第八章:一真の宣告
翌朝、小春が家を出ようと荷物をまとめていると、リビングで一真が待っていた。
彼の前には、小春が大学で密かに付き合っていた恋人の写真と、その身辺調査書が並べられていた。
「姉さん、東京に帰るのは勝手だけど、この『彼』には気をつけた方がいい。僕の許可なく、秋山家の血を分けた姉さんに触れる男は、社会的に抹殺される運命にあるから」
一真の声は穏やかだったが、その背後には逃れられない暴威が潜んでいた。
「あんた、狂ってる…。じいじと同じことをしてるのよ!」
「同じ? 心外だな。僕は康夫のように『脅し』てはいない。ママを見てごらん。彼女は、僕に愛されることを望んでいる。僕が与える刺激と、僕が与える安らぎ。それだけが、彼女の生きる理由だ」
一真は一歩、小春に詰め寄った。
「姉さんも、ここに残ればいい。パパはもう使い物にならないけど、姉さんなら、僕の『王国』の良き理解者になれるはずだ」
小春は一真の頬を力一杯叩いた。
乾いた音が響き、一真の顔が横を向く。
しかし、彼は怒るどころか、愉悦に満ちた笑みを浮かべて口端を拭った。
「いい刺激だ。…でも、姉さんの居場所は、もうここにはないよ。行っていい。ただし、二度とこの家の敷居を跨がないこと。もしママに連絡しようとしたり、誰かに相談したりすれば…パパの人生も、君の恋人の未来も、一晩で消える」
小春は、涙を流しながら家を飛び出した。
海岸線を走るタクシーの窓から見えたのは、バルコニーに立ち、人形のように動かない母を背後から抱きしめ、勝ち誇ったように海を眺める弟の姿だった。




