第三話 月の祝福と呪い
「美味しかったかにゃー?」
そう言って僕の隣に寄り添うように近づいてきた女の子は、肩に掛かる位の髪で全体的にふんわりとしていて、前髪を横に流してピンで留めている。
見た目は幼く、童顔を極めている。小学生だと言われれば頷いてしまう様な、それでいて大人だと言われてもなんとなく納得できてしまいそうな、不思議な雰囲気をまとっている。
そして頭には猫の耳が付いている。飾り物ではないようで、本人曰く本物の耳らしい。時々ぴこぴこ動くので目のやり場に少し困ってしまう事もしばしばある。でも……正直、獣耳っ子すごく可愛い。
僕は先程まで水無月としばらく他愛の無い雑談をしていたのだけれど、まだ少し早かったがお昼にした。というのも、いつだかのデジャヴのように水無月のお腹が鳴ったのが良いきっかけとなった。
彼女はというと顔を真っ赤にして、笑っている僕に弁解と文句を同時に言い続けるという非常に器用な事をしていた。なだめるのに少し苦労して、結局一緒にご飯を食べに行く事で落ち着いたのだった。
水無月はあの雰囲気と容姿通りの、清楚で大人しめな性格なのだけれど、ふとした拍子に賑やかな一面が垣間見える。あと、ものすごく恥ずかしがり屋なのだ。
料理がきて食べ始めたら行儀よく大人しくなり、幸せそうに顔を緩ませながら食事していたのがなんだか可愛かった。水無月は一緒にいると様々な表情を見せてくれる。安心して心を許せる、大切な友人だ。
お互い食事を終え、軽く雑談を交えながら満杯となったお腹を休めた。そうして、水無月はなにか用事があるといって先に支払いを終えて、ほんの少し名残惜しさを残しながら行ってしまったのだった。
僕は今、ラピス店主と少し話をする為に月の祝福亭に残って、追加注文したホットはちみつミルクを飲んでいる。はちみつミルクとはいうものの、第一世界のものと名前は同じでも希少さが違う。
このミルクに使われている蜜を集める蜂の名前はミトロヒア・フィオーレビーと言って、神々の住む世界に咲いた花の蜜のみを吸うと言われる幻蜂と云われている。
神聖な言い伝えの蜂と蜜。その蜂蜜が良く香るミルクを一口飲むと、突き抜ける蜂蜜の甘みはしつこくなく、でもその中で主張しすぎない絶妙な甘さと香りだ。
使用しているミルクも甘く、濃厚な味の中で独特な香りが蜂蜜と絶妙に合っていて非常に美味しい。第一世界で、眠れない夜によく飲んだミルクを思い出す味だ。この甘さと香りだけで心にゆとりが生まれる。というか、条件反射で少し眠くなってきてしまう事に懐かしさと身に付いた習慣をしんみりと感じた。
「はい、今日初めて食べた月の祝福定食はもう……本当に最高でした。定食、というか米があるなんて感激です」
「米の文化も昔からあるにゃん。他にも勿論パンや麺、粉物もあるにゃ。ムーンガーデンで育った人は勿論だけど、第一世界からきた人が私の店に来て食べて、満足しないで帰す訳にはいかにゃいからにゃん。その為なら、なんだって取り揃えてみせるにゃん」
でも、開店当初は沢山研究もして、苦労もしたもんだにゃん。と懐かしげに目を細めるラピス店主。にゃんにゃん言いながら大人っぽい表情で微笑んむのだけど、幼い容姿なのにそう感じるのは本当に不思議だ。
先程食べた定食の味と見た目も、日本でおなじみの定食にかなり近かった。
ご飯、味噌汁、魚の煮付け、揚げだし豆腐、おしんこ。ただし魚は見たこと無い容姿の魚だったし、おしんこも見たことのない野菜だったと思う。勿論それぞれの味は素晴らしかったのは言うまでも無い。
「今日の魚の煮付けなんか特に美味しくて、地元を思い出してすごくご飯が進みました。あれ、なんて名前の魚なんですか?」
「にゃ? あれはカレイって魚だよ」
「うわー、今まで食べてきた馴染み深い魚だったー!」
なんとなく僕の知っているカレイとは容姿が違ったような気がしたけれど、そう言われてみれば味はカレイに近いものがあったようにも思う。
「あれは霧カレイといって……君はこの学園を出たことあったんだったかにゃ? この学園を出ると見える海があるにゃん。あの海は霧海と呼ばれていたり、閉ざされた海という意味で閉海と呼ばれているにゃん。ずっと昔から海面に霧や靄がかかっていて、漁や海渡りなんかは極めて困難だったにゃ。
閉ざされた海の表面を這うように流れる大量の霧や靄は乱雑に移流していて、時には大規模な渦も出来る。だからあの海面を流れる霧は乱渦とも呼ばれているにゃん。
でも、先人の知恵で今ではそこそこ海産物も獲れるのにゃん。
で、基本的に海の底を泳いでいるとされるカレイにゃんだけどにゃ、この霧カレイは霧を求めて海中から時々浮かんでくるそうなのにゃん。理由はよくわかっていにゃいけれど、霧カレイに霧を与えずにいたら死んでしまったと聞く限り、生命維持に必要な行動らしいのにゃん」
僕の知っているカレイとは随分違っていた。少し予想はしていたけれど、やはりこの世界の生き物の生態は予想の斜め上をいっている。……この話に思わず胸が熱くなってしまうのは本当、仕方ない事なのだ。
「先日学園の外に出たときに、遠くからですが海を観てきました。確かに霧というか靄が海面を這っていてとても異世界的で……綺麗で圧倒される幻想的な光景でした。そうか、あの海は閉ざされた海……霧海って名前っていうのか」
海面を這う霧や靄の名前は、乱渦。なんとも心躍る名前だ。なんだかんだ言って僕はまだバニラノームから先に出たことが無いし、バニラノーム内だってまだ全然散策できていない。
今度機会があれば霧海の近くまで行って見たい。近くで時折渦を巻きながら、海面を乱雑に這っている乱渦をずっと観たい。きっと、あまりの絶景に足が竦んで言葉が出なくなるのだろう。
「それはそうと、もう怪我は大丈夫? 結構酷かったからにゃ。君は隠してたつもりにゃんだろうけど、実際相当辛かったと思うよ。後で聞いた話だと君、病棟ではご飯も食べられない日が続いたみたいだしにゃん」
全てを見透かしたような瞳で、僕を捕らえる視線からは逃れられそうにもない。けれど、不思議と嫌じゃないし、なんなら守られているような、暖かい心地良さを感じる眼差しだ。
「いやー……そんなことも、あったかなー? でもでも、今は大丈夫です心配要りません。全然余裕で日常生活送れてます」
「ふーん…………えいっ」
「ぎゃーーーーーーー!」
突然とんでもない激痛が腹部に走った。恐らくラピスさんは僕のお腹をほんの軽く触っただけなのだろうけれど、気を失ったりするほどではなかったが、あまりの痛みに悶絶してしまう。
そんな僕を見ながらこの食堂の店主は、微笑んでいたり心配そうにしていたりと器用な表情を作っている。
「なに、を……するんですか…………」
「この私に隠し事なんかするからにゃーん」
激痛に耐えながらも、何故この人はこの痛みについて知っているのか……いや違う、何故僕の隠している、とある秘密に気付いたのかと色々逡巡してみるけれど、うまく考えがまとまらない。この事は誰にも話していないし、僕自身表に出している自覚はなかったからだ。
これはなにかの能力、だろうか。そうじゃないにしても、やはりラピス店主は只者じゃないと改めて認識させられた。
先日の起こったあまり公になっていない、クイナとイヴの意志アルヘオが起こした消失事件。学園内の生徒が次々にいなくなってしまった事件だ。
激しい戦闘の末に無事収束し、僕がクイナの病室にお見舞いしに行った日にそれは密かに起こっていた。
僕も自覚できる部分以上に身体の負傷が酷く、精神への影響もあった為か目を覚ますのが遅かったらしい。しかし医療班の方々と水無月のおかげでなんとか回復した僕は、傷付いた体を動かしてでもお見舞いに行きたかった。
実際クイナがあの日負ってしまった傷も相当に酷く、僕が尋ねた時も点滴や医療用のチューブが身体中に繋がっている状態だった。クイナの腹部には、異空間での戦闘の際に僕が傷つけた名残を残したまま、治療の為の医療器具が、深々と刺さっていた。
その薄い半透明の緑色となって深々と刺さっている医療器具は、僕には到底治療しているようには思えなかったような代物だった。勿論それは全くもって僕の知識不足が原因であるのは明白だが。
僕があの時に刺したクイナの剣を魔術で性質だけ抽出して、治療用に模倣したイミテーションの剣らしかった。その剣を刺さったときと同じようにしていないと、傷口的にも魔術的にも命にかかわるとのことだった。
そしてそのお見舞いが終わって、その日の深夜にそれは唐突に起こった。
突然腹部に激痛が走り、あまりの痛みに目が覚めて悶絶してしまったのだ。実際その時は寝起きだったし、混乱状態だったので痛みの場所が腹部だと気付かないまま、とにかく気を失わないように奥歯を噛み締めたことを微かに覚えている。
痛みが少し治まってきた時には、殆ど朝方だった。痛みだした時間を確認してなかったので、どれくらいの時間激痛に耐え続けたのかはわからなかった。
腹部に熱っぽさを感じたので甚平をはだけ、お腹を見て激痛の原因がわかった。何故だかわからないが、僕のお腹にはクイナと同じ場所に同じ様な傷が出来ていたのだ。
赤々と血が滴り落ち、酷く抉れた肉が見えた時が一番気が遠くなって意識を失いそうになった。
言葉は何も出なかった、出たのは嗚咽と呻き声のみだった。痛みは少し治まったものの、どうしたらいいのかわからなかった。
そしてとにかく何かしら処置しなければと思い、常備救急箱から適当に消毒液を乱暴に取り出して腹部にかけた。その後、傷に効きそうな液状の傷薬を塗って包帯を巻いた。
勿論、消毒液が傷口を殺菌している時の痛みは想像を絶するものだった。その後に塗った傷薬も同様、意識が飛んでしまいそうな激痛に耐え切れず、僕は少し泣いてしまった。
しかしその薬が結構効いたのが救いだった。血は止まり、痛みも次第に治まってきたけれど、時々思い出したかのように激しく痛むのだ。
そして、今。ラピス店主から突っつかれただけで、この有様だ。個人的にうまく隠せていたと思ったのだけれど、もうこの人に事実を隠しながら取り繕うのはもう無理だろう。
「あの、詳しくは僕にもよくわからないのですが……でも、一体何故わかったんですか?」
「そんなことはどうでもいいにゃん」
席を立つと、厨房のほうにとてとてーっと小走りで消えていく。見た目だけならば本当に幼い小学校くらいの女の子なのに、知れば知るほどその印象はおぼろげになっていく。
そんなことを思っている内に直ぐ戻ってきたラピス店主に手をひかれて、月の祝福亭の厨房に入って直ぐある部屋へと連れて行かれる。
どうもその部屋は事務所兼休憩所のようだった。いきなり怪しい部屋に連れ込まれて、なにが始まるのかとドキドキしていた鼓動の名残がまだ残ったまま、状況はどんどん進んでいく。
「そこに座って、お腹ちょっと見せてみるにゃん」
そう事務所に案内され、室内に備え付けられた店にも出ているようなお洒落なソファーに、そっと静かに座らされる。見るからにふかふかの、ヴィンテージ感のある色合いの質感は流石に座り心地がいい。
「あの……というか、お店はいいんですか? 今ちょうどお昼で厨房は忙しいんじゃ……」
「私の店のスタッフはみんな優秀。誰かが抜けても、補える位の技術と体力はあるのにゃん。店は私にとってなにより大切な存在だけど、それでも君のその傷は放っておけない」
だから、みせて? とまた、ころころと雰囲気を変えてじっと見つめてくるラピス店主。その優しい眼差しに、頑なに秘密にしてきたお腹の傷の事も何もかも全て、話してしまいたいと思った。
学校指定の制服の上着を脱ぎ、シャツのボタンを外していく。外れかかっている包帯は血で汚れているのも構わず、ゆっくりと外していく店主。そして露わになった腹部をみて、ほんの少し顔を歪めた。
「……君、これ……こんなになるまで何故黙ってたにゃん? 酷い……相当辛かったはずにゃん。この傷は? この間の消失事件の時の傷?」
「そう、なるんでしょうか。詳しく話すので……その、良かったらあまり、この話は広めないでもらえますか? 僕だけなら全然いいんですが、これを知ったらきっと悲しむ人がいると思うんです」
少し目を見開いたラピス店主。そしてそのまま目を細めて「優しすぎるのも、逆に人を傷つけるのにゃん」と小さな声で呟きながら静かに視線を逸らした。
僕はラピス店主の優しさに甘えて、今の呟きは聞こえなかったふりをした。
「消失事件の事は……詳しく知ってるんですよね? 僕はその時、あの事件を起こした中心人物のクイナ・シャルトライムとイヴの意志アルヘオと対峙し、やむなく命を賭した戦闘をしてきました。結果的にはイヴの意志アルヘオは、クイナの負った傷に生命維持の危険性を感じ取って退散、腹部に剣の刺さったクイナと満身創痍だった僕はその場に倒れました。その時の記憶は酷く曖昧でしたが、薄らとおぼろげに……霞がかったようですが、なんとなく覚えています」
そしてその時の事を思い出すと、火傷や古傷が疼くのを感じる。精神的にもざわついた気持ちになり、あの場の恐怖や痛みを思い出して、少し身体が強張って震える。
それを察したように、そっと手の甲の上に小さな手を乗っけてくれた。ラピス店主の温もりと優しさがとても暖かく、震えはゆっくりだけれどちゃんと治まっていく。
「その後、僕はなんとか動けるようになって。これは勿論、医療関係の方々や僕の友人のおかげです。それで僕、そのクイナのところにお見舞いにいったんです。それで……」
固有名詞を出して、確実じゃない推論を論ずることに抵抗を感じ口ごもってしまう。しかしここまで話して引き下がる訳にもいかない。僕だけじゃなくクイナにも影響が出てしまう危惧もあるし、この機会に相談したほうがいいに決まっている。
本当は一人で抱えようとしてたくせに、と全てを見透かしたように小さく呟いたラピス店主の言葉も、僕は後ろめたさを感じながらまた聞こえないふりをした。
「結論から言うと、僕のお腹に出来た傷の具合と位置はそのクイナって女の子と同じ位置っぽいんです。でもこの傷の具合は……僕が見たときよりも、いくらか軽いように思えるんです。……その女の子の傷と僕のこの傷、関係あると思いますか?」
「私が今まで聞いた異能の中には確かに、君が言ったようなものに似たような能力はあるにゃん。難解で特別な手順を踏めば、その傷や病の何割かを自分が負担して抱えるといった、半ば呪いのような異能。ただ、君のそれとは全然違う。その異能は既出だし、魔術的な専門的な回路も君のそれは手順を踏めていないと私は推測するにゃん。だからそれは君の異能が引き起こした新しい異能……だと思うにゃん。なにせ……君は緑師だからにゃ」
君の異能に関しては私にも完全に予測不能にゃん。そう眉尻を下げながら微笑む彼女はどこか諦めに似た哀愁漂う表情だった。
「それと、確かに傷の具合はあの娘の傷よりも軽いにゃ」
「あれ? どうしてわかるんです?」
その口ぶりだと、消失事件後にクイナに会って傷を見たということになる。
「だって、君達の体内治療担当は私だったからにゃ。まぁ正確には、私が指示したとおりに動いてもらったというか……よく働く娘がいたから色々手伝ってもらったにゃん」
私も含めて、あの時は色々立て込んでたしにゃ、とその時を思い出すように遠くを見つめながら微笑む。
「その時に案内されて、私も君達の傷の具合や他の症状など聞いたにゃん。だから知っているよ、本当よく目を覚ましたにゃん」
ラピス店主はそう言うと、僕の頭をそっと優しく抱きしめた。暖かくて、柔らかくて、いい匂いがして、優しくて泣きそうになった。
「僕の治療を担当してくれた中に、ラピス店主がいたなんて……なんで帰ってきて最初に月の祝福亭に行ったときに言ってくれなかったんですか。このままずっと、お礼出来なかったかもしれなかったなんて……」
「まぁ、気恥ずかしいみたいなとこもあるにゃん。正直このまま言わないつもりだったけどまぁ、許してにゃん? それでなんだけど……」
改めて話を戻すけどにゃん。と僕から少し離れて隣に座る。頭に残る温もりと記憶してしまった匂いの余韻が名残惜しい。
「確かに傷は……痛みはあるみたいだけど、酷さはあの時よりもずっと良いにゃん。もしかしたらやっぱり……さっき話した特別な手順を踏めばその傷や病を少し自分が抱えるといった、半ば呪いのような異能に限りなく近いかもしれない」
しかも……と顔を曇らせて視線をずらすラピス店主はこう続ける。
「自らの意思で、難解な手順を踏まずとも発動する異能で……その規模は驚異的な、ほぼ半分くらいといったところにゃん。これは緑師の異能だろうけど、それはもう……」
そのまま沈黙して口をつぐむ。でも僕には、その飲み込んだ言葉がなんとなくわかったような気がした。
「まぁ……これも僕の異能ならば、受け入れます。何かきっと、意味のある事だと思うし。あの……ラピス店主のさっきの説明について一つ確認したいんです。僕がただ無意味に痛みに喘いでる訳でなくて、クイナの……あの女の子の傷を約半分くらいの傷を僕が引き受けたって事、ってことでいいんですか?」
「勿論断定は、出来ないにゃん。ただそうなら本人はその日から劇的に回復したはずにゃん。そういう出来事は確かに、小耳に挟んだ気がするけど……それでも君の異能がなんらかのきっかけで発動して、その娘の傷を半分背負ったとは言い切れないにゃん」
その可能性は限りなく高いと思うけど、と再度心配そうに僕のお腹の傷を見つめるラピス店主。というか、上半身の前を露出させているだけでも恥ずかしいのに、なんかこういう傷を見つめられるのはなんとも言えない恥ずかしさがある。隠したい部分なのだから尚更だ。
そうも言ってられない症状と状態なので勿論、これ以上見るのを拒否とかする無粋な事はしない。けれどそんな思いとは裏腹に、顔はどんどん熱くなっていく。
「そっか……なら良かった」
「なにが良かったのにゃん?」
「……クイナに何か悪い影響があったら嫌だなってずっと思ってたから。結果的に、クイナの傷が癒えてたのなら、良かったなぁって」
そう思ったんだ、とはにかんで微笑んだらラピス店主はほんの少し悲しそうにしていた。なんでだかわからず、僕は理由を考えようとしたのだけれど、今度は諦めたように微笑んで頭を撫でてくれた。
理由はよくわからないけれど、頭を撫でられるのは落ち着くのでとても好きだ。先程までの思考は消え去ってしまった。
「私はこの傷を直ぐに治したりするような能力はもってないにゃん。けど……多分、少しでも楽にはできると思うにゃ」
そう静かに囁くと、隣に座っていたラピス店主は更にぐっと僕の側に寄ってぐっと身体が引き寄せられたかと思ったその瞬間、頬に柔らかくて暖かい感触がして、甘い香りと共に余韻が熱を帯びていったのだった。




