第四話 余韻と薬
お昼時の月の祝福亭には既に生徒や教師、学園関係者の面々が美味しい料理に舌鼓を打っている。
様々な形のランプに火が灯っていて、硝子にその優しい揺らめきが映っている。とても暖かい暗さの店内が特徴の店だ。
壁に掛けられているこの世界の様々な景色、人の写真や何気ない風景の絵も大切そうに一枚一枚木製の額に納められている。
そして壁際に設置された物置用の棚には、様々な色や形の瓶が並んでいる。独創的なデザインの瓶になみなみと波立たせている液体は、きっと貴重なお酒か何かなのだろう。ちゃんと整列して並べられていない木製のテーブルと椅子は、ランプに照らされて逆にアットホームな雰囲気となり、まるで外国の絵本の世界そのものの内装は学園でも人気があり、僕もその魅力に魅了された内の一人である。
僕は今、その月の祝福亭の別室に居る。スタッフの休憩所兼事務所のような部屋らしく、端っこに備え付けられた木製の使い込まれた机には、沢山の本と書類を纏めているファイルなどが整列されている。
部屋の真ん中に置いてあるソファーの座り心地は最高。ふわりと身体が雲に包み込まれるような心地のする、革張りの触り心地も良い上質であろうソファー。
そんなソファーにはさっきまで僕ともう一人、月の祝福亭の店主であるラピスさんが座っていた。
座っていた、というのは今は居ないという事だ。昼ご飯を食べに来る生徒や先生が集まり、他の店員さんに任せたといっても、ゆっくり話しもしていられないという事でラピス店主は店に戻ったのだ。
シンプルな装いのエプロンが似合う、年齢不詳で幼い見た目の店主は、猫耳を動かしながらにゃんにゃん言っててもう本当に可愛かった。ついつい撫でたくなってしまう。
そんな店主の名残りを、僕の頬に残して行ってしまった。そして、目の前の足が低めのテーブルには小さな容器が置かれている。
ラピス店主が置いてくれていった薬だ。曰く、
「これは、私の知り合いの医師と薬屋のエルファーが協力して作った薬にゃん。その対象はクイナって娘の傷。その傷のみに焦点を合わせて調合された特別な軟膏薬にゃん。…………君にも効くかもしれないにゃん」
という事なのだそうだ。治療に使って、結局少し余った薬をラピス店主が譲ってもらったのだそうだ。もし本来ならば調合した医薬品を他人に簡単に譲渡しないと言っていたエルだから、きっとラピスさんを信用信頼した上で渡したのだろう。
そしてこの薬は、さぞかし効くのだと思う。丁度よく服をはだけさせたままなので、ついでに薬を塗っていく事にした。
「っっ、やっぱ流石に痛いな……」
じんじんと、痛む傷。自室に備え付けてあった軟膏の効果もあって結構治ってきてはいるものの、まだやはり痛みも見た目も酷い。薬を塗って痛むのはむしろ当たり前なのだ。
後を引く痛みを感じながら、僕とラピス店主がしたもう一つの会話に思考を巡らす。
「そうにゃ、君のこの傷。……これからどうするつもりにゃ?」
「そう、ですね……なんというか、もしこのまま何事もなく治ってくれるのなら、自分で治療していこうかなって思ってます。出来るだけ、このよくわからない異能は秘密にしておきたいんです」
仮にこの事を知った時の、クイナの顔を思い浮かべる。驚き、憤り、哀愁。きっと怒る。だけど心配してくれる。そんな表情をきっと彼女はする。悲しませてしまう。
「君のそれは優しいのか、酷いのか……悪いほうに転がらないといいとは思うけどにゃ、隠し事をいつまでも貫き通す事は難しいし君も辛いにゃん」
それでも、君は隠し通していくって決めたのなら、私は止めないけどにゃーん。と優しい微笑みを残していったラピス店主。
そして店に戻るためにソファーから立ち上がったところで、思い出したように振り向いた。
「その薬、調合した人達に感謝して、ちゃんと使ってから帰るにゃん。もうすぐ探求者の溜息が始まる事だしにゃん」
そうどこか楽しそうに話しながら、ラピス店主は部屋を退室して店に戻っていったのだった。
そして今僕は一人、黙々と渡された薬を感謝しつつ患部に塗っている。不思議と痛みが少しずつ治まっていき、そのかわりほんのり熱っぽくなっている。
傷の見た目は相変わらず悪いものの、なんだか効いてる気がする。現時点では気がするだけなのだけど、気の持ちようはとても大事。塗った後に痛みが治まっていくのは正直助かる。
程なくして薬を塗り終えると、はだけた衣類を直す。今更ながらこんな格好で女の人の前に居た事が再度恥ずかしくなり、顔が熱くなってくる。状況が状況なだけに、そうも言ってられなかったけれど、そういう問題ではないのだ。
腹部に熱を感じながら手早く着替え直し、月の祝福亭の奥に在る休憩所兼、事務所から退室する。何気に貴重な部屋に入ったような気持ちになって少し優越感がある。
店に出ると、丁度お昼時ということもあって満席状態だった。しかし、月の祝福亭の雰囲気がそうさせているのか、満席で人がごった返している時の特有の喧騒はない。うるさくもなく、静かすぎてもいない非常に居心地の良い環境だ。
ラピス店主に一言声をかけようかと思ったけれど、やはり厨房では忙しそうでありながら楽しそうに仕事をしていたので、空気を読んでこのまま出ることにした。




