閑話 物見遊山
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拝啓 そちらはお変わりなく皆さんお元気でしょうか?
魔法薬の研究進んでますか? ポーラさんもちゃんと気にかけています。
といっても、まだまだ出発して1ヶ月。王都への道のりの半分を過ぎたところぐらいです。
この手紙が着く頃にはそろそろ目前まで迫っているかな? 王都マーフィル。
今は、ナルソスという村を出発したところです。
まさか、こんなにゆったりとした旅程になるとは思っていませんでした。
おかげで、あちこちの名物料理を食べたり、遺跡を見て回ったりと、アリシアも俺も初めての体験が多くて楽しんでます。
王都に着いたらまた手紙を出します。
それから、入学試験の結果が出たときはもちろんみんなに手紙します。
まだまだもらった便箋は沢山あるからね。使わせてもらいます。
では、マリシアもお元気で。
追伸
できたらでいいんで、ゴーダにも俺が元気で楽しんでいると伝えておいてください
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「何書いてるの?」
ふと顔を上げると、アリシアと視線がぶつかった。
「ああ、マリシアへの手紙」
と俺はありのままに答える。
「ふーん」
それでアリシアは黙ってしまった。
「だめですよ! ルートさん、アリシアお嬢様の前でそんなことを口走っちゃあ!
アリシアお嬢様の嫉妬の炎が燃え広がります!」
ポーラさんがいらないことを言う。
「ポーラ! もう『お嬢様』はやめてよねって言ってるでしょ。
それに、嫉妬の炎なんて燃やしてないからっ!」
「そうですか? いえ、あいすみません。アリシア……さん」
「『さん』も要らないくらいなんだけど?」
アリシアの要望に俺も思いついたことを便乗して言う。
「俺のこともルートでいいですよ」
「はい……、だけど、ちょっとやっぱり呼び捨ては……」
「ポーラは年上なんだし、わたし達の師匠でもあるし、今は保護者なんだから」
「はい……善処します。いえ、でも多分無理だと思います。
アリシアさん、ポーラさんでご勘弁を願いたいです。
長い年月のうちに雇われ根性が身についてしまったようなのですよ。
ああ、それと嫉妬の炎の件なんですけど……」
とポーラは火に着火剤を放り込む。油を注ぐのと違って、着火剤は初期の燃焼を持続、加速させるのだ。だけど炎の大きさをむやみやたらに増大させたりはしない。
「あのね、ポーラ。ポーラが邪推したくなるのもわかるわよ。
年頃の少年少女。片やこれから同級生、また同じ屋根の下で暮らす。
片や手紙で恋を綴る遠距離恋愛。
双子の少女の恋の行方はこれからのどうなるのでしょう!?
筋書きとしてはわりとテンプレだけどね。
わたしも……多分マリシアも、そんな気持じゃないから。
ルートは弟みたいなものなのよ。
ねえ?」
と、アリシアに同意を求められて俺は素直に、
「ああ」
と答える。
ほんとは、何で弟なんだよ! 勉強から魔術から何から俺に教わっといて。それを言うなら兄貴じゃないのか? と言い返したかったが、話がややこしくなるから辞めた。
「そもそも、ポーラがそういうのを考えちゃうのって、ポーラ自身がちゃんと恋愛できてないからじゃないの?
言いたくないけど、ポーラってもういい歳よね?
その年で、ボーイフレンドの一人も居ないっていうのはちょっとやっぱり変なんじゃない?
ずっと屋敷に篭ってて、出会いも少なかったとは思うけど、そもそも屋敷に篭ってお菓子ばっかり食べてるのが悪いのよ。
健全な乙女の……」
13歳の少女に『恋愛とは』という議題で懇々とレクチャーを受ける、見た目年齢20歳前後の腐女子気味なポーラさん。
俺は、さして興味も無いアリシアの恋愛観についての演説を聞き流しながら馬車の窓から外を眺めた。
ゆったりとした自然の風景が流れる。
ふと、芙亜のことなんかを思い出してしまう。
俺と芙亜も微妙な関係だったな。お互いに意識はしていた。誰かと付き合えと言われたならば、芙亜は俺を、俺は芙亜を選んでいただろう。
だけど、それは選択肢が少なかったからということもあったとも思う。
そうはいいながらも、俺は他の男と比べられても芙亜に好かれる自信はあったし、他の女子と比べても芙亜は俺の好みの容姿、性格だったともいえる。
任務が忙しくて、恋愛どころじゃなかったけれど。培った絆は、戦いや旅の苦難を乗り越えるためにしか使われなかったけど。
平和を手にしたら、多分俺は芙亜と付き合っていたはずだ。その先はやっぱり結婚?
今頃どこで何をしているのだろう? 順調に事が進んでいたのなら俺の一か月後には芙亜は転生してきているはずだ。ただし異世界とあっちでは時間の進み方が違うらしい。
芙亜は今何歳ぐらいなんだろう? どんな家庭に生まれたんだろう。
考えると、会いたい気持ちが大きくなった。俺は思考を強制的に中断する。
クラサスティス邸のあったグヌーヴァを出てしばらくはまだ街道も整備されておらず、専属の馬車と護衛を雇っての旅だった。
さすが辺境というだけあって、危険を伴う行程だった。
幸いにして何もトラブルは無かったけど。護衛の発する剣気のおかげかな?
ついさっきまで滞在していたナルソスという村は小さな村だけど、とても活気付いていた。
建設ラッシュ、バブルの典型とでもいうべきか。
それというのも、ちょうど数ヶ月前にマーソンフィールの王都マーフィルへと続く街道が整備されたのだ。
街道の整備とは、単に地面を整備して馬車を走りやすくすることだけを指すのではない。
道に沿って魔物の侵入を防ぐ結界が張られることを意味する。
要は街道に沿って旅をしている限りは、よほどのことが無い限り魔物に襲われることはない。
インフラが整ったという奴である。高速道路とか新幹線の駅が開通した時の田舎町の状況によく似ている。
それまで、冒険者やクラサスティス伯爵家のような辺境の貴族、それと旅の商人ぐらいしか通らなかった小さな街や村に、一気に一般庶民が流入する。
小さな村にはまず乗り合い馬車の発着場が出来た。
護衛込みでの馬車の旅ともなると、費用も高く、庶民では手が出ない金額になってしまう。
あえて、高い金を払って危険な旅を行うのは、それ相応の事情のあるものだけなのだ。
俺たちのこの旅の前半がそうであったように。
もしくは、よほどの道楽家か、自分探しをするどこか頭の痛い若者か。
だが、結界によって魔物からの危険を回避できる街道が出来たとなれば話が変わる。
元々治安のいい国だ。往来が増えれば、追いはぎの類も姿を現しにくい。
最小限の護衛で――あるいは乗客に冒険者が居ればその者が護衛を兼ねる――安価に旅が出来る乗り合い馬車は、庶民の味方。
物珍しさに新規路線の開通直後は、利用客がどっと増える。
ナルソス村はそんな状況の中で、如何にしてリピーターを増やすかを模索していた。
このバブルの勢いを持続させるために。
オーソドックスで素朴な伝統料理や取ってつけたような民族衣装での歓迎セレモニー。 なんだか前衛的なダンスが披露されていた。
一風変わったみやげ物。全然、村の特色とは関係ない色っぽいお姉さんが接客してくれる酒場――もちろん俺達はそんなところには行っていない――。
一番の売りは温泉だった。これは、おいしい。俺たちも――というかポーラさんが特に――温泉を気に入って、数日間滞在した。
そもそも、ナルソス村までは、専用に雇った馬車にて最短に近い移動だった。
ここから先は、社会見聞を兼ねてゆっくりと王都へ向かう予定になっているらしい。
居候で旅費からなにから全て負担してもらっている俺には知らされていなかったが。
道理で入学試験の日取りから逆算して考えると余裕を持ちすぎた出発であったわけだ。
「……だからね……、ポーラ。
次からは、馬車も普通の乗り合い馬車に乗りましょうよ。
速度だってそんなに変わらないんだし、値段はずっと安いでしょ?
それに、いろんな人と出会う機会が増えるじゃない?」
アリシアの演説はまだ続いていた。
ナルソス村で調達したのは、貴族などが使う乗り合いではない、いわばリムジン的な馬車だった。
いや、リムジンとはそもそも元来は馬車の形式を指すんだから、そのままリムジンでいいんだっけ?
高いけど、その分乗り心地もよく、相乗りじゃないので他人に気を使うことも無い。
御者のサービスも必要以上。
食事から何からセットで費用に含まれる。もちろんその分値段が張る。
次の中継の街までは、2日の行程。乗合馬車であれば、その間の食事は自分で用意しなければならず、寝るのは馬車の座席。あるいは野営。
だけどリムジンなら、なんと座席がベッドにもなるし寝具もふかふかなのが提供される。安い毛布とは段違い。
そんな高待遇は望まないというアリシアの意見に俺は賛同した。意思表示はしなかったけど。
「お父様もそういう意味で、この旅の旅程を組んでくれたんだと思うわ。
だって、これじゃあ屋敷に居るのと変わらないじゃない?
めちゃくちゃ退屈だってだけで」
「はい……、次からはそうします」
ポーラさんはしぶしぶと言った感じで納得してくれた。
三人旅での退屈しのぎはおしゃべりのみ。
俺は聞き役、あるいは外を眺めて聞き流しが多かったが、ふいにポーラさんに問いかけられた。
「ルートさん。もう魔術科か剣術科かは決めましたか?」
冒険者養成学校でのコースというかクラスは3つある。
アリシアが志望している魔術科、それから剣術科、そして総合科。
「やっぱり総合科にしようかなと」
と俺は答えた。
アリシアには一緒に魔術科にしようと誘われていたけどやんわりと断っている。
「前にも言いましたけど、総合科はやめた方が無難ですよ。
剣術科でも魔法は習えますし、魔術科でも剣術は練習できるんですよ。
総合科と言うのは、剣術の技量も、魔術の技術も一定の水準に達しなかったいわば落ちこぼれさん達が入るところなんです」
「その分入学しやすいんでしょ?」
とアリシア。彼女は併願できるものなら総合科も受けたいらしいが、併願制度は設けられていないらしく、魔術科一本に絞っている。剣術はほとんど練習していないから剣術科は、はなから諦めて。
「入学はしやすいですが……、その分卒業もしにくいです。
養成学校を出たら、即ギルドに登録される訳ですから。
力不足の者は、退学させていくしかないのです。という話です。
わたしは学校へは行ってませんから知り合いに聞いた話ですけど。
総合科で卒業できるのは5人に1人とも10人に1人とも言われています。
なにもわざわざそんなところに入る必要ないじゃないですか?」
「そうなんだろうけど……」
俺は、少し自分の意見をまとめる。剣術と魔術のどちらも人並み以上という自負のある俺は確かにエリート達の集団、魔術科か剣術科に入ってしまうのが良い様にも思える。
ある意味では無難。
だけど、冒険者になる時点では無難はある意味ではマイナスに働く。
埋もれてしまう。
学校に無事に入れたとして暫くは目立たないようにやっていくつもりだけど、卒業の時期を迎えるまでにはそれなりの地位に立とうと考えている。
卒業時の学校での成績が良ければ、ギルドで斡旋してもらえる仕事の質も変わるらしい。
冒険者になってしまえば、ちまちましている暇はない。さっさと旅に出て芙亜を探す。
それが今後の目的。
もちろん、剣術か魔術のどちらかを特化させてしまうのもいいが、どちらかというと俺はパーティを組まずに一人で旅をすることを考えている。
バランスよくスキルアップしていきたい。
芙亜を探す旅のイメージはどことなく一人旅が似合う。
結局まとまらないけど、なんとなく総合科志望。それにコース別に分かれて授業とかするのは、一年の時だけで、二年の途中からと三年はコースもクラスも便宜上分かれているだけというのが実態らしいし。
「ルートさん?」
思考の沼地に嵌っていた俺にポーラが声を掛けた。
「ああ、ごめん。でも、総合科からだって有名な冒険者が出たりしてるんでしょ?」
「あんまり聞いたことないですねえ」
そうなのか。じゃあ、俺がそれになってやろうじゃないか。
そんなこんなで、俺たちはあっちに立ち寄り、こっちで滞在しと入学試験前だというのにすっかり緊張感も忘れ去って気楽に旅を楽しんでいた。
あ、あとお約束としてポーラさんは馬車酔いをしやすい体質らしく――それが、乗り合い馬車を避けていた理由――、馬車の中では四六時中押し黙って、自分の中の何かと戦っていた。
こんな静かで無愛想なポーラさんを見たのは初めてだった。