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ウサギのピコと、どろだらけの一番星

作者: 結城 晶

 きれいに整った宝石よりも、泥だらけの手で磨かれた石ころの方が、ずっと温かいことがあります。


 これは、魔法が使えない不器用なウサギの少年と、輝きを失った星のお話。


 凍えるような冬の夜。


 あなたの心に、小さな灯火ともしびがともりますように。


挿絵(By みてみん)

 雲のずっと高いところ、空気が透き通るさらにその向こう側に、冬の夜空を作る「星の工房」がありました。


 そこではたくさんの動物たちが、地上へとどける星をあわただしく、けれど誇らしげにみがき上げています。


「さあ、今夜は冷えるわ。地上にとびっきりのきらめきをとどけるのよ!」


 工場長のハクチョウ夫人がつばさを広げると、キラキラと魔法の粉が舞い散りました。


 彼女が優雅に指揮棒をふれば、銀のレーンに乗った星たちが、魔法の力でまたたく間に美しい宝石へと変わっていきます。


 それは透き通った、氷のような完ぺきな美しさでした。


 けれど、工房のすみにある薄暗い倉庫だけはちがいます。


 そこにいたのは、一ぴきのウサギの少年、ピコでした。


 ピコは魔法が使えません。不器用で才能がないと言われた彼に与えられた仕事は、光を失って黒ずんだ「クズ星」を処分する係でした。


「はぁ……今日もまた、捨てに行くのかぁ」


 ピコはため息をつきながら、真っ黒な星たちを選別していました。


 その時です。積まれたガラクタの山から、ゴロンと一つのかたまりがこぼれ落ちてきました。


 それは星というより、ただの汚い泥だんごに見えました。


 泥だんごを拾うため、ピコがしゃがんだら……。


挿絵(By みてみん)


「触らない方がいいぜ! 手が真っ黒になるぞ」


 しゃがれた声が聞こえて、ピコは耳をピンと立てました。


 泥だんごがしゃべったのです。


「き、君、生きてるの?」


「生きてるも何も、おれはもう死にかけの燃えカスさ。このままさっさとすててくれ」


 その星――ズズは、ふてくされてそう言いました。


 けれどピコは、ズズの表面にある深いヒビの奥に、ほんのわずかな、蛍火ほたるびのような光を見つけました。それは弱々しいけれど、どこか温かい色をしていました。


「ううん、すてないよ。君はまだ終わってない」


 ピコはズズを両手で包みこみました。


 周りの優秀な星みがき職人たちが、「またピコがゴミを拾ってるぞ」と笑う声が聞こえます。


 でも、ピコは首を横にふりました。


「ぼくが君を、宇宙一の一等星いちばんぼしにしてみせる!」



 その夜は、百年ぶりの厳しい寒さが予報されていました。


 ピコはズズをかかえて、工場の裏を流れる「天の川」へと向かいました。冬の天の川は、指先がふれただけでこおりつくほどの冷たさです。


 ピコは自分の首に巻いていた赤いマフラーを外し、それをぞうきん代わりにしてズズをみがき始めました。


「やめろよウサギ。こんな冷たい水じゃ、あんたの手がダメになっちまう」


 ズズが止めるのも聞かず、ピコは川の水にマフラーを浸して、固まった泥をこすり続けます。


 ゴシゴシ、キュッキュッ。


 魔法なら一瞬で終わる作業です。でも、ピコにはこの不器用な両手しかありません。


「ぼくもね、魔法が使えない落ちこぼれなんだ。だから分かるんだよ」


挿絵(By みてみん)


 ピコの手は赤くはれ上がり、やがて感覚がなくなっていきました。それでも手は止めません。


「泥だらけでも、不器用でも……みがけば光るってこと、証明したいんだ!」


 ゴシゴシ、ゴシゴシ。


 その必死な熱意が、少しずつこびりついた汚れをとかしていきました。



 その時です。突然の暴風と共に、空気がパリパリと音を立ててこおり始めました。


 宇宙そらの彼方から、すべてをこおらせる白い嵐――『大寒波』が押し寄せてきたのです。


 空につるされたばかりのエリート星たちが、あまりの冷気に耐えきれず、次々と光を失って落下していきます。


『大変だわ! 星がこおって、地上が真っ暗になってしまったわ!』


 ハクチョウ夫人の悲鳴が聞こえました。


 魔法でキラキラを塗っただけのうわべの輝きは、宇宙から吹き下ろす本物の氷の嵐には勝てなかったのです。


 暗やみに包まれた地上からは、道に迷った旅人や、家に帰れない子供たちの心細い泣き声が風に乗って聞こえてきます。


 その悲しい声は、雲の上にいるピコの耳にも届きました。


 けれど、ピコにはどうすることもできません。嵐は工房の明かりさえも吹き消し、世界からすべての光をうばい去ってしまったのです。


 あたりは真っ暗で、自分の手足さえ見えません。


「どうしよう、何も見えない……」


 寒さと絶望でピコがふるえていると、突然、腕の中がカッと熱くなりました。


「……ったく。お人好しなウサギだぜ」


「ズズ?」


「あんたの手、すげぇ熱かったよ。おれのしんまで届くくらいな」


 パキ、パキパキッ。


挿絵(By みてみん)


 ズズの表面をおおっていた分厚い泥のカラが、ひび割れてはがれ落ちていきます。


 そのすき間からあふれ出したのは、つくりものの冷たい青白い光ではありません。


 まるで暖炉の火のような、優しくて力強い、黄金色の輝きでした。


「おれは死にかけの燃えカスなんかじゃなかった、アンタの信じる力がおれの輝きをよみがえらせてくれたんだ!」


 ズズの輝く姿を見たピコの目からは、大粒の涙がこぼれていました。


「見せてやろうぜ、おれ達の本気の熱さを!」


 ズズがさけんだ瞬間、目もくらむような光の柱が立ち昇りました。



 その光は、吹き荒れる氷の嵐をとかし、世界を閉ざしていた分厚い雲さえも突き抜けました。


 地上に降りそそいだ光は、雪の結晶一つ一つに反射して、世界中を温かいオレンジ色の粒子で満たしていきました。


「見て! 星が出たわ!」


「きれい……あったかい光だね」


 地上の子供たちが空を見上げて歓声を上げます。


 それは、どんな魔法の宝石よりも美しく、こごえた心をとかす本物の輝きでした。


 嵐が去った後の夜空には、たった一つ、王様のような大きな星が輝いていました。


 その星の下で、ピコはボロボロになった両手を見つめます。


 傷だらけの手のひらに残っていた泥汚れが、ふいに淡く光りだしました。


 その光はピコの手を優しく包んで、キズを治していきました。


 そして……。


「ピコ、おれを信じてくれてありがとう。おまえのおかげで、おれは本当の『一番星』になれたんだ」


 空から優しい声が降り注ぎます。


「だけどな、ピコ。よく見てみろよ。おれをみがいてくれたその手こそが、いちばん輝いているんだぜ」


 ピコはハッとして、自分の手を見つめました。


挿絵(By みてみん)


 そこには、魔法の粉よりもずっと温かい、金色の光が宿っています。


 それは、誰かのために一生けんめい頑張った者だけに贈られる、特別な光でした。


 ピコは夜空を見上げ、涙をぬぐってニッコリと笑いました。


 寒空の下、不器用なウサギのその手は、どんな魔法使いの杖よりも、夜空のどの星よりも。


 世界で一番、あたたかく輝いていたのです。


(おしまい)


 この物語をを最後まで読んでくれて、ありがとうございます。


 主人公のピコは、ほかのみんなのように魔法が使えませんでした。


 でも、魔法が使えなかったからこそ、自分の手で直接ズズにふれて、その温かさを伝えることができたのです。


 みなさんも、学校や生活の中で「自分は不器用だな」とか「みんなみたいに上手くできないな」と思うことがあるかもしれません。


 でも、ピコの真っ赤になった手が教えてくれたように、誰かのために一生懸命になれるその姿は、どんな魔法よりも美しくて、かっこいいものです。


 簡単に手に入れたものよりも、泥だらけになって頑張ったものの方が、ずっとずっと温かい光を放ちます。


 もし、寒い冬の夜に星を見ることがあったら、空のどこかにいるピコとズズのことを思い出してください。


 そして、もしなにかを頑張ったあとだったら、自分の手を「よくやっているね」と、温めてあげてくださいね。


 あなたの手も、きっとピコと同じ、すてきな魔法の手なのですから。

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