第二話 新生活
ゴーダから預かった金で小さな機械弓を買った。
力が無くても弓を引ける。
おそらく女性向けに売られている品物だろう。
威力は無いし、射程も短い。連射もできない。だけどこれくらいがちょうどいい。
子供の俺にも扱える。
中古だし売れ残りだったようで安かった。
武器屋のおじさんには怪訝な顔をされたけど、
「坊主、こいつは小さいけれど立派な武器だからな。
取り扱いには注意しろよ。
それから、わかってると思うが悪いことには使うなよ」
と釘をさされたくらいで、すんなりと売ってくれて助かった。
こういう街の雰囲気が日に日に好きになっていく。
あらたなアイテムゲット。翌日早速狩りに出かけた。
初めての狩りは失敗だった。
どうにも距離感がつかめない。近寄りすぎると得物に逃げられるし、遠すぎると当らない。
三日目にしてようやく兎を一匹仕留めた。
運よくというか幸運が重なってくれたって感じ。
その後も狩りを続けたが、その日は結局それ以上の結果は得られなかった。
さて、どうしよう? この兎……。
初めての獲物だし、家で食べてもいいんだけど……。
そういや、お肉捌いたことがない。
シンチャにまかせっきりだった。
こっちに引っ越してきてからは、お肉屋さんで加工済みのものしか使ってない。
そもそも、ゴーダは最近肉はほとんど食べない。
歯が弱くなってきているし、胃腸の調子もよくないみたいで。
う~ん。
悩みながら街をぶらぶらとする。たまに行く肉屋が自然と目に留まる。
「そういや……、兎って一匹いくらぐらいなんだろう?」
陳列された、肉と値札を眺めるがどうにも相場がわからない。
買い物に付き合っているうちに、異世界の物価は大体把握してきているんだけど。
ゴーダの日給は、見習い期間中で7000Gぐらいだって言ってたし、ギルドのお仕事だと安くても大体一日10000Gは超えるとか。高い方は何十万とかになるらしいからなんの参考にもならない。そういう仕事をしている人は大金持ちだ。その分危険度は高いんだろうけど。
脱線してしまったが結論を言うとなんとなく日本円と価値が同じくらいだなという印象だ。物によって高かったり安かったりするのはおいといて。
だけど、兎が高価な肉なのか安価な肉なのか、その辺がわからない。
兎一匹のグラム数がわからない。単価が出てこない。
「これって足か? 一本で、400G? ってことは……、
兎一匹で足は二本あるから、足だけで800Gか。
胴体にも食べられるところあるから1000Gちょっと?
でもそれって売値だから仕入れ値は……?」
とかなんとかぶつぶつ言っていると、頭をポンと叩かれた。
「おう、いつものガキじゃねえか。
どうした? じいさんは元気か?
肉が食いたいってか?
年寄り向けだと、まあ……、お手頃な値段では肉はないんだが……」
振り返るとこの店の店主である大男の姿があった。
がっちりとした体格の髭面の毛むくじゃら。野性味あふれる中年おじさん。
「あ、えーっと今日は買いに来たわけじゃあ……」
とちょっと戸惑いながら返答すると、店主は鼻をひくひくさせながら俺の周りを嗅ぎまわる。
腰をかがめて、俺の提げていた袋の前で顔を止めた。
「こいつは……兎だな。
どうした? 拾ったのか?
病死肉は悪いが扱えねえよ。それと歳とって死んだ奴もだ。
他の動物や魔物に襲われて命を落としたものもダメ」
「えっ? 買い取ってくれ……買い取ってもらえるんですか?」
「罠で捕まえた奴か、自分で仕留めた奴ならな。
ガキの小遣い稼ぎだよ。兎なんかじゃ商売にならんから、大人はついででしか狩らねえし。
それでいてそこそこ売れる肉だからな。
持ってきたらいつでも買い取ってやるよ」
「これなんですけど……」
と俺は袋を開いて、中身を見せた。
「なるほど、確かに。なんの変哲もない兎だな。
弓か?」
店主は俺が背負った機械弓を見ながら言う。
「あっ、はい……」
「ここらの兎は警戒心が強くて狩るのが難しいんだが……。
どうやった?」
ちょっと不信感を抱かれかけているか?
折角の商売なのに、ここで折れたら勿体ない。
あわてて弁解する。
「えっと、普通に狙って……。
でもずいぶんと苦労しました。朝から今までで一匹だけしか当たりませんでしたから。
それに、狩りはじいちゃんがやっているのを見てたことがあるんで……。
だいたいのやり方はなんとなく……」
店主は俺の話を興味が無いと聞き流すようにしながら店に入っていった。
残念? 交渉不成立? 何がダメだったかぐらい教えてくれたらいいのに。
これじゃあ他の店に行っても同じだろうな……。
機械弓に使った元手ぐらいは地道に回収していけるかなと思ってたのに。
と肩を落としていると、扉の開く音がする。
「ほいよ」
武骨な店主から無造作に差し出された500G硬貨。
「えっ?」
「安いか? いや、だがそれ以上は出せねえよ。
他に店行ったって一緒だろう。
もっと安く買いたたかれるのがオチだ。
500はお前のがんばり賃込の値段だからな」
「買ってくれるんですか?」
「ああ。また獲れたらもってこい。
あんまり数は多くても困るが……。
まあ、5匹程度ならうちでさばける。
もっとも5匹も獲れるような腕なら他の獲物を狙った方が効率良いがな」
「ありがとうございますっ!」
俺は深々と頭を下げた。自然と足取りが軽くなった。
うきうき気分で家に帰る。
ゴーダにさっそく、さっきの出来事を話す。
「でねえ、兎がね、買って貰えたんだよ!
また獲れたら買い取ってくれるって!」
「そうか、それは良かったの」
と、一応笑顔で応じてくれるゴーダだったが、このところより一層老け込んでいる。
元気で優しさと厳しさを併せ持ったじいちゃんはどこかへ行ってしまったようだった。
まあ、そのおかげで、勝手に出歩いたり、弓を買うのもそれほど反対されなかったりと都合の良いこともあるんだけど。
病気は命に係わるものではないらしいけど、完治までは長くかかるという。
一家の大黒柱が細くなってしまった今こそが俺の頑張り時だ。
そんなこんなで狩猟生活。
少年ハンターだ。そういうと聞こえはいいけど、生活は支えられてない。ほんとに小遣い稼ぎの範疇にすっぽりと収まってしまう。
兎は獲れても2~3匹。大した額にならないし、それ以上獲れても買い手がつかない。 あまりに獲りすぎても、不審がられそうだし。
もっとも、今の俺の狩りの腕じゃあ、大漁旗の出番は当分なさそうだ。
蓄えがあとどれだけもつのか? 尽きてしまう前に支援はあるのか?
近いうちにゴーダと話し合わなければならないかもしれない。
ある時、ガルバーグさん――肉屋の店主――に、とある話を持ちかけられた。
「兎ばかりじゃ退屈だろう?」
「そうでもないですけど……」
と俺は正直な感想を返す。
最近狩りの楽しさに目覚め始めていた。
気配を殺して獲物を探すのは、どこか剣術の基礎修行と似ていた。
自分を殺し、自然と一体化する。かっこよく言えばそんな感じ。
まあ、それが出来ていないから、成果があがってこないのだけど。
「かといって、鹿なんて仕留めてもお前じゃ持って帰ってこれないしな」
うん。たまに鹿も見かけるが、そもそも俺の弓の威力じゃ仕留めることは無理だろう。
「でな」
と始められたガルバーグさんからの提案。
それはとっても魅力的な話だった。
「いやなに、大した話じゃないんだがな。
ちょっとお使いがてら頼まれてくれないか?」
世話になっているガルバーグさんの頼みだ。
俺は快く了承する旨を伝える。
「そこらをうろうろして兎狩りしてるんなら、香草の群生地もあるだろう。
ほれ、こんな奴」
と差し出された葉っぱ。ギザギザ細くて特徴的だ。
見たことあったかな? と記憶を頼るが出てこない。
草になんか注目したことは無かった。
「生えてるはずなんだ。珍しい草じゃねえから。
見つけたら持ってきてくれないか?
大した金にはならねえが、買い取らせて欲しいんだ」
「なんに使う草なの?」
「肉に風味を付けるのさ。料理用だ。
兎料理以外ではあんまり使わないし、育ててるものもこの辺にゃあいないんだがな。
お前さんが兎ばっかり獲ってくるもんだから、欲しいって言う客が増え始めた。
一日2~3枚あれば上等だ」
「わかりました。ちょっと探してみる」
「おう、頼んだぜ。
それとな……、こっからはお前のやる気次第なんだが……。
このあたりにゃあ、香草だけでなく怪我や病気に効く薬草の類も生えてるんだ。
あちこち散らばってるから、わざわざ集めて商売するには面倒であまり手を出すもんもいねえ。
ちと、そいつらも探してみたらどうだ?」
「薬草もガルバーグさんのところで買ってくれるんですか?」
しかし、それにはガルバーグは首を振る。
「うちは、肉屋だからな。香草は置けても薬草は扱えねえ。
スペースもないし面倒だ。
で、薬草ってやつはな。普通じゃとても商売にならねえ。
流通がしっかりしてるからな。
そこらの店に持って行っても買いたたかれるか、追い返えされるか。
仕入れ業者泣かせの品物だ。
だがな、お前にその気があるんなら、ギルドに交渉して露店の権利をとって来てやる。
自分の店で売るぶんには、誰も文句は言えない。
物好きな旅人なんかが買っていってくれることもあるだろうよ。
大通りじゃなければ、大した管理費はとられねえしよ。あそこは空家ばっかだからな」
「それって、僕がお店をやるっていうこと?」
「そうさ、ガルバーグ精肉店の出張所扱いさ。
肉屋じゃなくて草屋だが。
それなら、子供が店番しててもなにも悪いことはねえ。手続き踏んでやるんだから。
もっとも給料は出ないがな。完全歩合だ。
だが、それほど悪い話じゃないだろう?
どうせ、店番なんて暇なもんだ。
その間に勉強もできるだろうし、薬草なんて肉と違ってすぐに腐るもんでもねえ。
かさばるもんでもないしな」
しばし考える。今の生活リズム。
朝起きて、狩りに出かける。
昼には帰ってきて、午後は勉強。ゴーダの言いつけだから。
もちろんその間には、食事を作ったり家事をこなしたりもしているけど。
うん、午後の時間に露店で少ない客相手。
無理なことではなさそうだ。
少年ハンター(兎と野草専門)兼少年店主(雇われ)。うん、悪くはなさそうだ。
「やってみます。いえ、是非お願いします」
「おう、お前ならそういうと思ってたぜ。
露店の申請にはしばらくかかる。
それまでに、薬草の種類を覚えて、生えてる場所を探しておきな」
こうして俺の歴史にまた新たな一ページが加わることとなった。
無難な薬草売り。ほどほどの商売繁盛目指して頑張ろう。