第七章:小春の帰還
この歪んだ均衡を破ったのは、家を出て東京の大学に通っていた長女、小春だった。
二十歳になった小春は、長期休暇を利用して、突然連絡もなしに海辺の家を訪れた。
「ただいま! パパ、ママ!」
玄関に響く明るい声。
しかし、小春がリビングに足を踏み入れた瞬間、その笑顔は凍りついた。
そこには、母親の腰に手を回し、まるで恋人のように耳元で囁く弟、一真の姿があった。
そして、部屋の隅で影のように怯える父、修。
「…何、これ。どういうこと?」
小春の問いに、一真は余裕の笑みを浮かべて立ち上がった。
「お帰り、小春姉さん。久しぶりだね。大学の勉強はどうだい?」
「一真、その手…ママから離して。パパ、何で黙ってるの!?」
小春は、家族の中に流れる異様な空気に吐き気を覚えた。
彼女が知っていた、弱々しいながらも「普通」であろうとしていた家族は、そこにはなかった。
その夜、小春は瑠美の部屋に忍び込んだ。
「ママ、逃げよう。一真もパパもおかしい。私がバイトして貯めたお金があるから、一緒に東京へ…」
瑠美は小春の手を握りしめた。その手は氷のように冷たかった。
「だめよ、小春。一真は…あの子は、康夫さんよりもずっと恐ろしいの。逃げても、すぐに見つかってしまうわ。それに、私はもう…あの子なしでは…」
瑠美の瞳に宿った、快楽と支配への依存の色。
小春は、母親がすでに精神の根底から破壊されていることを悟り、絶望した。




