い。斧を武器として戦う戦士にわりといそうなタイプだ。何故に魔術の担当なのだと全員が心の中で首を傾げただろう。
そしてまたその口調がくどい。
「俺がぁ! 学園長からぁ! 任されているのはぁ! お前ぇ達のぉ! 面倒うぉぉ!」
こんな調子だ。延々と。暑苦しいしそれでいて言うことが滅茶苦茶だった。
「俺が学園長から任されているのは、お前たちの面倒を見ることじゃねえ!
お前達を成長させるために雇われているんじゃねえ!
俺の役目はお前らを振るいにかけることだぁ! ふるい落とすことだぁ!
才能の無い奴はとっととやめちまえ! 三年分の授業料はもう納めさせてるんだ!
学園の儲けを考えりゃあ、お前達みたいなクズをさっさと一人でも多く、一刻も早く減らすことが重要だぁ!
わかったか! クズども!
辞めたくなったクズはすぐに手を上げろぉ! 一分一秒でも惜しいんだ!
辞めたくないクズはさっさと自分の才能に見切りをつけられる努力をしろぉ!
こちとら、安い給料で大勢のクズの相手をしていられるほど親切じゃねえ!
暇もねえ!」
ああ、そうだ。一応名乗りはしたが、俺達は既にこいつの名前なんて忘れ去った。
誰かが付けたナイスなあだ名。それが、定着した。
『溶岩クズ』だ。熱さとうっとおしさをブレンドした良い名前だと俺は思う。
もちろん本人の前では間違っても口にしない。鉄拳制裁が待ってそうだし、それだけで退学処分とかをくらいかねない。
おそらく理不尽の権化なのだろう。と勝手に想像する。
溶岩クズと俺達が分かり合える日は来るのだろうか? 来ない気がするなあ。
こいつが、卒業をひかえた俺達に、「きびしく当たってすまなかったな。ほんとうはお前らの成長を誰よりも喜んでたんだ。卒業おめでとう!」とか言うビジョンがまったく見えてこない。
この横暴な振る舞いが演技だったとしたらよほどの役者だ。アカデミー賞ものだ。
とりあえず、こいつの前ではより一層、逆らわず、目立たず、程よく優秀で無難な応対を心掛けることを誓った。
そして、早くも俺達総合科の生徒に試練が襲い掛かる。
溶岩クズは持ってきていた箱を指さして、
「おう、これを全員に配りやがれ! 1人3つずつだ」
前の方の席の気の付く生徒――プラシも含まれていた――が何人かでそれを配る。
小さな皿と白い蝋燭だった。各々3枚と三本。
「今日は一日中魔術のお時間だ。
いま配った蝋燭。1本が燃え尽きるのにおよそ2時間。そいつは特別製で普通に火をつけても燃えねえ仕組みだ。
だが、魔法で火を灯せばちゃんと燃える。そして魔力を注ぎ続ける限り、そいつは燃え続ける。
俺は優しいからな。
そのうちの一本だけでいい。最後まで燃やし尽くせ。
それで今日の授業は終了だ。
そうそう、ひとつ言っておくことがある。
いったん火をつけたら最後まで燃やし続けること。途中で火が消えたらわかるようになっているからな。
まあせいぜい頑張りな。これが出来なかった奴は、即刻退学だぁ、ひゃっはー!!」
言いたい事だけを言って溶岩クズは出て行った。下校時間頃に戻ってくるとのこと。
魔術教師が退出して、すぐに、
「ああ~、そういうこと~!!」
悲鳴にも似た叫び声が上がる。俺の隣で。シノブが早速試していた。
みんな情報収集に必死だ。ほとんどの生徒はシノブの元に集まって輪ができた。
シノブの手元にある蝋燭の一本は変色してしまっていた。
なるほど、魔力を切らしてしまうと色が変わるのか。ならば溶けた蝋の色を見れば途中で魔力が尽きたか集中を切らしたかで、火が消えてしまったことが明らになるわけだ。
最後まで燃やし続ければ変色はせずに、白い蝋の塊が皿に残るという仕組みなわけだ。
いや、スケープゴート役ありがとう。シノブ。
「わざと失敗したの?」
と女子のひとりがシノブに聞く。
「そんなわけないじゃない! 3本しかないんだから。本気でやったわよ!
あたしは元々魔法は得意じゃないのよ!」
急いてはことを仕損じるとはこのことだ。
魔法や魔術が苦手とはいっても、剣術科にも入れない技量なんだから、剣術と魔術をバランスよく育てて戦力を強化するというのがこの総合科の理念。
どちらか一方でも苦手だと、卒業は危うい。
シノブは早くも退学通知に手が届いてしまっただろう。
さてと、この課題。俺にとってはおそらく楽勝だ。たった2時間でいいのか? と思うレベル。
とりあえず、急ぐ必要はない。
周りのレベルを見極めつつ、1本ぐらいはわざと失敗でもしつつ。
のんびりやるかな。




