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第壱話・想夢  作者: 黒猫。


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3/10

其ノ参

「こちらが応接間です」


真矢が扉を開けると、晴海は一礼し中へと足を踏み入れた。重厚な木の床が、足元でわずかにきしむ。そして、背後で扉が静かに閉まる音が室内に響く。


ふと、晴海の目に留まったのは、左奥に据えられた大きな執務机だった。晴海は自然とそちらへ歩み寄る。

机の上には分厚い本が何冊か積まれ、横には書きかけの紙と黒い万年筆が置かれている。


「すみません、散らかったままで……昨夜、少し調べ物をしていまして」


真矢が苦笑気味に言ったが、晴海は首を振った。


「いえ、そんなことは」


そのまま晴海の視線は、机の背後に並ぶ書棚へと移った。

そこには、見慣れない装丁の書物がずらりと並んでいる。

和綴じの古書から西洋の革装丁の本まで、和洋入り混じって整然と収められている。

それらはどれも、怪異や霊、古代思想に関する書物であることが、背表紙に書かれた題字から読み取れた。


「……珍しい本ばかりですね」


感嘆する声に、真矢は微笑を浮かべて応える。


「僕が長年をかけて集めたものです。『怪異記聞抄(かいいけんぶんしょう)』に『巴里吸血録(ぱりきゅうけつろく)』、それから『陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)』……どれも普通の書店ではなかなか見かけないものばかりですよ」

「どのように手に入れられたですか?」


晴海が興味を隠しきれずに尋ねると、真矢は顎に手を当て、少し考えるような仕草をしてから答えた。


「そうですね……大体は古本市や古書店で見つけたものや、知人から譲り受けたものです。中には読むのに数年かかったものもありますね」


そう懐かしむように語る声には、書物への愛着が滲んでいた。


そして、ふと晴海の目に映ったのは、机の左手にある西洋調のキャビネットだった。硝子(ガラス)扉越しに、どこか不思議な気配をまとった品々が並べられている。


「これは……?」

「よければ、見てみますか?」


そう言って真矢が鍵を外し、静かに扉を開ける。

中には組紐で封じられた木箱、銀細工の薬壺(やくこ)、水晶玉などが、一つひとつ丁寧に並べられている。


「この中は、僕らが怪異や霊を退治する際に使うものが多いですね。違うものもありますが」

「なるほど……」


晴海の視線は、キャビネットの隅に立てかけられた二つの刀袋へと吸い寄せられた。

一つは藤色の、一般的な大きさの刀が収められているであろう袋。もう一つは白い刀袋で、薙刀を思わせる形状をしている。


「その中は……刀、ですか?」


晴海が遠慮がちに尋ねると、真矢は頷き、そちらに向けながら軽く手を添えて答えた。


「ええ。藤色の刀袋に僕の刀、白い刀袋に白俐の薙刀が入っています」

「……廃刀令があるのに、持っていて大丈夫なのですか?」


明治初期に公布された廃刀令により、一般人が刀を帯びることは禁じられている。帯刀が許されるのは一部の軍人や警察関係者に限られているはずだ。

しかし、真矢は気にも留めていない様子で肩をすくめる。


「軍に伝手がありまして、喫茶店と共に怪異退治屋を正式に開業する際、特別に帯刀を許可してもらったんです」


そう言って、真矢はポケットから革の名刺入れを取り出した。

そして、「これが怪異退治屋の開業許可証と、特別帯刀許可証です」と名刺と同じ大きさの紙を晴海に見せた。


「なら安心ですね」


晴海はほっとしたような表情を浮かべた。


「とは言っても、刀を持って出歩くときは周囲の目がありますから、刀袋に入れて持ち歩いています」


晴海は「そうなのですね」と頷いた後、はっとしたような顔をし、


「すみません、色々と見せていただいて……つい興味が湧いてしまって」


と頭を下げた。

真矢は首を横に振り、


「構いませんよ。普段見慣れないものばかりでしょうから、気になるのも当然です」


にこりと微笑んだ。

そして、部屋の右手を差した。


「では、こちらへおかけください」


真矢は部屋の右手にある栗色の革張りソファを手で示した。

三人ほどがゆったり座れそうなそのソファに、晴海は静かに腰を下ろす。

向かいには、同じ革張りの一人がけソファが二脚並んでいて、間には木製のローテーブルが置かれていた。

真矢はそのうちの一脚に腰を下ろした。


晴海はふと視線を上げると、真矢の背後、ソファの後ろの壁にかけられた一枚の風景画に目が留まる。額に収められたその絵には、どこか遠い異国の丘陵地が描かれている。


「後ろの風景画は……西洋のものですか?」

「ええ。喫茶店を開いたとき、知人が譲ってくれたものです。色味が落ち着いていて、気に入っているんです」


そのとき、応接間の扉の方から控えめなノック音が響いた。


「今、開けるよ」


真矢が立ち上がって扉を開けると、トレイを手にした白俐が静かに立っていた。


「紅茶を持って参りました」

「助かるよ」


白俐は軽く会釈すると、ローテーブルの側に歩み寄り、丁寧にトレイを置いた。

白磁のティーカップには湯気の立つ紅茶が注がれており、金彩の縁がほのかに光を反射していた。


「いつもと同じ紅茶をご用意いたしました」

「……お気遣い、ありがとうございます」


晴海がティーカップを手に取り、柔らかな香りを吸い込むと、少しだけ張っていた肩の力が抜けていくのが自分でも分かった。

白俐は続けて、真矢の方へ向き直る。


「真矢様も、同じものでよろしいでしょうか?」


「うん、構わないよ」


真矢は軽く頷き、白俐はティーカップに紅茶を注ぐ。

真矢はどちらかといえば珈琲派だが、今日のように来客が紅茶派の場合には合わせることが多い。

一方、白俐は紅茶派である。白俐は真矢と違い、珈琲の苦味を苦手で飲むことができない。

依頼を聞く際はこうして珈琲や紅茶などを飲みながら話すことが多い。

しかし、真矢は気分ではなく飲まないこともあるため、白俐は念のため確認をしたようである。


白俐は真矢にティーカップを手渡すと、自分の分も注いだ。

そして、ティーカップを手に、残る一人がけのソファに静かに腰を下ろした。

真矢がゆっくりと口を開く。


「それでは、お話を伺いましょう」

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