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親父と古代魚の夢のはなし

作者: 四季山

 見覚えのない景色の中を走っている。


 あたり一面には水を張った水田が広がっていて、

 遠く向こう側の山々にはブロッコリーの房のようにむくむくと広がった木々が生い茂っていた。

 その山と森と水田の間に、時節ぽつんぽつんと瓦屋根の建物がまばらに生えているのが見える。

 どうやら今は、どこぞのひなびた山間部の田舎道を走っているらしい。

 車の後部座席に座っている僕はぼんやりとそう把握する。



 がたり、がたがた。がたん。

 雑草や泥やら牛の糞やらで、でこぼこになっている農道の道を車は走り続けていく。

 この車は銀色のクラウン。僕にとっては懐かしい車種だ。

 座席のゴワゴワとしたシートを撫でながら、

 そういえばこの車は親父の好きな車だったなぁと思い返していると、

 前の運転席でハンドルを握っているのは他でもない親父であるという事に気づく。

 「ん、もうすぐ着くぞ、○○」

 親父がそう言ってミラー越しに後部座席の僕に語りかけてきた。

 その楽しそうな声を聞きながら、僕はこれが、夢の中の出来事なのだと理解していた。


 

 車が停車する。

 山間の村の、どこかの集落のような場所で親父は車から降りるように指示した。

 瓦屋根の民家が立ち並ぶ細い通りの道だ。

 その道を親父はスタスタと歩き始め、僕もまたその背中を追って歩く形になる。

 歩きながら辺りを見回してみるも、しかしやはり、周囲の景色には見覚えがない。

 夢の中で僕は、

「これは夢の中の出来事なのに、どうして知らない場所が出てくるのだろう」と

 不思議な心持ちになっていた気がするけども、

 今思えばアレは、どこかでいつか見た景色を単純に忘れてしまっているだけなのかもしれない。

 なにせ夢の中に「あの」親父が出てくるくらいなのだから。

 それはもう僕の頭の中でも相当おかしな部分がこの夢の原材料になっている筈である。

 


 先を歩いていた親父が一軒の民家の前で足を止めた。

 ドアベルを鳴らし、ガラガラガラと引き戸が開けられる。

 玄関から出てきた誰かの顔はよく見えない。親父と似たような背格好のおじさんだ。

 「よう、久しぶりだな」

 「なんだ、○○さんかい、なつかしいなぁ」

 玄関前で話し込んでいる親父と誰かを後ろで眺めていると、

 唐突に親父が僕の方を振り返ってこちらに話を振ってきた。

 「おい、突っ立ってないでお前も挨拶しろよ。○○さん、こいつはオレの息子だよ」

 僕はその見知らぬ人が誰なのかも解らないまま、「どうも」とそっけなく挨拶をする。

 ああ。

 そういえば親父はずっと昔も、こんな風にして僕を誰かに紹介していたなぁ。

 「がははは。まったくコイツはよ、ガキの時から無愛想でなぁ。出来が悪くていけねぇ」

 そうだ。僕の事を「オレの息子」と言って誰かに紹介する時、

 親父はいつもこんな風に馬鹿みたいに楽しそうな顔をしていたんだ。

 そして僕はそんな親父を見て、なんだか腹が立つような、

 気恥ずかしいようななんとも言えない心持ちになっていたんだった。

 そんな思い出はよく覚えている。

 だからだろうか?

 だから、こんな夢を見ているのだろうか。

 僕にとっての親父の記憶なんてそう多くはないから、

 僕のこのポンコツの脳が苦労して、親父の出てくる夢の筋書きを立てる為に

 こんな昔の記憶まで引っ張り出さないといけないぐらい材料に困っていたのだろうか。

 なんにせよ、僕はこの夢の中でもやっぱり、

 よくわからない居心地の悪さを感じるハメになったのだった。



 夢の場面が変わる。

 気がつくと僕と親父は村はずれの橋の上に立っていた。 

 橋の下には小さな小川が流れていて、底はとても浅い。

 水面から底まで30センチもないぐらいの浅い川で、

 水の底にはくすんだ黄緑色の藻のようなものが一面に揺らめいている。

 そんな川の水面に向けて、僕と親父は釣り糸を垂らしているのだった。

 「………」

 「………」

 僕と親父の間に、会話は無い。

 あるいは夢の中では何かの言葉を交わしていたのかもしれないけども、

 今こうしている僕はその内容について全く思い出す事ができないし、

 たとえそれが夢の中の出来事であるにせよ、

 僕と親父の会話内容なんて想像をしてみる事も難しかった。

 そのぐらいに僕にとっての親父の記憶というものは遠く古いもので、

 加えて言ってしまえばそれは僕にとってさほど重要でもないという事なのだ。

 どうでもいいとさえ思っているかもしれない。

 ……しかし。

 だけど。思い返してみれば親父に連れられて釣りに行った事は確かにあった。

 せいぜい一回か二回、近所の海辺に行った程度の話だけれど。

 それも、なぜだかよく覚えている。

 だからこれもポンコツ脳が組み立てた夢の脚本のひとつだったのだろう。

 ずいぶんと下手糞な脚本だと思う。

 


 僕と親父は相変わらず釣り糸を垂らし続けていた。

 釣果は二人合わせて0だ。

 橋の上から小川を覗き込んで見ると、そこには魚影というか、魚の姿は確かにある。

 魚はいるが、しかしそれらはフナだとかコイだとか、

 こういった小川にいるようなまともな魚ではないのだった。

 ではどんな魚が泳いでいるのかというと、こんなに小さな川の中に、

 全長3メートルはあろうかという奇妙にでかい魚が何匹も「ぬらり」と泳いでいるのだ。

 それは原始的なデザインの姿形をしていて、皆灰色でゴツゴツと硬そうな鱗に覆われている。

 昔何かのテレビで見た、古代魚か何かだろうか。

 どう考えても釣竿で釣れる類のものではないし、

 こんな魚が小川を泳いでいる訳はないのだけれど、なにせこれは夢だ。

 だから夢の中の僕もこの魚については何も不思議には思わない。

 というよりも、夢の中の僕にとってはこれがむしろ普通の光景とすら思っている。

 これは多分親父の記憶とは関係ないと思うのだけど、

 僕は昔からこういう馬鹿でかい魚が出てくる夢を定期的に見るのである。

 現実の生活圏にある良く知った川とか、

 ドブの溝とかそういった場所で漂うようにして泳いでいる巨大サイズの古代魚の夢。

 別に夢の中の自分がそれに食われてしまうとかそんなワケじゃない。

 水の中に変な魚が泳いでるのを見つけて、

 それが泳いでいる姿を意味もなく馬鹿みたいに眺めているだけという、そーいう楽しい夢だ。

 たぶん僕にとって水の中に住む魚とは、どこかでそういうイメージがあるのだろう。

 古代魚の夢を悪夢で見た事はこれまで一度もない。

 だから、夢の中の小川の中で揺らめいている魚影を眺めながら、

 夢の中の僕もこれが悪夢ではないという事に気づくのだ。

 親父の出てくる夢が悪夢じゃない。

 その事がなんだか嬉しくて、ガラにもなく嬉しくなってしまって、

 夢の中の僕はそれを親父に伝えてやろうと思うのだけれど、

 ふいと横を向いてみると、もうそこには親父はいなかった。

 別れの言葉もなにもなく、再生中のビデオのテープがぶつりと途中で切れたようにして、

 そこでこの夢は終わったのだ。

 


 そうして。

 目が覚めて、今こうしてこのような文章を打っている。

 我ながら妙な夢を見たものだ。

 夢の内容を反芻しながら、僕は思う。

 最後にぶった切れるようにして夢が終わったのは、もしかしたら自分の中で

 もう親父についての思い出の在庫が切れてしまったという事なのかもしれない。

 在庫が切れて、僕の脳が下手糞な夢の脚本を続ける事ができなくなってしまったから、

 ああして強制的に夢から覚める事になったんじゃないだろうか。

 だとしたら、もう僕はもうこれから親父の夢を一生見ないのかもしれない。

 いや、たぶん何かの拍子にまた夢の中に親父が出てくる事はあるのだろうけど、

 それはもうただのアトランダムに記憶から抜き出されたモブキャラとしてであって、

 親父が主役を張るような夢はもう見ないだろうなぁと、

 夢から覚めたときになんとなく思ったのだ。

 


 そう思って、まぁ、今こうしてこのような文章を打っているというわけだ。

 別にいまさら親父に対して何かをしてやるような義理なんて全くないのだけれど、

 しかしこれで最後というのなら、まぁ。せっかくだ。

 こうして文章として残してやるのも悪くない。

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― 新着の感想 ―
[一言] むう、テーマがあるのはよいことだし、それはなんとなく読みとれたのだが、面白さに結びついているとは思えない。つまらなかったと正直に書いてしまおう。
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