第二話 筆記試験
結論からサッサと言うと、俺達はなんとか時間内に受付を終わらすことが出来た。
確かに受付場所である校門付近が閑散としていた。
だがそれは受付を済ませた者から順次割り当てられた教室へ移動して筆記試験に備えるという流れ作業の為した仕業であった。
ベルさんと受付の人の世間話を横で聞いて仕入れた情報によると、今年の受験者は例年通り。1000人をちょっと超えるぐらいだという。
合格するのは、5~60人。合格率にして約20倍。確かに狭き門だ。
剣術科の志望者は500人をきるぐらいで、魔術科は300人程度。残りが総合科への志望者だという。若干剣術科が倍率高い。
魔術はどちらかというと才能、剣術は努力次第でなんとかなるということ。
総合科が前評判どおりに不人気っぽいのがうかがえる。
まあ、一定のレベルを超えていれば当落線上の志望者は合格させてくれることも多いらしいけど、あえて無難に総合科にしておいてよかったと思う。
聞くところによると、試験を受けたがるものは1000人どころではなくほんとはもっと多いのだという。
だが、数年前からそれなりの額の試験料を取り始めた。そのために受かる見込みのないものは受験を控えるようになった。ここのところは今の数字に落ち着いているらしい。
その分ライバルたちの能力は底上げされているということだ。
俺の分の受験料まで払ってくれているクラサスティス家にも感謝を忘れずに、是非とも合格して恩返しせねばと気を引き締める。
「こうしちゃいられないわ! あたしも早く、会場で準備しなくっちゃ! はあ~面倒だわ~試験官~」
と、本来の目的を思い出して走り去るベルさん。その後姿を見届けて俺たちも移動しようと思ってたら、ベルさんが行きの三倍の速度で引き返してきた。
「そういえば、さっきのお詫びがまだだったわよね?
夜は暇なんだけど?
気の合う知り合いもあんまりいなくって、一人で夕食を食べるのもなんだかなあって。
折角一仕事終えた後の夜なんだし」
とアリシアにたかろうとしている。
「あっ、はい。
ここまで連れてきてくださったお礼も兼ねて是非」
とアリシアは気安く応じた。どうせ食事は外食か屋敷の使用人に準備させるのだ。
「おうちの方に行けばいいのかしら?
どちらかしら?」
アリシアは、せっつくベルさんに向けて住所を書いたメモを渡した。
「じゃあ、また。
もしかしたら、あなたたちの試験官をすることになるかもしれないけど、手心は加えないからね」
「もちろんです」
「そりゃそうですよ!」
とアリシアも俺も真面目な一面を見せる。
「えっ? そうなの? なんか調子狂っちゃうわね。
まあいいわ。それじゃまた後で!」
今度こそ走り去るベルさんの後姿を見届けた。
「さあ、行きましょうか!」
「ああ!」
試験表に記されたアリシアと俺の筆記試験の教室は別々のものだった。
通り道でもあったので、アリシアを教室へ送り届けてから俺も自分に割り当てられた教室へ向かった。
既に50人ぐらいが着席している。俺は自分の番号の書かれた座席を探す……までも無かった。空いていたのはひとつだけだったのだ。
「余裕の到着ね」
椅子を引き、腰掛けようとしているとふいに背後から、声を掛けられた。
振り返ると三つ編みおさげをうなじの上から一本たらした黒髪の少女が居た。
変わった服――異世界基準の話ではあるが――を着ている。
余裕? そんなのこれっぽっちもなかったけど? と返答に困っていると、
「なに? あなたも一緒の口? ほんとみんなピリピリしちゃってさ。
緊張するのはわかるけど、たかが筆記試験じゃない。
無駄話の相手ぐらいしてくれたらいいのに」
少女が着ているのは、東洋的な武術の道着に似ていてどこか懐かしみを覚える。
そういえば、顔立ちもどこななく東洋的だ。
ついつい見つめてしまった。半分ぐらいは見とれていた。きゅっと吊り上った目尻がそこはかとなく可愛らしい。
「ほんと、みんな反応が同じでうんざりするわ。
そうよ、うちのご先祖様は西方の島国、ジャルペの出身。
話す気がないなら、さっさと前向いたら?」
ジャルペ……。知識としては知っている。
グラゥディズ大陸やホクタロット大陸の位置する場所を世界の中央として見るならば、遙か西方に位置するという島国だ。
海風や海流の影響で、こちらからジャルペへ渡ることは困難だと言われている。
過去に何人もの冒険者たちが挑んだが、渡りきったという知らせも帰ってきたという情報も入らない。
だが、その逆はそれほどまでに過酷な旅というわけではなく、ジャルペからこっちの大陸に渡ってくる渡航者は多くはないが毎年毎年一定数いるらしい。
そういった人々は、帰るに帰れずにグラゥディズやホクタロット等に移り住むことになる。
ジャルペからの渡航者は混血も進んでいるが、純血を守ってほそぼそと暮らしている集落もあるという。
明らかに、他と顔立ちの違う彼女は純血、あるいは混血して間もないハーフ、クオーターあたりだろう。
出会ってそうそうに、わざわざ嫌われる必要もない。二人とも合格してクラスメイトにならないとも限らない。
ここは俺の紳士偏差値の高さの見せ所だ。
「ごめん。いや、いろいろとあってここに着くのがぎりぎりになっちゃったからさ。
無事に間に合ってホッと一息ついてたところ。
ルート・ハルバード、総合科志望です。よろしく」
と無難に挨拶しておいた。
「ああそう。だけどね、ここに居るのはみんな総合科志望よ。わざわざ言うまでも無く」
「そうなの?」
「剣術科は数が多いから講堂とか道場に集められているわ。
だって全校生徒で200人足らずでしょ? この学園の生徒は。
1000人も受験しに来たら、全然席が足らないわよ。
この教室だって、普段なら20人ぐらいでゆったりと使っているところに無理やり机を詰め込んでるだし」
「ああ……言われてみれば……」
確かに。机と机の間はぎゅうぎゅうだ。狭い。
「誰が運んだと思う?」
「えっ? 先輩とか?」
「学園の生徒はそんなことしないわよ。
ちなみにギルドに依頼したってのも無しね。
お金にうるさいこの学園がそんなことで無駄な出費をするわけがないから」
「ひょっとして……」
思い当たった。そういえばなんとなく他の生徒達の俺への視線が冷たい。
「そう。先に着いた生徒が運んだの。試験官の指示でね。
みんな必死よ。少しでも試験官に顔を売っておこうとかってね。
あさましい根性丸出し」
「そういう君は?」
同じじゃないのか? というのは省略して聞く。
「あ、あたし?
あたしはそれを見てたわよ。早くは着いてたんだけど、か弱い女子なんだから、力仕事ぐらい男子に任せてもいいでしょ?
それにあたしだって長旅で疲れてたし。
ああ、そうそう、自己紹介まだだったわね。
あたしの名前は、シノブ・ミツルギ。
魔術もちょっとは使えるけど、基本は魔法拳士。剣じゃなくって拳のほうね」
聞いたことのない武術だ。それはそうと、みんなが相手しないのって机を運ぶのを手伝わなかったからじゃないのか?
外見だけで決め付けるのは、悪いことだけどパッと見渡しても、ピリピリしてるというか、俺たちの会話ですら五月蝿がってそうな奴が多いぞ。
まあ、緊張もしてるんだろうけど、どっちにしても心が狭いというか余裕が感じられないというか。
さりげなくもう一度あたりを見回す。
やっぱり、みんな姿勢よく黙って座っている。お行儀よく。
予習とかしてるんだったらまだしも、試験官へのイメージアップを図ってるんだか、ほんとに人付き合いとか苦手なタイプなのか。
一緒に学んで冒険者を目指そうよ! っていう雰囲気が想像しにくい。
「でさあ、本題なんだけど……」
とシノブが耳を寄せてきた。
「あたしちょっと学科っての? そういうの苦手でさ。
悪いんだけど、あたしの見えるような位置に答案用紙置いててくれないかな?
大丈夫、視力は抜群だし、もしばれても頼んだことは内緒にするから!
さりげなーくね?」
おいおい、声を掛けてきた目的はそれかよ! 不正行為の協力要請って。
「いや、そういうのはちょっと……」
とやんわり断ると、
「あ~あ、気が小さい男だね。
そうやって人に不親切にしてればいいわよ。
ライバルを蹴落として自分だけ受かればいいわよ」
と勝手に拗ねてしまった。
ほどなくして試験官が数名入場してくる。場の緊張感が高まる。
まあ、しっかりとした顔立ちだけれど可愛げもある少女だし、試験の時は、言われたとおりに答案を見える位置に置いてあげたけどね。
試験官の隙をついては背中を突っつかれて、試験に集中できなかったというのが大きな理由だけれど。
そんなわけで、筆記試験は無難に終わった。わりと簡単でシノブみたいにこれに手こずるというのが逆に理解できなかった。
そのまま昼食の休憩時間もとらずに剣術、魔術の実技試験が開始されるという連絡を受けた。
腹が減って来ていたが、ぎりぎりに着いてしまった自分が悪い。せめてパンでも持ちこんで来ればよかったと思う。
魔術科は魔術の試験のみ。剣術科と総合科は魔術と剣術――剣以外の格闘系技術も含む――の両方を受けなければいけない。
というのが入試のルール。絶対条件。パスはありえない。
しかも全部が一発勝負。
俺はまず剣術の試験を受けることになっていた。
試験の内容は受験者同士の模擬戦。その内容は他の受験者には非公開。
試験官5人ぐらいに見守られる中で、その体術や体運び、剣技や才能を評価してもらう。
ちなみに、志望が剣術科であるか総合科であるかはこの時には区別されなかった。
単に並んだ順。二人ずつ、試験会場に入っては5分~10分ほどで出て来る。
浮かない顔をしている奴も居れば、嬉々として手ごたえを感じたように出て来る者もいる。
10部屋ほど用意された模擬戦会場のひとつの列に俺は並んでいた。わりと張り切って前の方に並んだ俺は、前から5組目ぐらいだった。
気になるんだよな~。さっきから。こそこそと。
本人たちは俺に聞こえないように喋っているつもりなんだろうけど、丸聞こえだ。
「おい、あいつ……。ロイエルト・ミットバンクじゃないか?」
俺の事ではない。俺は無名。無名の田舎者。
有名なのは俺と一緒に模擬試験を受けることになる相手のほうなのだろう。
「まじか? そうか、今年はあいつも受けるんだったな……」
当然、俺の隣で並んでいるロイエルトとやらの耳にも入っているだろうが、涼しい顔で受け流している。なんだろう、強者の余裕って言う感じか。
噂によれば、王家との繋がりも深く、代々由緒ある騎士や、高名な冒険者を輩出している上級な貴族らしい。俺はその辺の事情に詳しくない。だから、ミットバンク家というのがどれほど有名なのかはわからない。
そのロイエルト・ミットバンクとやらの噂をしているのは一組だけではないようだ。
というか、言いだしっぺのコソコソ話が漏れ聞こえ、波紋が静かに広がって行った。
「相手になっちゃった奴、運が悪いよなあ……、ロイエルトの相手するのか……。
俺じゃなくて良かったよ」
運が悪くて悪かったな。
「いや、相対評価じゃなくって絶対評価だろ?
善戦出来たら、それだけで合格なんじゃないか?」
そうともいえるな。いいことを教えてくれた。善戦を目指そう。
「確かに。でも俺だったら即刻やられそうだ……。
そうか……あいつは剣術科だったよな。運が悪かったら俺達総合科志望でも当たる可能性はあったんだ……」
やっぱり俺って運悪いの?
「あいつ、魔術もできるし主席間違いなしって言われてるんだろ?」
俺だって魔術も得意だけどね。剣術試験では関係ないぜ?
「ああ、学園の関係者が既に視察に行ったらしいぜ?」
それは凄い。期待のドラフト上位指名っぽいな。
云々かんぬん。俺は心の中だけでそれぞれ突っ込んでいった。よい暇つぶしになった。
表面上は俺もロイエルトもずっと素知らぬ顔をしている。俺は耳だけ傾けて、心でツッコミを繰り出しながら。知らぬ存ぜぬは見た目だけ。
ロイエルトはどういう気持ちでそれを聞いてるかは知らない。まあ、こんなクールな外見の奴は、例え心の中だけでもいちいち応答しないだろうな。突っ込みなんかは論外だ。
ロイエルトはなんとなく冷たい感じのする男だった。笑うと印象が変わるのかも知れないが、髪も長めだし、悪い意味での優等生タイプ?
とにかくだ。いいことを聞いた。
どうやら、俺の相手は超がつくのかどうかはわからないが、有名人で剣の腕前も確からしい。
剣術試験でどこまで本気を出せばよいかを測りかねていたが、目標が出来た。
合格ラインがぼんやりと設定された。
エリート剣士相手に善戦。それだけで合格への切符が手に入るのだ。
引き分けを目指そう。もちろん、噂に違って、ロイエルトの剣術が大したことなかったら圧倒してしまわねばならないだろうけど。
まずは、小手調べ。あとは相手の技量に上手く合わせて立ち回る。
それで無難な合格を勝ち取れるはずだ。
そうこうしているうちに順番が回ってきた。
「次の二人!」
試験官が呼ぶ。
「はい! ロイエルト・ミットバンク!! 入ります!」
溌剌としたいい声だった。
俺も負けじと、声だけは張る。姿勢も正す、こういう地味なところで力を抜く奴は将来大物になれない。よっぽどのことが無い限り。
「はい! ルート・ハルバード! 入ります!」
俺の剣術の試験が始まる。相手は噂の優等生。
試験の合格を掴み取るのはもとより、同年代のエリートの実力を知る良いチャンス。
良い経験が積めそうだ。
緊張? そんなものは置いてきた。今心にあるのは未来やらなんやらへの期待だけだ。




