第十一話 平穏
明後日は6歳の誕生日だ。
わくわくはそれほどしてこない。プレゼントは貰えるだろうしケーキもあるけどウチは質素だから期待はできない。
精神年齢17歳。
転生してからも精神的には成長していないというか、幼児退行がちょくちょくみられる。
だけど子供だましのサプライズが通用しないお年頃であるのも事実。
なんだかんだと理由をつけて――その実は俺の誕生日の準備や相談だろう――早く寝かされた俺は、いつもどおりに眠りについたふりをしてゴーダとシンチャの会話に耳を澄ます。
「そろそろケーキっていう年頃でもなくなってきちゃいましたね。
それに、プレゼントも……」
なんだろう? 今年のプレゼントは。
難しいのはわかる。この環境で用意できるものは限られている。
もはやゴーダお手製のおもちゃでは満足しない。
そういった雰囲気を醸し出してしまっているのかも。
ちょっと反省する。が、時既に遅しだ。
「そう思ってな。これを用意した」
とゴーダが言い、なにやらごそごそとした物音。
「なんですか? 表彰状?」
とシンチャが興味深そうに言う。
「まあ、そんなもんじゃ。ジャルツザッハ剣術の免許皆伝……。
には程遠いがの。基礎課程の修了証書を作ってみた」
「まあ、それは喜びますわ!
あの子、修行がなかなか進まないっていろいろ悩み始めていたみたいですから」
「それなんじゃがの。
ルートには言えなかったことなんじゃが……。
剣術のセンスは問題ない。それどころか、あの歳でここまで出来るというのは非常に優秀な部類に入ると思っておる。
育ての親としての贔屓目ではなく、一介の剣士としての正直な所感じゃ。
じゃが、どうにもな。
あいつの剣には素直さが足りない。
よく言えば実戦向き。
『心を無に』とは日頃からいいつけておるのじゃが、ルートの剣には標的を見据える気配が感じられる。
無心ではなく、何かを切りつける意思。
邪剣とまでは言わんが……」
『邪剣』というワードに反応したようにシンチャは、
「だって、素直ないい子じゃないですか?」
と俺を擁護するように言ってくれるが、
「生まれついてのものなのか、山奥でのこの暮らしが影響してしまったのか。
あいにく子供に剣を教えた経験がほとんどないからわからんのじゃが。
それでな、このまま基礎練習を続けていても、ルートは伸び悩み、儂も手の打ちようがない。
じゃから、一旦切り上げて、次の段階に進んでみることにする。
その区切りの意味での証書じゃ。
正式なものでもない、ただ儂が勝手にこさえた証なんじゃがな」
邪剣……。確かに。剣を振るいながらついつい思考してしまう。
俺に向ってくる剣士。
あるいは魔物。一度であったことのあるダガァウルフ。
話に聞いたことのあるだけの様々な種族。
なるほどなあ。
そういうイメージトレーニング的なものがかえって邪魔になっていたとは思わなかった。
明日ちょっと試してみよう。
シンチャがゴーダを安心させるように言う。
「それでもきっと喜んでくれますわ。
だって、剣術のことで褒められるのが一番嬉しくなっている頑張り屋さんなんですから」
というわけで、翌日。
ゴーダもシンチャも明日が俺の誕生日なんて言うことは一切口に出さない。
平常運転だ。
水汲みを行い、畑の手入れ。
ゴーダは狩りに出かける。ついでにイチゴを採ってくるだろう。
シンチャはいつもどおり。普段より入念に掃除をしているくらい。
俺はシンチャに声を掛けた。
「なにか手伝うよ」
「あら、珍しい。剣の修行はもういいの?」
「うん、今日はおしまいにする」
「そう。じゃあお願いしようかしら。といってもほとんど掃除は終わっちゃったんだけど……。
久しぶりに散歩でも行く? もちろん結界の中だけどね」
「いいよ」
「ちょっと待ってね。後片付けをするから」
と掃除用具を片づけ始めるシンチャを手伝った。
「川にでも行ってみましょうか?」
との誘いに乗って、ふたりで出かけた。
俺とゴーダは水汲みでたびたびというか日に何度も訪れる川だけど、シンチャと来たことはあまりなかった。
「おとうさんがね、喜んでたわよ。
最近じゃあ水汲み、桶をふたつも運べるようになったんでしょ?」
「うん、まあね」
と俺は言うが、所詮小さい桶だ。それも満タンにすると運べないから七分目くらい。
三歳の頃から比べても重さは1.5倍くらいにしかなっていない。
「畑のこともずいぶん勉強しているみたいだし」
「うん、まあそれなりに……」
「これからも頑張って力になってあげてね」
とシンチャはその話を締めくくった。
やっぱり、シンチャは俺に無難な生活を望んでいるんだろうな。
剣術の練習してて嫌な顔はしないが、魔法とかはシンチャの前で使わないようにしている。
「あのね……」
と俺は前々から思っていたことを切り出した。
「なんていうか、その……、お料理とかも覚えたいんだけど?」
真面目に言ったつもりだったが、シンチャはそれを聞いてぷっっと噴き出した。
「えっ、ルートが! お料理……」
それだけ言うのに、笑いをこらえるのに必死だ。
なにがそんなにおかしいのだろう。
「ごめんなさい。全然そんなイメージなかったから。
ルートはなんだか段々おとうさんに似てきてるなあって思ってて。
おとうさんは家事とか料理とかだめな人だから。
イメージが重なっちゃったのよ。
ルートを笑ったわけじゃないのよ。
包丁持って、エプロンをして、お鍋の前で火加減とか見ているおとうさんを想像してしまったら……」
と、再びシンチャは笑いだし、はあっと息をついて表情を元に戻した。
「まあ、いいわよ。男の子だってお料理できてもおかしくないものね。
おとうさんだって反対しないわ。
だけど、優先するのはおとうさんのお手伝いね。
時間があったら、基本からびっちりと教えてあげます」
さすが、家事のエキスパートだ。シンチャは頼りになる。
その後は、二人でなんでもない話をだらだらとしたり、シンチャのために花を摘んだり。
頃合いを見計らって家に帰った。
夕方、狩りから帰ってきたゴーダを呼び止める。
「じいちゃん、ちょっと見てください」
若干かしこまって俺は言った。
いつもの練習場――木に布を吊るしてある所――までゴーダを誘導する。
「見ててよ」
俺は、木刀を振りかざした。
無心に、頭の中はただ剣先が描く軌跡だけに集中する。
そのまま、一気に振り下ろす。
「なにがあった?」
とゴーダは驚いて俺に尋ねる。
「聞いておったのか?」
と。
「えっ? なんのこと?」
すっとぼけるのも無難な成長には欠かせない。
ゴーダの表情を見て若干やりすぎた感が出てきてしまったが後には引けない。
「で……、どうですか?」
と俺はもう一度ゴーダに尋ねなおした。
不安が頭をよぎる。盗み聞きしてたのがばれるかも知れない。
だけどゴーダは、
「見違えるようじゃ。
これぞ、正しき剣。剣術の基本じゃ。
ここまでたどり着くのに儂なんかどれほど苦労したことか……。
それをその歳で。
すごいぞ、ルート!」
と手放しで喜んでくれた。
実は、昼間の稽古でコツを掴んでしまった。
まだ上段斬りだけだけど。
ちょっとフォローを入れておく。後の祭りかもしれないけど。
「なんかね、練習がちょっと嫌になっちゃたんだ。
だから、素振りに集中できなくなっちゃって。
でも頑張ろうって思って振っているうちに……」
と俺が言い終わらないうちにゴーダはかぶせ気味に、
「それこそ剣の道なのじゃ。
山もあれば壁もある。
辛いことも多いじゃろう。
じゃが、それを乗り越えてこそ、身に付く業がある。
今後も、様々な障害に、ぶち当たるじゃろう。
今はまだ剣の道の入り口を超えたあたりなのじゃから。
じゃがな、このように努力を続けて行けばやがて高みに達するのじゃ
。
精進を欠かすでないぞ」
と、褒めつつも、厳しい言葉を口にする。
やっぱりゴーダは普段は人のいいおじいちゃんそのものだけど、剣にはうるさいみたい。
それでいて、俺にとってはすごくよい師匠だ。
喜んでくれてなにより。
大手を振って修了証を貰うことが出来る。
そんな平和な、誕生日前の無難な一日。
俺はいつかは家を出ることになるだろう。そもそもの転生の目的のため。
世界中を冒険する。
だけど、それは遠い未来。まだまだ10年ぐらいは先の話。
それまでは、ずっとここで、三人で幸せな生活が続くと思っていた……。