第六話 入学当日
何時になく早起きだった。俺もアリシアも。
旅の途中はわりと不摂生な生活が多かったからな。
そのせいで眠い。
だけど、朝寝坊なんてしてしまった日には、パンを咥えて走らないといけなくなるし。眠さの残る体を叩き起こす。
とか言いながら実のところは、なんとなく気持ちがそわそわして早朝から目覚めてしまったというのが本当のところ。
今になってその反動が訪れてきている。
だから眠い。学園長だか誰だかのお話が子守唄に聞こえ出す。
俺のイメージの学園長と違って舞台で演説しているのは40代前半ぐらいのごく普通のおじさんだった。白い髭のおじいさんとかを勝手に想像してたのだが大外れだ。
「え~、というわけで君らの目標は、冒険者になることだ。
だが冒険者と言っても今の世の中様々な依頼があり、それをこなす冒険者も様々な能力が要求されるように変わってきている。
剣術と魔術なんてのは必須ではあるが、それだけやってりゃいいってもんでもないからね。
もちろん、剣術あるいは魔術、どちらの能力も伸ばせないような生徒はさっさと退学してもらっちゃうことになるんだが、ひとつ言っておきたい。
間違っても俺を恨まないでね。
それに、辞めさせられた時に一声かけてくれたら相談に乗るからね。
なにも、うちを卒業しないと冒険者になれないってわけじゃないんだから。
……………………以上」
前半はぼおっとして聞き流していたが、後半を聞いた限りだとなんだか適当だ。生徒思いなのか自分の保身を考えているのか。飄々としてつかみどころのないおじさんの挨拶だった。
その後にも、関係者からの祝辞やなにやらと退屈な儀式は続く。
俺達総合科は、入学式というイベントでも虐げられているのか、一番先に入場させられて、長い間待たされて、しかも並びは剣術科、魔術科の後ろ。後方待機。
今年は主席入学の生徒が剣術科を志望してたからとかいうことで、剣術、魔術総合という順で並ばされた。その主席ってのはやっぱりロイエルトのことらしい。
魔術科の列にはもちろんアリシアも加わっている。ここからじゃ見えないけど。
入学試験のあった日の夜。ベルさんの口から飛び出した爆弾発言。
「魔術科に入るのは無理。合格できない」
俺は一縷の望みを託してベルさんに問いかけた。
「アリシアを入学させる方法はあるんですよね?」
と。
そこから緊急展開。緊急会議。
ベルさんに言われて自室に戻ったアリシアを呼び戻す。ポーラさんともども。
アリシアの目は赤く腫れていた。ポーラさんの目ともども。
ベルさんがちゃっちゃと議会を進行させる。
「聞いてるかな? ルートちゃんがこんっなに小さい頃……」
その大きさだと1~2歳だけどね。ベルさん。あの時は確か俺はもう6歳ぐらいにはなってたからもっと大きかったよ。
「その時からあたしはルートちゃんの才能に目をつけてたのよ。
それで、おじいちゃまがお金が無いから学園に入れてやれないって相談してきたらしくてね。ムルっていう奴に。
一肌脱いで『推薦状』ってのを書いてあげたわけ。
冒険者からの推薦状があれば、試験の成績が多少悪くても将来性を見込んで入学させてくれることが多いし、学費も免除か軽減されるからね。
まあ、ルートちゃんは自力で合格できそうだし、お金の面も心配いらないから使わないことになりそうだったけど……。
ほら、ルートちゃん! 推薦状取って来い!」
「あ、はい」
俺は慌てて立ち上がった。部屋に行って推薦状を探し当ててからまた1階に戻る。
ベルさんに渡す。
ベルさんはそれを即アリシアに渡した。
「読んでみて」
アリシアの目が動く。
「…………」
読み終わって顔をあげるアリシアだったが、ベルさんの意図を理解できていないようだった。
俺もなんとなくしかわからない。
ベルさんが自分の考えを説明してくれた。
「見たらわかるけどね。誰が推薦したか、それは明記する必要があるの。
あたしとムルの連名ね。
だけど、誰を推薦するかってのは書かれていない。
そこがポイント」
「えっ? これってアリシアにも使えるってことですか?」
俺はすぐさまひらめいて聞いた。
「手続き上は問題ないのよ。
それに、不合格が確実とはいえアリシアちゃんの魔術の成績はそんなに悪くは無かったから、推薦があれば将来性に期待ってことで拾い上げて貰えるでしょうよ。
ただひとつ問題があって……」
とベルさんはアリシアと、そしてポーラさんを見た。
「そうやって入ったところで、卒業まで辞めさせられずに学園にいられるか。
それとこれとは別問題。
ポーラさんだったっけ? あなた、上級魔術とか沢山使えるんでしょ?」
「え? はい、まあ一応は……ひととおり……」
「なら……、そうね。1年の前期のうちに最低でもひとつは上級魔術をマスターさせること。それくらいが最低条件だと思うわね。
とりあえずの目標だけど。
協力してあげられる? アリシアちゃんにはその見込みありそう?」
ポーラさんは考え込んだ。上級魔術は俺だって教わっていない。
教える側もそれなりの覚悟や面倒な手続きなどがいるらしいのだ。
「……わかりました。アリシアさんに、上級魔術を叩き込む。
ええ、道筋は見えました。それほど細い道ではありません」
ポーラさんは固い口調で断言した。
「じゃあ、そういうことで。
ああ、多分明日の午後には試験の結果を踏まえた選考会議が開かれるから、推薦状を持っていくのは午前中のうちがいいわ。
多分名前を言って渡すだけで、取り次いでくれると思うから。
というわけで、長々とお邪魔しました。
御馳走様でした」
とベルさんは立ち上がる。
アリシアが声を掛ける。
「あの……、ベルさんはルートを推薦したんですよね。
それが……その推薦状をわたしが使うのって、ベルさんやもうひとりの方にご迷惑がかかったりは?」
「ああ、大丈夫よ。仮にアリシアちゃんの成績がズタボロで退学させられる羽目になったところで、せいぜいあたしたちの顔に泥が塗られて、今後は推薦状の効力が落ちるってぐらいのもんだから。
ムルの奴の顔はそもそも泥まみれだしね。
あたしとしてもまあ似たようなもんよ。美顔効果のある泥だったら喜んで塗りたくるんだけど。
だけど、今のところはまだ学園に対してはお利口さんにしてるから、その推薦状はそれなりに評価してもらえると思うわよ」
冗談かどこまで本気か、ベルさんは軽く答えた。
「じゃあ、あたしから言えることはそれだけだから。
あとは、あなたたちでしっかり話し合って決めて頂戴な」
その後、ベルさんを送り出した俺達は短く話し合った。
アリシアは迷っているようだった。だけど俺が説得した。
ベルさんがわざわざこんな話を持ち出したってことは、ベルさん自身もアリシアの能力になにがしかの輝きを見つけているってことだ。ポーラさんからも援護射撃を拝借する。
それに、元々俺はこの推薦状を使わないと金銭的な問題で入学するのが困難だった。
それを解消してくれたのはクラサスティス家、きっかけを作ってくれたのはアリシア本人だ。
だから、俺としては喜んでアリシアに使ってもらうつもりでいる。
ポーラさんに、アリシアの今後の魔術の技量には伸び代が期待できるということなどを説明してもらって、アリシアも納得させる。
そうだ。今の段階ではほんのちょっと力が足りていないというだけのことだ。
入ってから成長すればいい。まだ若い。可能性も十分に秘めている。
「わかった。わたし、明日の朝これを持って学園に行ってくるわ。
それからポーラ。上級魔術の練習、早速で悪いんだけど明日からよろしくね。
ルートもいろいろありがとう」
話は決まった。
いったん動き出した流れは、脇道に逸れることなく順調に流れて、今日のこの入学式を迎えたのだった。
総合科1年、ルート・ハルバード。
魔術科1年、アリシア・クラサスティス。
俺達は晴れてこの王立マーフィル冒険者養成学園の生徒の一員だ。
「そっちじゃないよ。こっちだよ」
入学式も終わり、教室のある校舎に向おうとしていた俺は、後ろから掛けられた声に振り向いた。
「総合科でしょ?」
「ああ」
俺の顔を知っているようだが、俺からすれば知らない少年。
さらさらヘアのお坊ちゃま風、かといって貴族貴族はしていない。
わりとごく普通の少年だ。人のよさそうな穏和な顔立ち。友達1号かな。
「総合科は向こうの旧校舎なんだよ」
少年が指さす方向には、今にも崩れ落ちそうな……と言うほどでもないが、古くて手入れに力が入れられていないような小さな建物があった。
入学の筆記試験を受けた教室のあった校舎――おそらく剣術科や魔術科はそこで授業するのだろう――とは、比べ物にならない粗末な感じ。
こういうところでも総合科は虐げられているのかと思うとげんなりする。
とりあえず友人第一号(候補)に自己紹介。それと気になったことを率直に問う。
「ありがとう。俺はルート・ハルバード。
どうしてわかったんだ? 総合科って?」
「噂になってたの知らない?
総合科で、すごい剣術の使い手が入学してきたって」
それはそれは……あっちゃー、だ。早くも注目を集めてしまった。序盤の無難ライフに修正効くかな? これはあれだろうな。ロイエルト、あの剣術模擬試験で当たった貴族の優等生あたりから広まったんだろうな。
「そうなの? あの時はなんか微妙に体が軽かったからな。
それに、相手も手加減してくれてたみたいだし。
で、君も総合科なんだよね?」
誤魔化しつつも会話を広げる。
「うん、剣術は全然だけどね。魔術科に入るだけのレベルじゃないし、なんとかぎりぎり引っかかったってところ。
プラシ・ジャクスマンです。よろしく」
「こちらこそ。これからいろいろよろしく頼むよ」
校舎もボロければ当然中身も同じ。
プラシに聞いた話だと、総合科志望の生徒のほとんどはこっちの校舎での受験だったらしい。俺はたまたま綺麗なほうの校舎だったけど、差別が露骨だな。
教師の登場までは、まだ少し時間がありそうだ。
座席は廊下の壁に貼ってあったから、それを確認して席に鞄を置く。
それから、さっさとプラシの元へ。時間つぶしに雑談を仕掛けにいく。
わざわざそんなことを画策したのには理由があった。
座席表で俺の隣の席に書かれていた名前に見覚えがあった。
シノブ・ミツルギ。
あの、魔拳士だかなんだかいうオリエンタルな少女だ。この世界でのオリエンタルは東じゃなくって西のようだけど。
教室内に彼女の姿はまだ見えないが、ほどなくやってくるだろう。入学式でも見かけた顔だ。
これから長い付き合いになるし、なんの因果か席も隣。運命的な何かがありそうだが、ああいったタイプの女子と絡むと相手のペースに引きずり込まされて、あんまり碌なことになる気がしない。
彼女には他の生徒と先に仲良くなっておいて欲しい。
俺としては無難に、プラシくんとの親交を深めておくのが吉とでた。
某国民的アニメでいうところの中島的な役割を担ってもらう算段だ。それには没個性の平凡な人物こそふさわしい。
いざ、チーム無難の結成の時だ。
だが、プラシはプラシで平凡な見かけによらず、いっぱしの背後情報を背負って立つ少年だったってことをすぐに知ることになる。




