第八話 好敵手ケンジ
初めてのバトルシーンです。模擬戦ではありますが…
あの後、オビツは2時間程度しか眠らなかった。
午前5時。昇ってくる朝日を眺めつつ、オビツは深煎りのコーヒーをすすっていた。
「良い天気になりそうだね」
突然、彼の上から飄々とした声がした。
「ケンジか。どうやって屋根に登った?」
「失敬だな、僕がインフィニタスだってことを忘れたのかい?」
ケンジと呼ばれたその棒人間は、華麗な動きでベランダに降りて来た。この大親友兼好敵手は、キツネのような目を除き、オビツと瓜二つだった。
「三年半ぶりだな」
「何でそれを最初に言わないのさ、まったく…」
ケンジの頬がむうっと膨れる。
「悪い悪い。…で、何の用だ?」
「用件は2つ。四年前のお礼を言いに来たのが1つ目。」
「四年前…ああ、イーター事件…」
イーター事件。外宇宙からやって来たとされるエネルギー生命体、イーターに憑依されたケンジが起こした事件だ。この惑星一高い電波塔、ディステニータワーに大量のC3爆薬を仕掛け、第一展望台にいた計百五十人を人質に取った。最も、その時居合わせたオビツがトラクタービームでケンジからイーターを引き剥がし、指向性を持たせた超高圧電流を発射する、『ウェイヴビーム』で撃破、爆薬も軍の特殊工作員が撤去した。
「…もう1つは?」
「…オビツ」
「何だよ」
「…僕と戦ってくれ」
「は?」
「要するに挑戦だよ、オビツ。あの時僕は決めたんだ。強くなって、きっと君みたいな最高のバウンティハンターになるって」
「実力の程を見極めて欲しいと、そういうことだな?」
「ああ、その通りだ」
「…どうりで三年半も顔を見なかった訳だ。いいだろう、受けて立つ」
二人は庭に降りると、互いのアームキャノンにセーフティをかけた。出力が落ちたこの状態なら、相手を必要以上に傷つける心配はない。
ふと、オビツはあることに気づいた。
「ケンジ、お前のそのアームキャノン…」
「ん?ああ、レイダーカスタムのこと?」
ケンジのアームキャノンは、玉ねぎの底をくりぬいたような、奇妙な形状をしていた。口径も大きい。
「レイダーカスタムはね、『ボム』とかの大口径弾を発射する時の衝撃を均一に吸収する様に設計されているんだ。まあ、そのせいでビームの多くが拡散して全く打てなくなってるけどね」
「なるほど、つまりは…実弾特化のアームキャノンだな」
「その通り。さ、始めよ」
オビツとケンジは3m程離れた位置で向き合い、構えを取った。
オビツはケンジに対して左斜め45°の角度で向き合い、足をやや内側に曲げつつ1m弱開き、猫背の状態で肘を張るような格好で構えた。これはオビツが初見の相手と一対一で戦う時の構えである。相手が突撃して来ようものなら、すぐにでもビームブレードを展開、撫で斬りにして終わらせるつもりだ。相手が遠距離から攻撃を仕掛けてくれば話は別だが。
対してケンジは直立した状態から右足を前に投げ出しつつ、アームキャノンを装備した左手を―彼は左利きなのだ―右手でしっかりと体に固定し、顎を引いて上目遣いで正面からオビツを睨むように構えた。
オビツはこの構えを、先手必勝の構えと考えた。そのまま体ごと倒れ込み、一気に接近して必殺の一撃を叩き込む動きが、オビツの脳内でシュミレートされた。
刹那、ケンジは凄まじい勢いで突っ込んで来た。
ケンジの挙動は、愚かしくもオビツの脳内シュミレートを忠実にトレースしていた。オビツはビームブレードを展開するまでもなく、アームキャノンを装備した右手でケンジの喉元に強烈な正拳突きを繰り出した。
「うぐっ!!」
自らの突撃の勢いも相まって、痛みに耐えかねたケンジは喉を押さえて激しく転げ回った。
「どうした?まだ始まったばかりだぞ?」
「こ…降…ざ…ん…」
「まったく…本当に修行して来たのか?」
結局、ケンジはオビツを越えることは出来なかった。二人は朝食をとるべく、とんかつドン太へと向かって行った。
「…オビツ」
「ん?」
「次は…負けないよ?」
「…ハッ、あんなもので勝ったなどと言えるか」
続く