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第十八話 白と黒の少女と透明感

ベッドのすぐ隣の窓から差し込む、柔らかさを孕んだ淡い月灯かり。今僕が寝ている学園内の医療用の部屋に設置された巻貝を模した間接照明。壁に掛けられた幾つかの鈴蘭灯。

 そのどれもが十数年生きてきて培った常識や知識を、容易く否定していく。しかし、この光景を懐かしむ自分も確かに存在するのは、もはや拒む事は出来ない。

 まだほのかに暖かい室内は雛子とエルが居た名残となって、若干の寂寥を感じるものの心に灯った暖かい火が、僕の全てを優しく包み込んでくれている。

 夢や現実など、強烈な出来事が一変に起こりすぎて、脳の中に溢れる多量の情報を処理しきれていないのか、まだ少し意識がぼんやりする。 

「でも、そっか……ようやく、終わったのかー……」

 起こしていた身体を、支えを失った人形のように力なく布団に沈ませる。再度押し寄せた安堵感が、ほんの少し僕の涙腺を緩くした。

 そして布団の柔らかさの中で思うのは、クイナの事。

「よし、会いに行こう。……もしかしたら僕なんかにはもう、会いたくないかもしれないけれど」

 ベッドから足だけを下ろす。その動きにあわせて半透明のチューブが揺れて、視界にちらちらと侵入してきた。

 そう、僕の包帯ぐるぐる巻きの左腕には点滴の注射が刺さっている。因みに点滴といっても第一世界のような点滴ではなくて、液体が入ってるのはアウラのように色と形が変化しているシャボン玉。どこからどう見てもアウラの様な気もするのだけれど、なんとなく断定できない。アウラって結構応用が効くものなのか? 思えばアウラについて、あんまり知識がない。

 そんなアウラっぽいシャボン玉から薄い半透明のチューブが僕の腕に伸びている。液体が浮いている為、動ける範囲が制限されているわけでもないから、普通に動く分には全然窮屈じゃないのがすごく良い。

 まだ身体の痛みが残っているものの、すんなりとベッドから降りて自分の足でしっかり立つ事が出来た。あの時はこうして立つのもままならなかったし、正直最悪の場合も覚悟していたのでここまで回復している事に素直に驚く。先程貰ったエルの薬を飲めば、もっと回復して普通に動くことができるかもしれない。

 エルや、まだ会えていない医療関係の方に深く感謝した。

 ところで勝手に部屋から出て行ってもいいものか、と一瞬逡巡したものの、ベッドでまた大人しくしているのにも耐えられそうにもない。エルから貰った薬を一つ手に持ち、ゆっくりと扉の方へ歩いていく。

 廊下に出ると、僕が居た部屋と同じようにいくつか個室があった。その一つ一つに入室していると示しているランプがあって、僕の部屋にもやはりランプが灯っていた。壁には僕の名前も記入されている。

 僕の部屋の周りに灯されているランプは幾つかあったけれど、二つ隣の部屋を抜かせば少し歩かなければならない距離。さしあたり隣の部屋の名前みてみようかなと足を踏み出すと、突然横から人の気配がした。

「……御巫様」

「うわっ、びっくりしたー……驚かさないで下さいよ! でも、なんだか久々ですよね? 確か……あの日教室に突っ込んできた時以来ですかね?」 

 黒と白を基調としたフリルが可愛いメイド服。相変わらずの無表情で、凛として綺麗な顔立ちと息を呑む程滑らかで、長いウェーブの黒髪は艶やか。その頭にはそこにあるのが当たり前かのように白のフリフリがついたカチューシャが鎮座している。白と黒のモノクロを基調としたメイド服は、どうにも可愛くてやはりついつい見蕩れてしまった。

「その説はお世話になりました」

「いえいえ、むしろメイドさんが無事でよかった」

 一貫して無表情。その瞳や表情を見つめても、メイドさんの思考は一切読めない。人の顔色を伺うのが得意な僕としては、多少のショックがある。それと共にメイドさんの透明度の高い雰囲気の、その掴み所の無さが無性に気になって仕方がない。

「それで……今日は此処に偶然居たって訳じゃない、んですよね?」

 刹那、ほんの少し瞳が揺らいだ気がした。

「……はい。先日の介抱の感謝と、この間の件について」

「この間の件、って言えば消失事件の事ですか?」 

 こくりと小さく頷く。

「私はあの時御巫様にこの消失事件には関与するな、という旨を強く伝えました。それはやはり無駄だったようです。現実は甘くないもので、感覚が示すまま行動したことによって酷く残酷なものを突きつけられたでしょう……?

 しかし正直、私はなんとなく御巫様が関与してくるのだろう、と予感めいたものがありました。実際に貴方はなんなく人払いの魔術も何故かすり抜けて、辿り着いてしまった。それに対して私は酷く落胆し、失望しました。

 そして……同時に凄くほっとしたんです」

 淡々と喋るその様子は、無機質な機械の音声のようなそれではなかった。心なしかいつもより感情もこもっている気がするし、こんなに風に話してくれた事も無かったような気がする。

 少し混ざる辛辣な言葉の端々に、見え隠れする僕への気遣いがなんだか少しくすぐったい。

「すみません、今回の事はどうしても黙っていられなかったんです。大切な友人が絡んでいたので、動かないわけにはいきませんでした。それに僕の方こそ沢山の忠告、有り難う御座いました。とても受け入れがたい程に心を抉る話と出来事が幾つかあって、やっぱり辛かったけど……でも、僕以外の人達も辛かったと思うし、後悔はしてないので僕は大丈夫です。でも……ほっとした、っていうのは?」

「その言葉の意味通り、です。私は消失事件と、その裏でもう一つ起こりそうだった種火を消すために動いていました。

 当然クイナ・シャルトライム様及び、イヴの意志アルヘオが絡んだ犯人であることも掴んでましたので、余計に貴方を遠ざけました。そういう指示もありましたし。

 私は結局小さなミスから攻撃を受け、御巫様が居る教室に飛び込んでしまうという大きなミスになりました。貴方にも多大な迷惑を……。

 そして、最終的に一人で背負っていったのは雛子様です。その結果は御巫様が知っての通り失敗に終わり、拉致されました。……その先に私は貴方がたどり着いてくれるとどこかで期待していました」

 ですから……と一歩僕に近づいて、見つめてくる。メイドさんの長い睫の一本一本が見える程の距離から香る、女の人特有の良い匂いが心臓の鼓動を激しくさせる。

「有り難う御座いました」

「いえ……そんな」

 こんな風に感謝される為にしたことでは、元々なかった。それに結局力不足で、結果は良かったのかもしれないけれど内容は限りなくボロボロだ。しかし、感謝されて嬉しくないわけが無い。素直に嬉しかった。

「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「はい」

 まだ僕との距離は殆どゼロ距離といってもいい位で、伏せていたメイドさんの顔が上目気味に僕に向けられる。だめだ、どうもこの人を相手にしていると調子が狂ってしまう。 

「あの……あの時、僕が炎に飲まれる瞬間。直前で現われて僕を守ってくれたのは……メイドさんですよね?」

 ちらっと視界に現われた見覚えのある白と黒のモノクロームを基調とした影。あれは、きっと、メイドさんだ。突然現われて、そのまままた姿を消した真意や僕を守ってくれた理由は定かではないにしろ、機会があればお礼を言いたいと思っていたのだ。

 メイドさんの小さな呼吸の音が、すぅっと息を飲んだ事で少し静かになった。

「……なんのことでしょう? ……ところでこれからどちらに向かうつもりでした? と言わなくても貴方の事ですからね、大体わかってます。その上で聞いて欲しい事がいくつかあります。……今から少し御時間大丈夫ですか?」

 クイナの事も気になるけれど、きっとメイドさんはそのことも何か話そうとしている。視線を揺らさず僕を見つめ続けるメイドさんの問いに、僕には当然断る理由など無かった。






メイドさんとの話を終えて、僕はとある病室の前に立っている。

 クイナの病室である。

 僕の病室の近くというエルの情報だと、この部屋の他になかったので部屋の利用者の看板を見るとやはり、壁にはクイナ・シャルトライムと書かれた看板が下がっていた。

 心臓が、今にも爆発しそうな程激しい鼓動を刻んでいる。こんなにしょっちゅう忙しなく動いていたら

、その内過労で急に止まってしまうんじゃないかと危惧するレベル。

 この扉が、重々しくてどれだけ力を入れても開かないような気がするのはきっと、僕の中の不安や固定観念が邪魔しているせいだ。

 でもあの時決めた。この件に関しては僕が背負わなきゃいけない責任があって、この身で受けなければならないことを。どんなに罵倒されても、これが僕の望んだことなんだって再確認して、深く呼吸する。

 ……きっと、大丈夫。

 扉をノックすると、室内から声がした。僕のよく知っている綺麗な声だ。

「お邪魔します」

 恐る恐る扉を開け、中に身体を滑り込ませる。僕の部屋と同じ巻貝を模した間接照明と、壁に掛けられた鈴蘭灯が室内を淡く照らしている。 

 その、窓際のベッドには、クイナが身体を起こして此方に視線を送っていた。それも、穏やかに微笑してだ。

「クイナ、具合は……どう?」

「……うん。今は落ち着いてるみたいだから、大丈夫。……久しぶり、だね」

 一歩、また一歩と近づいていく。クイナとの普通の何気ない会話に懐かしさと楽しさが交互に押し寄せて嬉しくなってくる。そうすると、足取りも自然と軽くなった。

 月の逆光で少し影が強く、なんとなくのシルエットしか見えなかったクイナの姿は段々と明瞭鮮明になってくる。

 そして窓から差し込む月灯りに照らされて。近くにある間接照明に照らされたクイナの身体は。

「……っっ!」

 思わず口を手で押さえてしまった。本人を目の前にしてすることではないと行動してから思ったのだけれど、もう遅い。

 それでも止まらない激動の感情。握り締めた拳がぎしりと鈍く鳴り、骨が軋むのがわかる。

 必死に堪える嗚咽と涙はなんとか留める事が出来そうだけど、それも長く持ちそうにない。

「やっぱり……驚かせちゃった、かな? 本当はこんな姿、出来ればなぎなぎには見せたくなかったんだけど……」 

 上半身のいたるところに半透明のチューブが繋がれており、はだけた治療用の服の腹部にはホログラムだろうか? あの時にクイナに刺さっていた剣と同じ物が、薄い透明の緑色となって深々と刺さっている。

 血は止まっているようだけれど、その傷の痛々しさに思わず目を背けそうになる。仮にホログラムだとはいえ、こんな風に腹部に深々と刺さりっぱなしなんて……。

「なんかね、これ魔術で性質だけ抽出して、治療用に模倣したイミテーションの剣らしいの。こうしないと、傷口的にも魔術的にも命にかかわるみたいでさ……でも、大丈夫。見た目ほどじゃないし、だいぶ痛みとかも引いたから」

 だから、そんな辛そうな顔しないで? と静かに微笑むクイナの弱々しい姿に、激しい自己嫌悪が波のように押し寄せてくる。

「クイナ、ごめん……直ぐになんとかしようと思ったんだけれど、僕もあの後にすぐ気を失ってしまって……無事で良かったって気持ちもあるけど、やっぱりこんなに怪我させてしまって……本当にごめん」

「謝る事ないよ、なぎなぎ。悪いのは全部あたし。……それになぎなぎだって、酷い怪我してたでしょ? それは、あたしが負わせた怪我なんだから」

 なぎなぎが負い目に感じることはないんだよ、と少し目を伏せる。それはどこか悔いているように見えるのはやはりただの希望的観測なのだろうか。

「色々巻き込んじゃったね。本当、君が関わってくるなんて夢にも思わなかった。…………今日はなにも聞かないんだね、聞きたいこと沢山あるんじゃない?」

「今クイナに刺激になるような話題、間違ったって出さないよ。でも……一ついいかな?」

 何? と曇りなき瞳で僕を捕らえる。あの時の禍々しさと狂気に満ちた視線と雰囲気はもう微塵もない。

「僕とクイナは、これまでも、これからも友達……?」

 すぅ……と息を吸い込んだ後、瞳孔が開いたクイナの瞳には薄らと涙が浮かび始めた。それは非常に表現しずらい美しさで、女の子の可愛さに色っぽさに艶っぽさが混じった表情の変化に、質問した僕の顔の熱を帯びてくる。

「これまでは友達……あたしの初めての友達。なぎなぎさえ良かったら、これからも仲良くしてくれると、嬉しいな……」

 時が止まる。二人を中心に世界が回っている感覚に陥る。

 嗚呼……。

 クイナの言葉に報われて、僕がやってきた事を少しでも許されたような安堵感に、ようやく生きた心地がした。 

 それからクイナとはいつも通り何気ない会話をした。それは今まで通り、いつも通り。僕が願った時間だ。

「ねぇなぎなぎ。あたし……また落ち着いたら、今回のあたしのした事をまたゆっくり話していい? やっぱり、今すぐは整理つかないけれど、なぎなぎにはちゃんと話したいなって思うから」

「うん、聞く。是非聞きたい。……本当、お互いあんな風に殺しあったのに、こうして無事に帰ってこれてまた仲良く話せて。色々後悔しそうになってたけれど、やっぱり関わってよかったと思ってる。クイナ、今はお互い療養しよう。お互いまずは疲れた身体と心をゆっくり休ませよう」

 穏やかな表情を浮かべて、紅潮した頬が相変わらず可愛らしい。笑うと見える八重歯も、綺麗な翡翠の瞳も。思わず頭を撫でてしまいそうになってしまい、自重するとすかさずクイナが意味ありげな視線を送ってくる。

「……いくじなし。あたしは噛み付いたりしないんだよ?」

 僕のほんの少しの動作で思考の全てを読み取ってしまうこの娘には敵わないと、そう改めて思ったのだった。

 



なぎなぎがお見舞いに来てくれた。

 本当はずっとずっと気になっていた。なぎなぎの病状も知らなかったし、聞いても教えてもらえなかったから心底安心した。

 彼はちゃんと生きていて、くれた。

 もう会えない、会ってはくれないと思っていたから、お見舞いに来てくれた時は正直涙を堪えるのに必死だった。……恥ずかしいから、気付かれてないといいな。

 先程なぎなぎが持ってきてくれた小瓶の薬を彼に飲ませてもらってから、なんだか身体が楽になって軽くなった気がする。

 今すぐあたしを繋ぎとめる大量の半透明のチューブを引きちぎって好きに散歩でもしたい。出来ることならば、なぎなぎと一緒に。

 あたしは今回、というか去年から企てていた計画の遂行により、学園の一部を混沌に至らしめた。

 発端は勿論あたしだ。これだけは免れないし、そもそも言い逃れとかする気もない。全て受け入れて、理解した上で行なった事。

 沢山の生徒を巻き込み、その生徒達から魔力の源を半ば無理矢理に抽出した。あたしの兄さんを殺したこの学園を創始者の末裔ごと滅ぼしたかったという理由でだ。

 あたしの中に居たイヴの意志アルヘオの目的の一部とも、合致していた。あたしは力を得るためなら手段を選ばなかったし、あたしが生きている目的の為ならば自分の犠牲も厭わなかった。

 結果は、この有様だ。散々の結果である。あたしの目的もろくに果たせず、イヴの意志アルヘオを裏切り、散々人を巻き込んでおいて自害紛いの事をして逃げた。

 なぎなぎの優しさに全てを擦り付けようと甘えた。…………あたしは最低だ。

 元々なぎなぎを巻き込むつもりなんて無かったのに。でも、あの娘……キスハート学園長の孫に手をだすと決めた時点で、実は予感めいたものはあった。 

 ……なぎなぎとあの娘は、仲が良さそうだったから。

 今回の騒動の中でわかったことが幾つかある。

 一つは、なぎなぎにはなにか特別な力が宿っているらしいということ。あたしの知識としてはもう残ってはいないけれど、イヴの意志アルヘオと同期していた時は感情が異常に高ぶり、心を惑わせるなにかがあったように思う。

 イヴの意志アルヘオはなぎなぎも始末しようとしていたことから、きっと地球内天体アルザル……いやイヴ関連なのだろう。頭の中が微かに靄がかかって違和感が残るこの感じはきっと、記憶操作か何かされた可能性があると思う。……詳しくは既に記憶が無い。

 もう一つに私の心の変化だ。これには心底驚いた。

 友人であるなぎなぎと一緒にいることで、春の雪解けのようにあたしの心が解けていくのは薄々感じていたが、いざというときにあそこまで躊躇うとは夢にも思っていなかった。

 だってこの間の異次元での事は念願の光景だったのだ。待ちに待って、計画を立ててようやく実行した事だったのに、それなのに。

 彼が現われた瞬間は、本当に憎悪した。大切な友達だろうと、あたしの前に立ち塞がるのなら容赦なく切り捨てる気持ちでいた。

 話しても、戦っても、イヴの意志アルヘオのかわりにあたしの意識が落ちて、俯瞰から傍観していても

怒りしか感じなかった。

 それなのに。

 どうしてこうなっちゃったんだろう。……でも、本当はこれでいいんだよね? でも……あたしはどこかでこの憎悪を、復讐心を捨てられない。

「ねぇ、どうしたらいいのかな……なぎなぎ。……兄さん……」

 錆付いてくるあたしの思念と意思。そして思考。 

 あたしの腹部に刺さった剣のホログラムをぼんやり見つめながら漏れた言葉は、どうやらあたしの今の心の不安定な状況を現しているみたいだった。






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