第三話 剣術試験
いざ剣術試験、受験者同士の模擬戦へ!
部屋の中には、5人の男の人がいた。
部屋といっても、剣術を披露するだけあって結構広い。畳で表現すると20畳分ぐらいか。天井も高い。ジャンプして剣を伸ばしても十分余裕がある。
部屋の端っこのほうには机が並べられてる。
目付きの鋭いいかにも冒険者といった人から、頬にだらしなく肉のついた恰幅の良さそうな金持ち風のおじさんまで。幅広い客層。いや、試験官というお偉方なのだけど。
俺達は自分の受験票を試験官に渡してから、少し下がって待機した。
「ロイエルト・ミットバンク」
キリッとした顔つきの冒険者風の人がかろうじて聞こえるぐらいの小さな声を出す。
「はい!」
ロイエルトは、やはり快活に返事をする。
「ルート・ハルバード」
「はい!」
俺はロイエルトの7割ぐらいの気合を入れて答えた。
「二人とも、得物は剣でしょうか?」
今度は一番若そうで少し頼りなさげな人が聞いてくる。
「はい」
「はい」
二人でほぼ同時に答えると、その人が立ち上がって剣立ての中から無造作に二本の木刀を取り出した。
そのまま俺たちに一本ずつ差し出す。
「君たち、魔術は使えるかな?」
「ええ」
とロイエルトが答える。俺は黙って肯いた。顔と視線はちゃんと目の前の試験官に向けて。
「なら、大丈夫でしょう。
模擬戦で使用する特別な木刀です。身体に触れると折れるようになっているから滅多なことでは怪我はしないです。
木刀同士がぶつかる分にはちょっとやそっとじゃ折れないから、普通の木刀と同じように扱ってもらって大丈夫です。ただ刃にあたる部分には自分でも触れないでください」
なるほど。便利なものがあるもんだ。強化系魔術の応用だろう。身体に帯びた魔力の作用で自壊する。
確かにこれをつかえば怪我はしなさそうだ。
ってことは、あれかな? 一撃必殺ということか? 先に相手の体に当てた早いもの勝ち?
それなりに費用がかかっていそうなこの木刀をたかが試験で何本も使わせてもらえるとは思えない。
オフェンシブな先攻が有利。専守防衛だとそれなりの力量が必要。かといって、相手の力もわからずにむやみに斬りかかるのもなあ……。
一撃で決めてしまうのもあれだし、迎撃食らうのも用心。
「では構えてください!」
俺たちに剣をくれた若い試験官が、席に戻ってから言う。
ロイエルトがさっそく開始位置へと移動して木刀を構えた。
俺もそれに倣う。
なるほど……、オーソドックスな構え。マーソンフィールの正式剣術だろう。
さすがは貴族。王道を行っている。
まあ、こっちも本来であれば、由緒正しいジャルツザッハを披露したいところだが……。
「始めろ」
仕合開始の合図は、目付きの鋭い男。あの人がこの中で一番偉いのかな……、なんて考えている余裕など無かった。
ついつい油断してしまっていた。
ロイエルトが恐ろしい速度で踏み込んでくる。
先手必勝の、全身全霊を込めた突き。
気が付けば目前まで剣先が迫っている。こいつ、噂どころの腕前じゃないっ!
「それまで!」
若い試験官が試験の終了を告げた。他の試験官もやれやれ思った通りだ。相手にもならなかったな、みたいな顔で俺達を見ている。約一名を除いて。
えっ? もう終わり? 違う違う。良く見てよ!
俺は抗議の声を上げようとする。
「ちょっ……」
「わかっている。続けろ」
目付きの鋭い男がまた小さく呟いた。
そりゃそうだ。確かに凄い突きだった。だが、ロイエルトの木刀は砕けてはいない。
俺が、間一髪、木刀の横刃の部分で受け止めたからだ。
受け止めて受け流し、身体のすれすれ――ほんの皮一枚外側――を貫かせた。
体への接触は許したつもりは無い。
ロイエルトは一旦下がり、構えなおした。
もう二度と油断はすまい。と俺が気を引き締めようとしたその時、またしてもあの踏み込み。
ノーモーションで地面を蹴り、なおかつ上体も前方へ。
鍛えられた下半身が生み出す身体全体の速度、それに上半身のバネが加わり、さらには剣の速度が上乗せされる。
下がって躱すのは得策ではない。俺は自分の木刀でロイエルトの突きを払い落そうと試みる。が、剣先の変化に気付く。これは、突きと見せかけて上段への跳ね上げだ。
寸前でロイエルトの狙いを看破した俺は慌てて上半身を逸らしてやり過ごす。
それで攻撃が止んだわけではない。
跳ね上がった剣先は再び俺へと襲い掛かる。顔面? いや胴だ!
今度は若干の余裕を持って受け止めることが出来た。
そういや、準備運動もなにもしてこなかったな。
まあいい、ここまでが肩慣らしだ。
マーソンフィール正式剣術。王族へ披露される式典や御前試合等で今なお用いられる伝統ある剣術だ。それに加えて戦乱の歴史の中で実戦への適用を見せて進化してきた。
いわばジャルツザッハ流とは対極に位置する剣術。
昔は北のマーソンフィール正式剣術、南のジャツルザッハと謳われたほどらしい。
この国で一番有名で、かつ使い勝手の良い剣術。
クラサスティス家に居た時も、練習相手の剣士はほとんどがこの流派だった。
だから、対戦経験はそれなりに積んでいる。
俺は、ロイエルトの攻撃をしのぎながら、今まで相手をしてもらった剣士達の剣筋を思い出していた。
その誰もが冒険者。中には貴族の屋敷の警護には見合わないくらいランクの高い人も居た。
だが、今目の前で俺の相手をしているこの少年。ロイエルト。
こいつの腕前はすでに冒険者クラスだ。俺が出会った剣士の中で最上位クラス……マーソンフィール正式剣術の使い手の中では誰よりも疾く、そして手強い。
だが、逆に安堵を覚えた。こいつの強さは試験官達も実感しているだろう。
遊びでないのは、ロイエルトの表情を見ればわかるだろうし、何よりこの動き。正真正銘、俺を仕留めに来ている。
俺は守勢に回されつつも未だに致命傷はおろかかすり傷ひとつ、一撃たりとも食らっていない。
受けが手一杯で反撃どころではないのが情けないところだが……。
このまま時間切れでも俺は高い評価を受けられるはずだ。
これで落とされるようなら今年度はこいつ以外に合格者なんて居ないはず。
そういう打算が頭に浮かぶ。だがしかし。本音のところは……。
叫びたい。『あ~ジャルツザッハ使いてぇ~!』と。
時が来るまで自分の実力を隠さねばならない身なのがこれほどストレス溜まることだったとは思わなかった。
俺の将来設計では、学園入学後にジャルツザッハと出会いめきめき成長するというシナリオになっているのだ。
猛攻を続けていたロイエルトが一旦下がった。
それを機に試験官たちがぼそぼそと話し始めた。
これで試験終了かな? ちょっと早い。
だがお互いに十分実力は発揮することができたはずだ。
ロイエルトはその攻撃速度、攻撃パターンの多彩さ、基礎的な身体能力の高さ等々。
俺としては、それを凌いだだけだから一見地味だが、誰にでもできることではない云々。
と気を緩めそうになった矢先。
ロイエルトの身体が沈む。沈んでから伸び上がる。上にではなく正面、俺に向かって。
気がついたときには目前。今までよりも断然スピードが速い。手の内を隠していたというよりは、攻撃が当たらない屈辱から、限界以上の力が発揮されたという感じだ。
木刀は? 後ろに回した右手か? いや、左手一本。まわしうちの要領、サブマリン投法のように地面すれすれから俺の身体目掛けて振り上げられている。
大丈夫、間に合う。俺は木刀でそれを弾き返す。
片手で握られていた木刀は大きく弾かれる。
勝機が見えた。次の一撃。このまま振り下ろせば決まる。
いっちゃっていい? 決めちゃっていい? ストレス解消だって必要だ。
直後に違和感。ロイエルトの殺気が消えていない。身体は沈みこんだまま。いや、俺のすぐ足元で身体を回転させ始めた。足が伸びてくる。
足払い? いや、この勢いは、蹴りじゃねえか!?
「こんの!」
俺は思わず叫んでしまった。
正式剣術には裏の手は存在しないと聞いている。表向きは。
冒険者になって命を賭けた戦いに赴くとなっては話は別だろうが、何もこの模擬戦で邪道とも言われる体術を絡めてくるとは。
こいつよっぽど負けず嫌いか?
もちろん、俺はそんなちんけな業には乗らない。屈しない。
蹴りには蹴りだ。迎撃体勢を整えた。
「そこまでだ」
絶妙のタイミングで試験終了を告げられた。あの眼つきの鋭い冒険者から。
終了の合図を受けて即座に反応できないのも試験官への印象が悪くなる。
ロイエルトは何事も無かったかのように蹴りを中断させて立ち上がる。
よく見ると……、どこかしら顔に怒りが浮かんでいるようにも見えるが、本人としては押し殺しているつもりなのだろうから見て見ないふりをした。
俺のほうは俺のほうで不完全燃焼だ。せっかく蹴り返して体勢を崩してからきつい一撃をお見舞いしてやろうと思っていたのに。
こちとら、剣術は元々は我流。それにルール無用のえげつない戦いには慣れている。ブランクは長いが。
戦いの幅を広げるのはお前にとって致命傷にしかならないんだぜ!? とか言ってやりたい。もちろん自重したが。
「困るよ君。剣術科なら剣術で競ってくれないと」
若手の試験官がロイエルトをたしなめる。俺の反撃の意図は察せられなかったのかな?
「すみませんでした」
ロイエルトは素直に頭を下げた。
そしてしれっと聞く。
「どうでしょう? 合格ラインには達していたでしょうか?」
「そんなことは今ここで言えるもんじゃない」
とあしらわれるが、根性が座っているのか厚かましいのか。
「僕はもちろんですが、相手をしてくれた彼。
素晴らしい力量の持ち主です。是非とも彼には冒険者の道へと進んでもらいたい。
懸命な判断を望みます。
では」
とロイエルトは木刀を返すと部屋を出た。
「次の二人!」
試験官の声で慌ただしく場が動く。俺もさっさと部屋の出口へ向かう。入れ替わりで次の受験者が入室する。
ロイエルトがわざわざ俺の出てくるのを待っていた。
「実に面白い。君のような剣士が受験しているとは。
剣術科だろうね?」
無視して行きたいところだったが、俺もそこまで子供じゃない。
「総合科だけど?」
無難に、必要最小限。かつ失礼の無いように。
「ほう、それはそれは。
何度も聞いて知っていると思うが、僕はロイエルト・ミットバンク、剣術科。
主席卒業を目指している」
キザな奴だ。もう合格した気でいるらしい。『主席で入学』ではなく『主席で卒業』が目標とは。
自信過剰もほどほどにしろといいたくなるが、剣術、格闘センス、それらは本物だ。
これに魔術の腕が加わるなら……、俺のいいライバルになってくれそうだ。
あと、こいつを目立たせておいて俺は影でひっそりと地味に成長していくという作戦も取れる。
一応は自己紹介ぐらいはしてやろうと口を開きかけたがその手間を省いてくれた。
「ルート・ハルバード君だね。
覚えておくとしよう」
そういうとロイエルトは片手を上げて、颯爽と立ち去った。
正直面倒くさそうなやつだ。そして言葉や表情の節々から立ち昇る俺への敵愾心。
入学後のトラブルのタネにならなければいいんだけどな。




