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第壱話・想夢  作者: 黒猫。


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9/10

其ノ玖

真矢は白俐に支えながら、ねむの前に俯いたまま立っていた。

部屋の外に出ることも、家族に愛されることもなく、たった六年しか生きることができなかった少女……それがねむなのだ。


「ねむさん……」


白俐が目線を合わせるように膝をつき、ねむの手を取って優しく声をかける。


「あなたは、ずっと一人で頑張ってきたんですね。怖かったですよね、寂しかったですよね」


ねむは顔を上げると、瞳から涙が零れ落ちた。


「だれも、ねむのことを見てくれなかったの……だから、きづいてほしかったの……」


声はか細く、震えていた。


「その気持ちが、椿さんを苦しめたんだ」


ねむは、そっと唇を噛んだ。


「でも、僕らが君の存在に気づいた。もう、この場所に縛られる必要はないよ」


「出ていって、いいの……?」


「そうさ。もうこの場所に居続ける必要はないんだ」


真矢は刀を床に置き、そっとねむの頭を撫でた。


「君はこの世に存在していたことは、変わらない事実だ」


白俐がそっと手を差し伸べる。


「きっとあなたのことを天国で、待ってくれている人がいますから」


ねむの瞳が、初めて微かな光が宿った。


「ねむのこと、わすれない?」


「忘れないよ」「忘れません」


真矢と白俐が同時に頷いた。

その瞬間、ねむの体が淡い光に包まれ、髪が風に揺れるように舞い上がる。

髪も寝間着も透明になっていき、やがて空気に溶け込むように消えていった。


「……ありがとう。おにいちゃん、おねえちゃん」


最後に残したその声が消えた後、部屋に残ったのはほんのわずかな春のような温もりだった。 


真矢は刀を鞘に収め、白俐と共に目を閉じて胸の前で手を合わせる。


「ようやく……眠りにつけたようですね」


「そうだね」


二人は目を開けると、足元に淡い桃色のブローチが落ちていることに気づいた。

白俐がそっと拾い上げる。

そのブローチはほんのりと温かく、まるでねむの想いが宿っているかのようだった。


「……これは、ねむさんが残したものでしょうか?」


白俐が呟く。


「きっとそうだろうね」


白俐は胸の前でそれを抱きしめるようにして、目を伏せた。


「ねむさんは……最後まで、忘れられたくなかったんですね」


そのとき、ベッドに横たわっていた椿が小さく呻き声を漏らした。


「……ん…」


やがて閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。

二人は側に駆け寄り、白俐が声をかける。


「椿さん!」


「あれ……?どうして真矢さんと白俐が……?」


まだ意識は朦朧としているが、椿の瞳には確かな生気が戻っていた。


「晴海さんに椿さんを助けてほしいと依頼をされててね。けど、もう心配いらないよ」


真矢は優しく声をかける。

椿が無事であることを確認すると、白俐は 「晴海さんに知らせてきます」と言って部屋を出た。


晴海は椿の母親と共に近くの部屋で待っていた。


「終わったの……ですか?」


晴海が立ち上がって、険しい表情のまま問いかける。


「はい。無事、椿さんに取り憑いていた霊を成仏させることができ、椿さんが目を覚ましました」


「……本当ですか!?」


晴海も椿の母も、表情が一気に陽が差したかのように明るくなった。



三人は急いで椿の部屋へ向かった。

部屋に入ると、椿は真矢と何か話していたようだが、すぐに母と晴海の姿に気づく。


「お母さま……晴海さん……」


母は駆けよるなり椿を強く抱きしめ、涙をこぼした。


「椿……!よかった、本当によかったわ……!」


「ごめんなさい、お母さま……心配をかけてしまって……」


晴海も目を潤ませながら、真矢と白俐へ深く頭を下げる。


「お二人のおかげです。本当に……本当にありがとうございました」


続けて椿の母も姿勢を正し、涙を拭いながら丁寧に礼を尽くす。


「娘を救ってくださり、心より感謝申し上げます。言葉では到底尽くせません」


白俐は少し戸惑ったように瞬きをしてから、そっと微笑んだ。


(わたくし)達はいつもお世話になっていますから」


椿も二人の方へ向き直り、真っ直ぐに感謝を伝える。


「真矢さん、白俐、本当にありがとう」


晴海は懐から封筒を取り出し、それを真矢に差し出した。


「これは本来のお約束です。どうかお受け取りください」


「ありがとうございます。……椿さんが元気になったら、また喫茶店に遊びに来てください」


「必ずお伺いします」


真矢と白俐は深々と一礼し、屋敷を後にした。

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