表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第壱話・想夢  作者: 黒猫。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

其ノ壱

めぐり()ひて 見しやそれとも わかぬ()に 雲隠れにし 夜半(よわ)の月かな

めぐり()ひて 見しやそれとも わかぬ()に 雲隠れにし 夜半(よわ)の月かな



帝都の中央街から少し離れた場所に、煉瓦造りの建物が並ぶ静かな通りがある。

街路樹の若葉が春風に吹かれて揺れており、まだ少し冷たい朝の空気の中に、季節の移ろいを感じさせていた。

その通りの一角に、深紅の煉瓦と黒い木枠が印象的な洋館が建っており、一階部分には落ち着いた佇まいの喫茶店がある。

店先の扉の上には、『喫茶 白百合』と記された看板。出入り口の左手の外壁には掲示板が取りつけられ、そこにはこのように綴られていた。


喫茶 白百合

営業日 月曜より土曜まで(日曜定休)

営業時間 午前六半時より午後六時まで


怪異退治屋

対応日 月曜、水曜、土曜の夜

営業時間 午後七時より深夜まで

※悪霊退治もお引き受けいたします

依頼内容によりお引き受けできない場合もございます


扉の内側の錠の外れる音が響く。カラン、と音を立てて出入り口の扉が開かれる。

中から出てきたのは、一人の青年・真矢(まや)

焦茶色の髪は藤色の組紐でゆるりと束ねられ、白いシャツに黒のベストを纏う姿は実に端正だ。

ループタイをつけ、胸元にはアメジストのブローチが輝いている。

二十八、九歳に見える彼は、この『喫茶 白百合』の店長でもある。

朝の空気を吸い込みながら身体をぐっと伸ばし、店内に向かって声をかけた。


「朝の空気は澄んでいて気持ちがいいね。白俐(はくり)、窓を開けてくれるかい?」


「承知いたしました、真矢様」


応える声と共に、店の奥から一人の少女が姿を現した。

歳の頃が十二、三歳に見えるその少女は、この店で主に接客を行う給仕・白俐である。

銀色の髪は肩の少し上で切り揃えられ、動く度に静かに揺れる。

身に纏うのは、白いの七分袖ワンピースに水色の胸当てエプロン。胸元には銀色のリボンが結ばれている。

歩く度にレースの裾がふわりと揺れ、グレーのストラップシューズが静かにコツコツと音を響かせる。

白俐は静かに窓辺へと歩み寄ると、両手で窓を開け放った。

すると、新鮮な風が店内に流れ込んでくる。


その後、白俐はクロスを手に取ると、カウンターの六席、壁際の四人がけテーブル二つを順に回り、丁寧に拭いていった。

木目に沿わせるようにクロスを滑らせ、(ほこり)一つ残さぬよう静かに磨き上げていく。

全てのテーブルを終えると、白俐は椅子の向きを一つひとつ整えた。


一方その頃、真矢は外に出て、箒を手に店の前に広がる石畳をゆっくりと掃いていた。

朝の仕込みは既に終えており、店の奥のキッチンには、焙煎したての豆を乗せたミルが静かに置かれているのである。

辺りを見回してみると、まだ通りはひっそりと静まり返っており、行き交う人影も疎らだ。


真矢がしばらく掃き掃除をしていると、足音が近づいてきた。


「おはよう、真矢さん。今朝は晴れていて気持ちがいいね」


声をかけてきたのは喫茶店の常連客の一人。役所勤めをしている。

年の頃は四十前後で、よく仕事帰りに『喫茶 白百合』に立ち寄ってくれている。


「おはようございます。今日は随分お早いですね」


真矢は穏やかに微笑み、軽く頭を下げる。


「今日は早番でね。いつもより早く起きたから、まだちょっと眠いよ」


男は苦笑まじりに肩をすくめた。


「それはお疲れ様です。最近は昼間になると気温が上がりますから、お気をつけて。お帰りの際には、また冷たいものをご用意しておきますね」


その言葉に男はふっと口元を緩め、そっと帽子の(つば)に手をかける。


「ありがたいね。じゃあ、仕事終わりの楽しみにしてるよ」


そう言い残し、男は通りの先へと足早に消えていった。

真矢はその背中を見送り、箒の柄を両手で持ち直す。


真矢は石畳を掃き終えると、ふうと息を吐いた。

そして、扉を開けて店内の白俐に声をかける。


「白俐、準備は終わったかい?」


「はい、問題ありません」


落ち着いた声が中から返ってくる。

真矢は店内へと入り、扉の側の壁に立てかけられた、立て看板に手を伸ばす。

それを抱えて再び外へ出ると、出入り口の脇にそっと立てた。

看板には『喫茶 白百合 営業中』と、丁寧な筆致で記されている。


「よし、それじゃあ始めようか」


空を見上げ、そう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読み始めて一気に物語の雰囲気に惹き込まれました ねむさんの抱えていた寂しさ、闇、願い……どれも心に突き刺さります…… 戦闘シーンも臨場感たっぷりで一気に映像が浮かびます ブクマと☆も入れさせて頂きま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ