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第二章【剣】




「領主様、街に賊が入ったとのことです」

 キリヤたちの侵入はさっそく領主へと伝えられた。だが領主は興味なさそうに兵の言葉を無視し女と戯れている。

「領主様・・・・・・」

 甘ったるい香りが充満していた。

 領主の間は明らかに無駄とわかるほどの豪華絢爛な装飾がされ高価な置物などがこれまた無駄に置かれていた。

 その悪趣味な空間の中央にこの国の実権を握る醜い男がいた。すでに禿げ上がった頭は脂が浮き、全身にも脂肪が余分過ぎるほど蓄積されていた。

 そんな男がベッドに横たわり、二人の女を両脇に抱き微睡んでいる。

「ええい、黙らんか。そんな賊などさっさと見つけどうとでもしろ。それよりも愚民どもからもっと税を徴収する努力をせんか努力を」

「・・・・・・ハッ」

 兵士は一瞬だけ瞳に敵意を宿したが、すぐにその場を去った。兵士は女たちが哀れでならなかった。



 ベッドに横たわったキリヤは三秒で寝息をかきはじめた。

「ったく、この能天気は・・・・・・ごめんね、リットくん」

「いえ、お役に立てられたらよかったです」

 二人は少年の案内で宿に入れてもらった。

 二階にある小さな個室に部屋を借りた。それなりに掃除はされていて問題はなさそうだ。

 少年の名はリットと言った。

 身なりも良く言葉も大人じみていてしっかりしている。サイは倍は年上のはずのキリヤのほうが子供に見えた。

「でも、どうして私たちを助けてくれたの?」

「それは・・・・・・サイさんがあの兵士さんたちに追われて困っていたみたいですから」

 リットは歯切れ悪く言った。

 この子は何か隠している。サイは直感した。

 するとリットは大きな黒い瞳を動かし、壁に立て掛けたキリヤの剣をちらちらと気にした。

「あの剣――気になる?」

「えっ、あ、その・・・・・・さっき、兵士さんたちに囲まれていたのに、キリヤさんはどうして使わなかったんですか」

「ああ・・・・・・あの剣、本当は剣じゃないんだよ」

「?」

 サイは何故かはぐらかすように答えただけだった。

 すると突然立ち上がり、何かを探している。

「どうしたんですか」

「喉渇いちゃって、受付に繋がる電話ないかしら」

 そう言うと部屋の角にある電話を見つけ、内線を押す。

 しかし反応がない。

「あの、壊れてるみたいですね。僕が行ってきましょうか?」

「いいよ、ありがと。じゃちょっと行ってくるね」

 サイはリットを安心させるように微笑んでから扉を閉めた。

 しかしリットはサイの気配がなくなるのを待ってから、ゆっくりと立ち上がった。


 巨大な何かが迫って来る。

「なん、だ・・・・・・?」

 キリヤは重たい身体を引きずりそれから逃げようとする。

 しかしそれはあっという間にキリヤに追いつき、彼を踏み潰そうとする。

「キィリィヤァァァ」

「うわぁぁぁ!?」

 キリヤは飛び起き、辺りを見回す。

 見慣れない部屋。

 いや、リットとかいう少年に案内された安宿だ。

「ふう、夢か・・・・・・やたらでかいサイに潰されるなんて・・・・・・悪夢だ」

「アンタ勝手に人を巨大化しないでくれない?」

 いつのまにか扉のところにサイが立っていた。

 何故か水を三人分、トナーに乗せて持っている。

「ん? おお水か、気が利くじゃん」

 そう言ってコップを取ろうとする。

 するとサイは突然水を取るとキリヤに浴びせる。

「な、なにしやがる!!」

「まったくこの能天気は・・・・・・リットくんは? 剣は、どこ!?」

 ハッと冷静になったキリヤがその狭い部屋を探すとリットはおろか、あの大きな剣さえなくなっていた。

「まさか」

 ようやく事態が見えたキリヤ。

 するとまた水を顔面に浴びせられる。

「グズグズしない!」


 二人は指名手配されているのも構わず街に飛び出した。

 あの巨大な剣を持っているのだ。嫌でも目立つし重い。まだその辺りにいるはずだ。

 しかし、辺りを覗いながら走り回る彼らに人々は一瞬だけ眼を向けただけで、それ以上興味を示してくるものはなかった。

 他人に干渉しようとしない者は、その余裕がないからだと、サイは哀しげに目を伏せた。

「――まったく、剣を盗られるなんて社長になんて説明したらいいのか・・・・・・アンタ、殺されるわ」

「ちょ、マジで社長には内密に!」

 キリヤは情けないほど悲痛な叫びをあげた。

 サイは無視して歎息し辺りを見回す。

 すると通りの一角の薬屋で騒ぎが起こっているのを見つける。

「あれは・・・・・・リットくん!?」

「なにしてんだあいつ」

 サイは眼を疑った。

 硝子のウィンドー越しに見えたのは、剣を振るえる手で掲げたリットが薬屋の若い男の店員を脅している様子だった。

「やべぇな、鞘から抜いてるじゃねぇか」

 床に剣の鞘が転がっているのを確認してキリヤは毒づいた。

 そして薬屋に突入するため疾走する。

「キリヤ!」

 サイが背後で叫ぶのも耳に入らなかった。

 リットが精いっぱいの力で掲げている剣。その刀身に彫られた印が不気味な輝きを発し鳴動し始めたからだ。

「やべぇやべぇやべぇやべぇやっべぇッ!!」

 とにかく無我夢中でキリヤは走った。

 店内に転がり込むと驚いたリットが剣を振ってしまい、その影響かついに刻印が閃光を迸らせた。刀身が光り輝き刃の形状が軟体生物のように奇妙に蠢いていた。

 刹那。

 轟音が鳴り響き閃光が弾け振動が全てを揺るがした。

「――――!!」

 恐怖に戦慄したリットはしかし見てしまった。

 剣の刃はすでに原型を留めておらず何かに変貌を遂げようとしていた。ただ、業火の如く紅い邪悪な瞳と眼が合ったのを知った。

「間に合え!」

 轟音と閃光と振動のなかキリヤはリットの堅く握りしめられた剣の柄をなんとかもぎ取り自分で握りしめた。

 刹那――時が逆再生していくように、生まれ出ようとした何かは元の剣の刃に戻っていった。

 一瞬の出来事だった。

 何もかも幻だったのかのように静まっていた。

 しかし静寂が訪れても、リットの網膜にはあの邪悪な紅い眼が焼きつき、茫然と立ち尽くしている。

「――ふうー・・・・・・」

 キリヤは額に大量の脂汗を浮かべながら息を吐いた。

 そしてゆっくりと床に落ちていた鞘を拾い剣を包み込んだ。

「動くな」

 突然背中に鋭利な何かが当たるのに気付き、キリヤは観念した。

 首だけ後ろに回すと、やはり兵士が槍を突きつけているのと、サイが自分を見捨てて逃げ去っているのがわかった。

「お前を連行する」

「ま、これだけ派手にやっちゃあね」

 自嘲気味に笑うキリヤ。

 元は薬屋だったはずのそこは容赦なく徹底的に破壊され瓦礫の山と化し原型を留めてはいなかった。

 店員の若い男は壊れたように笑っていた。





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