第五話 照明の影と、古宵の微睡み
探求者の溜息。
キスハート学園で行なわれるこのイベントは、大規模の祭のような雰囲気さえ醸し出す程、とてつもない位に盛り上がる。参加者同士で制限時間の中、今まで磨き上げてきた技術で戦闘するという、単純且つ興奮必死のイベントだ。
参加者が魔術や異能を駆使し、己の経験を生かした戦闘術で正々堂々競い合う。始まった瞬間、学園を揺らす程の拍手と歓声はしばらく鳴り止まないし、ぶつかり合った参加者達も探求者の名の下に己の技術を惜しげもなく披露するその光景は、誰だって血沸き肉踊る事間違いない。
初めて観戦する人は、まるで映画や漫画の世界をそのまま表現したかのような攻防戦の、スケールの大きさに間違いなく驚愕する事になるのだ。
当日はキスハート学園の、専用の部屋で行なわれる。
元々は、魔術で生み出した魔物との戦闘訓練を行なう闘技場がその会場となる。部屋自体に空間制御の魔術が施されているため、部屋の広さは自在に調節できる。大規模な戦闘にもなるので、端から端が見えない位に広く、そして天井の高さも相応に高くする。
懸念されるのはその戦闘によるダメージ。例えば炎で火傷したり鋭い風で裂傷したり等の怪我に関して、勿論対策されている。
キスハート学園には、常在魔術というものが存在する。これは学園長が唱えたものとされている、常に発動された保護系魔術が学園内を包んでいるのだが、この総称を『アムレート』と呼んでいる。
アムレートの効果元では、エフェクトはそのままに外傷はほぼ軽減される。しかし感じる痛みはゼロではない。それは、少しでも痛覚を通して危険信号を感じさせ、その痛みが対人トラブルでの魔術行使を抑制するという事らしい。
それでも十分軽減された痛みだが、それでも十分痛いし熱さや冷たさ等も感じるのも事実だ。バランスを考慮した結果らしいのだが、全ての痛みをゼロにする案も一時期あった。しかし、その案によって考えられる事態は、深刻なものも含めて沢山上げられた為に廃止されたのだ。
今回の探求者の溜息では、そのアムレートの感度を上げている。つまり、痛みを感じにくくなっているという訳なのだが、ここで勘違いする生徒も多い。痛みは感じなくなってはいるが、身体にダメージは少しずつだが蓄積されているのだ。でなければ勝敗の決まりようもない。
その蓄積された痛み、ダメージは勿論心身に影響のない様に調整されているのは言うまでもない。それに医療班も常時待機しているし、戦闘終了後のケアまで約束されている。
このイベントにはキスハート学園の関係者の人達は勿論、隣接している街であるバニラノームからも、探求者の溜息を観戦しに沢山の人が学園にやってくる。露天商も沢山来て、ここぞとばかりに店が開かれたりする。それこそ大規模な商店が並ぶ光景が生まれるのだ。
扱う品は多く、まるでバニラノームの一部が学園内に出来たような印象さえ受ける。様々な雑貨、呪い道具。そしてやはり多いのは飲食系の屋台だ。
実はバニラノームで開かれている露天商は、第一世界でも馴染みの深い食材や料理も数多い。というのは、ここ第二世界ムーンガーデンへと移動してきた人達が開いたり、それを食べて感銘を受けた現地民もしくは本人達が店を出したりした、という話がある。
食材に関しては第一世界のそれとは全く同じとは言えないものの、限りなく近い食材なのだそうだ。野菜ならばまず種がなかった。ならば作るかと行動して、それに近い野菜を見つけるしかなかった昔の人々の知恵と努力の結晶の賜物なのだ。
勿論ムーンガーデンならではの食材や料理を扱う店が殆どだ。探求者の溜息と共にキスハートに入校と営業が許可された露天商の九割以上が、ムーンガーデン特有の料理を扱う。どれもこれも美味しいと評判の名物となっていて、そちらが本当の目的だという人も中にはかなり居るのだ―――
頬に仄かな熱を感じながらも月の祝福亭を出て、授業まではまだ時間があったのでエルのラボに寄っていく事にした。
エルことシャノン・エルファーアルベラムは、バニラノームのはずれに薬屋を構えている。そして、魔術で細工しているのか、特別な手順を踏む事で薬屋の入り口から全く別の空間のラボラトリーに繋がるという、トンデモな薬屋の主だ。
彼の髪は、少し癖っ毛で長めの金髪。しかし手入れをしていないのか、あえてそうなのか解らないが、けっして綺麗に整っているほうではない。むしろ、だらしなささえも感じる容姿だ。
顎には、短く髭が生えている。この髭は整えているのか、伸びすぎている訳でもなく小奇麗にしてあって、金髪の髪には良く合っているのがなんだか妙に悔しい。
薬屋に出る時の服は、黒と群青の中間みたいな深い色合いの、日本文化特有の浴衣を着ていた。浴衣の裾の部分には、緑系の色の曲線が何本か刺繍されていて、その線同士が交わったり曲ったりしているのが凄く綺麗なのだ。
しかしエルからは、日本特有の侘びや寂びは感じられない。地味で落ち着いている様に対して正反対の容姿の男のその姿と雰囲気が聊か不思議で怪しく、その摑み所の無さが強烈に印象が残るような人。
ラボラトリーでは白衣姿だ。Tシャツの上に、白衣を羽織っている。なんだか浴衣の時に感じたあの絶妙なだらしなさが、白衣の清潔感で幾らか軽減されるのが、未だに見ていて納得できなくもある。
そんなエルの生活と研究、調合の拠点である薬屋とラボに行く為の手順。
エルのラボラトリーに入る為に必要な条件の一つに、鍵となるミサンガがある。ミサンガに編み込まれたエルの調合した魔術薬が扉に反応して、ラボラトリーに繋がる仕組みだ。
そしてこのミサンガは決まった扉でしか反応しない様になっている。まず、薬屋の玄関。それと、キスハート学園の各図書館の中にある用務室の扉なんかは、ミサンガさえあれば入り口を捻じ曲げて、本来の部屋じゃなくラボラトリーに入室できるのだ。
エルのラボラトリーを思い浮かべて、ミサンガに宿る微量な魔力に意識を向けると後は勝手にラボに繋がる。第一世界では実現不可能な、魔術が栄えた世界ならではの技術に胸が高鳴る。
そのミサンガは現在、第一世界から持ってきた細くて黒いゴムと一緒に、僕の左手首に巻かれている。麻のような素材の糸で編まれたミサンガは、大きさが違う綺麗な石もそれぞれ所々に編み込まれていて、とても上等な一品だ。
僕がラボに向かう為に使っている扉は、第十六図書館の奥に在る扉。重厚な扉で、その入り口には落ち着いた配色と模様の、モダンなカーペットが敷かれている。壁から吊るされた黒錆が残るチェーンに看板が付いていて、そこには【第十六図書館】と古めかしい筆記で書かれているのが目印である。
因みになぜ第十六図書館なのか。大した理由ではないのだけれど、僕が初めて入った図書館であり、雛子と久々に出会えた場所でもあったからだ。それに、今でも何故か雛子が第十六図書館のいつものテーブルに居る事が多いのも理由の一つだ。
そして現在僕はラボに到着して白衣を羽織り、ラボに設置されているソファーにてエルの休憩がてらゆっくりしている。そして探求者の囁きについて質問したところ、懇切丁寧に解説してくれたところなのだった。
「ありがとう、おかげで探求者の囁きについて詳しくなれたよ」
「おう。ただあれだ、ちょっと話し過ぎて喉乾いたわ」
そう言うと喉を押さえながら、木製のテーブルに置いてあった瓶を煽る。本人曰く、中身は水らしい。今日はビール飲んでないんだ? と聞くと、仕事が終わるまでは絶対飲まない主義なのだそうだ。
「そういえば、エルは探求者の囁きに出場したことってあるの?」
「ん? あーあるよ、そりゃあ。科学者やってるとたまには思いっきり身体を動かして戦ってみたくなるもんなのよ。こう……男としての大事な部分が熱く、そして激しく燃え盛ってくるよねやっぱ」
エルはその瞳を輝かせて、ポケットに手を突っ込みながらソファに身体を深く沈め、視線は天井に揺れる照明の影を彷徨う。きっと昔に参加した探求者の囁きの記憶に思いを馳せているのだろう。
「じゃあ今年も出場するの? なら僕、応援しに行くよ」
「いやもうかれこれ数年出てないからなぁ。いや、まぁ別に出場してもいいんだけど、なんつーか疲れるの嫌だし……出来ればあんまり動きたくないです」
さっきまで語っていた男として大切な部分を思いっきり遠投したエルは、すっかり中年のような雰囲気を醸し出しながらカラカラと笑っている。
「まぁ正直言うと、他にも色々やる事あったりしてたからねー。それに、参加の自由度は高いけど実際はキスハート学園の生徒が殆どだよ。結局学園の生徒がメインのイベント感が強いから自然とそうなってくんだよ。もしそこに先生とか俺みたいなの出てたら、なんか微妙な感じになるだろ? 絶対」
言われてみて、想像するとよくわかる例えだった。なんだか少ししょっぱい気持ちになったので、この想像は直ぐに霧散させることにする。
「でも今回はなぁ。ちょっと事情があってな。どうにかして探求者の囁きに誰か出てもらいたいんだよなー……」
しつこくまとわりつくしょっぱさを霧散させるべく頭を軽く振っていると、エルは突然思い出したかのようにそう言った。
「ん? なに、そんな深刻そうな顔して……その事情って?」
「いやな、ほら、一応俺は薬屋としての顔もあるわけだから、あんなんでも俺の店にはそれなりに客は来るんだよ。それで昨日の明け方頃だったかな……開店前に尋ねてきた人がいてな。
俺は別に決まった時間に開店とかしないから、店を開けるのはぶっちゃけ何時でもいいんだけど、朝早くってのは少し珍しい。だからまずは欲しい薬を選ぶ前に、その人にどういう症状があるのかとか色々話を聞いたんだけど」
少し話するのを躊躇っているような素振りをしながら、テーブルに置いてある水瓶を一口含んだ。それもそうだ、いわば客も個人的な話を僕という第三者に話そうとしているのだから。
でも、そんな僕の視線に気付いたのかエルは「勿論、俺のラボの仲間に話す事に関しては本人から許可をもらってる」と、確認するように言いながら少しだけ溜息をついた。どうにもエルは気が進まない内容なのか、それとも治療する為の方法を模索して疲れているからのか、顔色はあんまり良くない気がする。
「なにやら大切な人が、石みたいになったんだと。石化っていえばまぁほら、第一世界のゲームでもおなじみのステータス異常だけど、実際こっちの現実でも起こった話って実は少ないんだ。
ここは第二世界、魔術が栄えた世界だけど、石化の魔術も確かにあるにはあるんだがそれはどれも禁術扱い。唱える事も出来ないことはないけど、結構重大なリスクがあったりするんだ。あとは、神話でもある。他にもそうだな、第一世界でもあったろ? メドゥーサの話。あれはこっちの世界では実際に在った話だしね」
目が合うと石化すると言われる宝石の様な瞳の、髪が蛇の女の話。図書館にでもいけばそういう資料が色々あるはずだ、と言いながら白衣のポケットに両手を突っ込みながら更にソファに身体を沈める。
「もうかれこれ一ヶ月位、そのままらしい。医者や魔術関連の医師のところにいって最終的に案内されたのがまぁ……俺の店だったらしい。その医師達には色々思うところはあるけど、とにかく患者を治療しようと思ったんだ」
けどな……、と呟きながらポケットから煙草を取り出してゆっくりした動作で咥えると、テーブルの上に置いてあるランプを使って煙草に火を付けた。不規則に揺れる紫煙を、エルの吐き出した煙が辺りに散らす。
「俺が診ても、その症状の理屈が理解が出来なかった。そりゃそうだ、先鋭の医師も頭を悩ます奇怪な魔術構造をした石化だったんだ。……魔術や呪いを解くには、暗号化されているコードを解析するといえば想像しやすいか? この世界の存在する石化に関する魔術や呪い関しては大体、解がある。けど、俺が診た患者の石化はこの世界で解析された治療法は通用しなかったんだよ」
深刻そうな表情のエルが示す通り、魔術の知識が乏しい僕でさえこの事態の悪さは理解出来る。
この辺りの先鋭の医療でさえ太刀打ち出来ない、そしてこの目の前のエルも頭を悩ましてしまう程の重症。僕は全くの他人だが、やはり患者さんが心配だ。
「そんなに……酷い状態なんだ。やっぱ他人とはいえ気の毒だね……。でも、その話と探求者の囁きがどう関係あるの?」
「探求者の囁きが開かれる時は、必ず優勝商品が用意されているんだけどな。今回の品は蛙石という石だと聞いたんだけど、どうもその石はちょっと特別な石化を解くって噂があるらしいんだよな」
どうも、時期が合い過ぎて何か胡散臭いけどな、と苦笑いするエル。確かに今日もらった羊皮紙には金一封と蛙石と書かれていた。その羊皮紙には特に石についての説明はなかったけれど、もしかしたら知ってる人は知ってる類の貴重な石なのかもしれない。
「その俺のとこにきた依頼人も、あまり身の上は話せない事情があるみたいだったし、ちょっと切羽つまってて危なっかしい印象の人でさ……。とりあえずその蛙石の話をしたら、虚無一色だった目の色がなんか……気のせいかもしんないけど、ほんの少し生き返った様な気がしたんだよ」
今まで会った人のどれとも違うタイプの人だったから、凄く印象に残っているらしく、思い出すようにしながら紫煙の行方を視線で追っている。
「そっか、そういう事があったんだ。大切な人の症状を治す希望が見えてきたら誰だって、押しつぶされそうな激しい不安によって痛めた心に、暖かい火は灯るよね」
でも……と僕は続けようと思っていた言葉を飲み込む。なんとなく水を差すような、空気の読めない発言のような気がしたからだ。そうやってエルに倣って紫煙の漂う様を眺めていると、見透かしたようにエルは僕の思っている言葉を言い放った。
「でもまぁなんか……色々タイミングが良すぎるとは俺も思うよ。御巫もそう思ってるんだろ?」
「…………うん。どういう経緯でそうなっちゃったかはわからないけれど、それって」
自分なりに考えた意見を話そうと思っていた途中で、突然の物音に思わず言葉を途切らせる。音源の方を見てみると、先程僕が入ってきたドアが薄く光っていた。
ラボに入室した際に起こる発光現象なのだそう。仄かに青みを帯びた光は見ていて落ち着くし、この世界特有の現象に少し高揚する。
「薬屋さんこんにちわー」
そう挨拶しながら入ってきたのは、このラボの仲間である雛子だ。
キスハート・雛子・ニルヴァーナという、複雑な名の持つ少女の髪はふわりと空気を含んで柔らかく、白に近い金の髪は肩にかかるかかからないかの長さで、ゆるくパーマがかかっている。
瞳はぱっちりと二重で大きく、色は右目が黒で左目が艶やかで綺麗な宝石のような白藍色のオッドアイ。その瞳を見つめていると、彼女の瞳の中に吸い込まれるような錯覚を覚えるほどに神秘的。
服装は今朝の薄い生地のワンピースではない。落ち着いた色で、アイボリーを基調としたどこかの民族系衣装のような雰囲気の、幾重にも布を重ね着された服。
胸元には恐らく特別な金属で作られた三日月を模したペンダント。最初に逢った時はもう一つ、奇抜なデザインをしたペンダントもしていたと思うのだけれど今は何故か無い。
「あっ、そっか。凪もう午前中の授業は終わったんだっ」
エルと対面するようにソファーに座る僕を見つけてそう言うと、どこか嬉しそうに微笑む雛子。
その無垢な笑顔に見蕩れていると、雛子の後ろにもう一人女の子が居ることに気付いた。雛子より少し背が大きいらしいのだけれど、なんだか少し僕達から隠れるようにしている気がする。
「うぅぅー、眠い……です」
「お、重い……です」
よくみると後ろにいる女の子は、眠そうにして雛子に身体を預けていた。その手は雛子の袖をきゅっと握ってて、どことなく愛護感をそそる仕草。
身体の小さい雛子はやはり重そうにしている。小声で「ちょ……寝ないで下さい、ちょっ……あう、このまま寝ないで下さいー……」と半分泣きながら抗議している光景もまた、愛護感をそそる光景でとても目の保養になる。非常に可愛い。
このまま目の前に広がる微笑ましい光景をずっと眺めても良いのだけれど、流石に雛子が可哀想になってきたので助け舟を出す事にする。
「雛子もラボに来たんだ。僕もさっき着いたとこで、午後の授業の時間まではラボに居る予定だよーってか雛子、大丈夫? それに君も……大丈夫?」
辛そうにしている雛子に全力で寄りかかったままの、眠そうにしている女の子を代わりに支える。
とても軽い。今は僕に体重がかかっているはずなのに、あまりそういう気がしない程に重量感がない。ちょっと力を入れるだけで、簡単に折れてしまいそうな脆さを感じさせる華奢な身体の為、少し支える事に緊張を覚える。
「あ、あの……エル、ちょっとこの娘どうにか……ええっ、何で目を逸らしてるの!」
エルはどこかめんどくさそうにしながら小さく溜息をつきながら、遠い目をしている。目をそらしてこの件に関わろうとしないのは、とりあえずこの女の子と面識があるということなのだろうか。
とりあえず、眠そうなこの娘を横になれそうな場所まで連れて行く事に。さしあたって先程まで座っていたソファに寝かせる事にした。
だがしかし、身体に力の入っていない人間を運ぶのには実は力とコツがいる。いくら軽いからといってその場から移動させる事は、わかってはいたけれど困難だった。
それでもなんとか移動してみようと雛子とアイコンタクトして、抱き留めている手に力を入れた瞬間、腕の中で女の子が身動ぎをして薄く瞼を上げた。
「……ふわぁーぁ…………んん、君は誰……です?」
「…………えーっと、御巫凪と申します……」
眠そうな表情で僕を見上げ、ほのかに不安を感じさせる色を顔に出している。多分僕も、目の前の女の子同じ種類の表情をしているのだと思う。
しかし、この娘にしたら無理もないかもしれない。ちょっとうとうとしていて、我慢出来ずに寝ちゃって。そして目を開けたら雛子に寄りかかってたはずなのに見知らぬ男に寄りかかってたのだから。
でも少し待って欲しい。その顔をちょっと止めて欲しい。僕だって、好きでこうしている訳じゃないのにそんな困惑したような視線を僕に向けられても困る。
潤んできた瞳に見つめられて、間が持たずに助けを求めようにもエルは変な汗を流しながら未だに目を合わそうとしてくれない。
藁にも縋る気持ちで雛子の方に助けを求めようとしたら、雛子は雛子で何かに驚いているような、少し顔を赤らめながら僕と、僕に寄りかかったままの女の子と僕を交互に見ていた。
「ちょ……ちょっと、あの、そろそろ……離れても、いいんじゃ……」
「あっ……そうか…………すみません、ちょっと完徹なもので、眠気に……耐えられなくて……」
瞼が半分ほど視界を奪っている目を、ゆっくりとした動作で目を擦るという眠いときの典型的な仕草をしながら、何故かもう片方の手は僕の羽織っている白衣の裾を掴んでいる。
そんな些細な仕草や動作に、強く女の子らしい可愛さを感じてしまい、そんな気持ちが顔に出ないようにするのにとても難儀した。
そして今更ながらに気が付いたのだけれど、今僕は彼女と完全にぴったりと密着している。意識した途端、女の子特有の甘い香りと繊細で浅い吐息を感じて、心臓が跳ね上がるように激しく鼓動して熱くなって苦しい。
そして、その線の細い華奢な身体でも女の子の身体は非常に柔らかい。布越しでもわかる感触と温もりは、気を抜くと今すぐに抱きしめてしまいたい衝動に駆られてしまう。
「すみません、なんだか貴方は無条件で側に居たくなる様な雰囲気です。只でさえ眠いのがもっと眠くなりそうになります」
そう眠そうな甘い喋り方で呟くと、少し名残惜しそうに僕から離れる。さっきまでの温もりは人の気持ちを知ってか知らずか、さっさと散っていった。
目の前でずっと眠そうにしている女の子。髪は黒髪なのだけれど、ほんの少しだけ青みがかっている事もあってか落ち着いてて綺麗な髪。その髪型は肩より少し長めにしている。癖っ毛ぽい質なのか、パーマをかけた時の様な感じではなく限りなく自然にかつ乱雑に流れている。
服装は、ワンピース型の制服を着ていた。この学園で僕もそこそこ過ごしてきているけれど、初めてみる制服だった。恐らくこの学園の指定の制服ではなく、バニラノームかどこかで調達した自前なのだろうと思う。
ローファーに、黒のニーハイ。気持ち丈の短いワンピース型の制服から伸びる足の絶対領域が眩しい。眩しくて見ていられない。
全体的にとても清楚で清潔な印象。だらしのない部分が特に見つからない、身だしなみもしっかりしている。まるでエルとは正反対の第一印象だ。
完徹だという彼女の眠そうな仕草が柔らかい雰囲気。その危うさと愛らしさが非常に魅力的で
そして彼女顔立ちや醸し出す空気の全てが。どこか馴染みのある、それでいて安心出来る……そう、水無月愛雨と出逢った時の様な親近感。
それは、つまり――――
「完徹で眠かったとはいえ、突然申し訳ありませんでした。私、古宵瑠璃と申します。巫御凪君ですよね? 雛子さんから時々、話は聞いていました」
私の故郷も、貴方と同じ場所です。眠そうにしながら微笑んで、しかしはっきりとそう言ったのだった。




