第五話 新居到達
地図を見ながらアリシアと二人で帰る。わりと迷った。
だが、初めての街。王都マーフィル。
行き道は、街の様子をみるどころではなかったから、今後生活する街やいろいろな店などを見ながら散策するのは楽しかった。
とりあえずいろいろ疲れた。ベッドに倒れ込みたい気分だ。
わりと学園からも近い――そういう条件で選んだから当然といえば当然――、洋館が俺達の新しい住まいだ。
無事に合格すれば3年間はここに住むことになる。
俺とアリシア、それにポーラさんも合わせて3人。あと使用人のおばさんが1人の4人で住むには大きすぎる家。
グヌーヴァのクラサスティス邸に比べると、スケールは何十分の一ぐらいだが、家賃も要らず、家政婦さん付きで暮らせるというのはありがたい。
俺はともかくアリシアやポーラさんには料理も掃除も洗濯も、その他もろもろの生活能力がなさそうだから。
「ただいま」
アリシアはお邪魔しますではなくただいま。自分家なのだから当然といえば当然。俺もそれに倣う。
「ただいま帰りました」
ある意味ではここにしばらく住んでいられるようにという願掛けでもある。
「まあ! アリシアお嬢様! 大きくなられて!」
と、使用人というか家政婦さんと言うかある意味では寮母さん的な役割を担ってくれるコルツさんがアリシアと感動の再会を果たすなんて名場面もあった。
ちょっと恰幅の良い女将さんって感じの中年の女性だ。
ただ、二人が前に会ったのは当の本人であるアリシアが物心つく遙か以前ということで、それぞれの再会に対する温度差が激しかった。
すっかり忘れていたが旅の荷物はポーラさんから話を聞いたコルツさんが人に頼んで取って来てもらっていたという。
心づかい、気配りが嬉しい。
俺の荷物も俺の部屋(予定)に運び込み済み。ポーラさんは一足お先に部屋に通されて昼寝でもしているのだろうとか。
夕食時に客人――ベルさん――が来るということをコルツさんに伝えて俺とアリシアはとりあえず自室に案内された。
住人に対して無駄に部屋数が多い。3階建のこの屋敷。
1階は共同スペース。リビング、ダイニング、キッチン、浴室、使用人であるコルツさんの居室、その他もろもろ。
3階はすべて空室。といっても4部屋しかないが。
2階にある6部屋が俺達に割り当てられてた。ポーラ、アリシア、空、空、俺、空といった具合。なんとなく疎外感を感じる。
が、年頃の少年少女に対する配慮だと思えば納得は簡単だ。
コルツさんが考えたのかロンバルトさん――クラサスティス伯爵――の指示かは知らないけど、気にはならない。
前の屋敷だと完全に客人扱いでずっと客間に住んでいたから昇格と言えば昇格だ。いっぱしの家族。厳密には居候継続中なのであるが。
荷物の整理も終わりふうっと一息。今までのことを想いかえす。つかの間の安息。
ついつい、うとうとと、してしまいそうだったが、コルツさんの声ではっと覚醒する。
お客さんが来たという呼びかけ。
もうそんな時間か。
「どうも~、こんばんわ~。お邪魔しまーす。
ごめんなさいね。突然お呼ばれしちゃって」
とか口では恐縮しながらも、ベルさんはソファでゆったりくつろぎモードだった。
ウェルカムドリンクに紅茶が振る舞われている。
一緒に出されたお菓子の皿は既に空っぽだった。
「いえ、昼間はほんとうに失礼いたしました。
それに、道案内までしていただいて。とても助かりました」
アリシアは素直に礼を言う。そこではっと気づいたようだ。
「そういえば、自己紹介がまだでしたよね。
アリシア・クラサスティス。
王立冒険者養成学園の魔術科志望です。
今後ともよろしくお願いします」
アリシアの気取らないけど品のある立ち振る舞いにベルさんはぱちぱちと手を打った。
「固っ苦しいのは苦手だから、簡単でごめんなさいね。
ベル・シャンパーニュ。
しがない冒険者やってますです。
このたびは、入学試験ご苦労さまでございました」
何故だか卑屈? 変な敬語になるベルさん。貴族とか苦手とか? あと名乗った苗字が昔と違う。やっぱり偽名か。
学園の入試の試験官までしてるのに偽名で通用するんだ。結構緩い組織だな、ギルドって。
すでに食事の準備は整っていたようで、すぐにみんなでダイニングへ移動。
出されたメニューは、貴族っぽさが微塵も感じられないごく一般的な家庭料理だった。こっちのほうが落ち着く。俺にとってはありがたい。シンチャの料理を思い出す。
シンチャの料理>コルツさんの家庭料理>グヌーヴァの食堂>クラサスティス家のコース料理。といった格付け。シンチャの料理とコルツさんの家庭料理は『≧』に近い。
あと、食堂とコース料理の間には超えられない壁がある。毎日食べる基準での話だけど。
ベルさんは少し不満顔だった。きっともっと豪華な料理にありつけると考えていたに違いない。
ベルさんとポーラさんの成人2人には葡萄酒が振る舞われた。
コルツさんはさすがにプロ。食事に加わることなく給仕に徹している。
アルコールの力もあってかベルさんは饒舌だった。
「あたしが通っていた頃と今とじゃだいぶと雰囲気も変わったんだけど……」
と前置きした上で養成学園でのあれやこれやを教えてくれる。
「そりゃ、男女の恋愛は止めようがないからね。
生徒同士でくっつくのも多いわよ。で、卒業後は一緒にパーティ組むのよ。
ダブルカップルとかトリプルカップルとかね。そういうやつって絶対偶数で組みたがるのよ。男女比1:1で。見てて笑えるわよ。
パーティ内の恋愛確率100%になるんだから。
でもって、そういう奴らに限って長続きしないのよ。パーティのバランスも悪かったりするしあんまり無茶な依頼は受けないのよね。だから地味に活動を続けるんだけど、1組別れ、2組破局を迎えてって……」
とか、
「あたしのころは、総合科っていったら花形だったんだけどねえ。
どうしてこうなったのか。
魔術だけでも駄目。剣術だけでも駄目。そういう人が一時期減ったのよ。
スペシャリストを目指そうっていう生徒?
そしたら、魔術はすごいし剣も使えるとか、その逆に剣術が得意で魔術もそこそことかの生徒がどんどん総合科からいなくなっちゃってね。
昔はねぇ、生徒会長だって総合科から選ばれるのが暗黙の了解だったのよ。
それが、今じゃあ落ちこぼれの集団だものね。
時代の流れって恐ろしいわ」
とか。あんまり役に立ちそうもない話も多かったが、俺とアリシアはそれを喜んで聞き入っていた。
一方ポーラさんはというと舐めるようにちびちびとやっている。あまり会話に加わってこない。
そういえば……、俺はベルさんの話がひと段落した頃合いにふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「ベルさんってムルさんとは学園で知り合ったんですか?」
返ってきた返事は、「はあ?」だった。
「あたしとあいつが同い年に見える?」
ああ、そこは女性のデリケートな部分だった。
慌てて言い繕う。
「いや、先輩後輩というか……、卒業してからも学園に来たりする人っていないですか?
OBみたいに。
それとか、その時はムルさんが教師だったり試験官だったりで……」
「あいつが、そんな面倒なことするわけないわよ。
それに、ムルは養成学園出身じゃないからね」
「あっ、そうなんですか」
「そう。腕は良くても性格が異端児。集団行動とかに一番向いてないタイプだからね。
座学なんて以ての外よ。ルートちゃんと出会った何年か前のあの時だってずいぶん落ち着いてたんだから。
昔はもっとちゃらんぽらんで、節操も無くって、適当な人間だったのよ」
酷い言われようだが、それで学園に推薦状を書けるというのはそれだけの実力があったってことか。いや、ムルさんだけじゃあ推しが弱かったから卒業生でもあり学園ともつながりがあるベルさんをわざわざ引き合わせてくれたのかな。
あの時の推薦状は結局使わずじまいになりそうだ。
お尻触られ損だ。未遂だけど。
まああれがあったから、養成学園に入るという目標もできたしある意味ではリラックスして試験に臨めたのかもしれないけど。
「あっ、そうだ……。戴いた推薦状なんですけど、学費の面はなんとかなったし今日の試験の結果も多分大丈夫だと思うんで、折角なんですけど使わないかもしれません」
俺が言うと、ベルさんは急に真面目な顔になって、
「ああ、忘れてた。そうそう、その話があったのよ。
ルートちゃんが受かるのはまず間違いないわ。倍率低い総合科だしね。
魔力の測定値だけでも大したものだったから。魔術科でも間違いなし。
魔術詠唱の試験で多少のへまをやってたって誰かがねじ込むぐらいの素質が表れてたわ」
そこでベルさんは向き直る。アリシアに。さらに真面目な表情。ガラにもなく顔が引き締まっている。
「問題はそっちのお嬢さん。アリシアさんなのよ。
気になったからちょっと試験結果を覗いて見てきちゃったのよね。
今年の受験者の能力が例年どおりのレベルなら合格ラインぎりぎり。
いえ、はっきり言うわ。
今のままじゃ魔術科に入るのは無理。合格できないと思うわ」
「えっ!」
と驚きの声を上げるアリシア。
「家庭教師さんもわかってて受験させたんでしょ?」
ベルさんはポーラさんに詰問するように言う。
「…………あの……わたしは……、学園出身でもないですし、元々は他所の国の人間ですし、ここ最近の魔術科というところのレベルもわかってなくって……」
ちょっとしどろもどろなポーラさん。
「頼りないわねえ。あたしが、アリシアさんを入学させたいって思ったら、何かひとつ試験官の度肝を抜くような隠し玉を用意させたわ。何年も前から準備させてね」
「ですが、わたしの方針としては基礎から順々に……徐々に教えていくスタイルですし、あまり若いうちから無茶をすると大きくなってから後遺症が出たりしますし……」
「でも、それじゃあ魔術科には入れないのよね。残念だけど」
ちょっと険悪な流れになってきたぞ。それより問題はアリシアだ。
「そうなんだ……。わたし……ルートと同じ学校に入れないんだ……」
小さく呟いた後、飛び出すようにして部屋を出て行ってしまった。階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
俺がお調子者で場の雰囲気を読めない粗忽ものなら、ベルさんに向って「泣~かした~泣~かした~」とでも囃し立てるのだが……。
重苦しい空気。
それに耐えかねてなのか、アリシアの心情を慮ってなのか、ポーラさんも、
「わたしも失礼します」
と出て行ってしまった。食事は終わり。流れ解散?
俺がベルさんを見送って本日は終了?
結果がほとんどわかってしまった入学試験の合否通知を待ってこれから数日過ごさないといけないの? アリシアと?
それは気まずいなあ。なんだか胃が痛くなりそうだ。
いや、俺のストマックの調子なんてどうだっていい。
それよりアリシアだ。何か……何か合格させてやる方法はないのか?
いっそのこと、クラサスティス家の貴族力を使って……。
アリシア本人はもちろん嫌がるだろう。だけど、夢なんだから。ずっと追いかけてきた目標――冒険者――への第一歩なんだから。
もしくは……、ベルさん? わざわざ話をしたってことはアリシアを入学させるための方法が何かあるってことか?
ふとベルさんの顔を顔を見る。案の定にやけていた。これはあれかな。俺の純潔と引き換えとか言う条件でなにか秘策を授けてくれる流れかな。
だけど、もしそうだっとしても……。アリシアのために文字通り一肌脱ぐ覚悟。貞操だけは護りたいけど。
俺はベルさんに思い切って聞いた。
「ベルさん……、アリシアを入学させる方法……。
あるんですよね?」
ベルさんはそっと腕を組んだ。胸の谷間を強調させる。
心なしかベルさんの顔に妖艶な雰囲気がプラスされる。色気を前面に押し出す。
この場面でそれが何の意味があろうかと思ってたら、やっぱり何の意味も無かった。