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第壱話・想夢  作者: 黒猫。


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4/10

其ノ肆

「それでは、お話を伺いましょう」


晴海はそっとティーカップをソーサーに戻し、一息吐いた後に語り始めた。


「お嬢様ご一家と私は、先月、神楽坂の屋敷に引っ越しました。最初の一週間ほどは何事もなかったのですが……それを過ぎた頃から、お嬢様が急に高熱を出されまして」


「高熱、ですか?」


白俐が問い返す。


「はい。三日、四日と経っても熱は下がらず、お医者様にも診ていただきました。けれど、どんな検査をしても原因が見つからず……」


春海は指先をティーカップの縁をなぞるように動かす。


「毎晩のようにうなされていて、『置いていかないで』『行かないで』と。まるで誰かにすがるようなお声で。別人のようでした」


「別人……?」


真矢が眉をひそめる。


「はい。最初は疲れや環境の変化によるものかと思っていましたが、日に日に様子が変わっていまして……もしかすると、霊か何かに取り憑かれているのではないかと、思い至ったのです」


晴海の声には、責任感と不安が滲んでいた。

真矢は目を伏せ、少し考える素振りをした後、静かに頷いた。


「分かりました。お引き受けいたします」


「ありがとうございます……!」


春海の目が見開かれ、顔がパッと明るくなる。

白俐は立ち上がり、執務机の引き出しから何か書かれている紙を取り出す。

その紙を真矢に手渡すと、真矢はローテーブルに置いた。


「こちらの紙で依頼の費用について説明します」


紙には依頼の費用が一覧になっている。


「ご相談に関しては紅茶代で構いません。調査の基本料金は十圓(じゅうえん)、もし退治が必要な場合は三十圓程度。それに加え、護符や特殊な道具を使用する際には、別途費用が発生する可能性があります。それでもよろしいですか?」


「はい、構いません。お嬢様が助かるのであれば」


「ありがとうございます。それでは、少しだけお時間をください。支度を整え次第、すぐに向かいましょう」


真矢が席を立つと、白俐も静かに後に続いた。

二人は応接間を出て廊下を進み、右手にある一枚の木扉の前で足を止める。

真矢がポケットから鍵を取り出し、そっと錠を開けた。

扉を開けると上階へと続く階段が伸びており、二人はその階段を上っていった。

階段を上がった先は、彼らの住居スペースだった。

それぞれの自室に入り、身支度を始める。


真矢はベストを脱ぎ、クローゼットの奥から漆黒の外套を取り出す。

白いシャツの上にそれを羽織り、袴風に仕立てられた黒のパンツに脚を通す。

黒革のブーツを履き、最後に銀鎖の懐中時計を胸元のポケットに収めると、その姿はすでに喫茶店の店主ではなかった。


一方、白俐も静かに身支度を整えていた。

灰色のワンピースを脱ぎ、代わりに袖を通したのは、白無垢を思わせる小袖。布地には銀糸で繊細な刺繍が施されている。

淡い銀色の帯を結び、足元には白革のブーツ。そして、最後に髪を整え、白百合を模した簪をそっと差し込んだ。


真矢が静かに部屋を出ると、ほどなくして隣の部屋から白俐が現れる。

視線が合うと二人は頷き合い、階段を下りていった。



応接間の戻ると、晴海は変わらずソファに腰かけ、膝の上で静かに手を組んでいた。

真矢は部屋の左手、執務机の左にある洋風のキャビネットへと向かう。白俐もその後に続き、右隣に立った。

真矢は鍵を取り出し、硝子扉の錠を外す。

扉をそっと開けると、棚の上段に置かれた縦長の木箱を手に取る。そして、蓋を結ぶ細い紐を解いて蓋を開ける。

中には護符の束が収められていた。

そのうち数十枚取り出し、真矢は右隣に立つ白俐に目を向ける。


「白俐も持っていくかい?」


「はい、ありがとうございます」


白俐は静かに頷くと、真矢から渡された護符を受け取り、自身の小袖の内側に仕舞った。

真矢もまた、残る護符を懐に仕舞い込む。


白俐はキャビネットに立てかけられた刀袋を二つ取り、うち一つを真矢に手渡した。

真矢の刀袋は藤色、白俐の刀袋は白で、それぞれ真矢の妖刀と白俐の薙刀が納められている。

刀を刀袋に入れているのは、中身が外から見えないようにするためだ。

万が一、巡回中の警官に見られても咎められないように配慮している。


「ありがとう、白俐」


真矢は礼を言い、自身の刀袋を受け取ると、右肩に担ぐようにして持った。


「お待たせしました。準備は整いましたので、お屋敷に向かいましょう」


真矢がそう言うと、晴海はすっと立ち上がった。

懐から小さな革の財布を取り出し、紙幣を一枚、丁寧に真矢へ差し出す。


「こちら、相談料として。紅茶代分には少し多いかもしれませんが……」


「ありがとうございます。確かに、お預かりします」


真矢は受け取った紙幣を折り畳み、背広の内ポケットに仕舞う。

そして、店内の照明を落とし、晴海と共に出入り口に向かう

白俐も扉の鍵を持った後、出入り口へ向かう。


二人が外に出ると白俐が扉を閉め、鍵を静かに回す。

カチャリ、と金属の音が路地に小さく響いた。

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