第五章:新しき王の戴冠
それからさらに五年。海辺の町での生活は、表向きには静謐そのものだった。
修は地元の小さな会計事務所で働き、かつての野心は見る影もない。
彼は、自分たちが生き延びるために「見ない、聞かない、言わない」という沈黙の契約を一真と交わしていた。
一真は十九歳になり、驚異的な知能で投資の世界に身を投じ、若くして莫大な資産を築いていた。
もはや秋山家の経済的主権は、完全に一真の手に握られている。
ある嵐の夜、修が残業で不在の中、家には一真と瑠美の二人だけが残された。
リビングのソファで、瑠美は震えていた。
窓を叩く激しい雨音が、かつての「あのアパート」や「康夫の別荘」の記憶を呼び起こすからだ。
「ママ、そんなに怖がらなくていい。僕がそばにいるよ」
一真の声は、かつての康夫のような濁りがない。
代わりに、研ぎ澄まされた刃物のような、冷徹なまでの透明感があった。
彼は瑠美の背後に立ち、その細い肩を長い指で包み込む。
「一真…、パパがもうすぐ帰ってくるわ。お茶の準備をしないと…」
瑠美は逃げるように立ち上がろうとしたが、一真の指が、彼女の喉元に優しく、しかし確実に添えられた。
「パパは帰ってこないよ。事務所に急ぎの案件を『作って』おいたから。明日の朝までね」
一真は瑠美を正面から抱き寄せ、彼女の瞳をじっと見つめた。
そこにあるのは、息子の愛ではない。
一人の男が、長年かけて罠に嵌め、ようやく手に入れた獲物を愛でる悦楽だ。
「康夫は愚かだった。恐怖と脅迫でしか女性を繋ぎ止められなかった。でも、僕は違う。ママが僕なしでは生きていけないように、この五年間、すべてを整えてきたんだ」
一真はテーブルの上に、数冊の通帳と、何枚かの公的な書類を並べた。
「パパの借金、ママの病歴、そして…この家が誰の所有物か。すべて、僕が管理している。ママが僕を拒絶すれば、パパは明日には路上生活者になり、ママは二度と小春姉さんにも会えなくなる」
瑠美は絶望に目を見開いた。
康夫の支配は「暴力的な破壊」だったが、一真の支配は「完全なる包囲」だった。
「さあ、ママ。僕を選んで。康夫の血を引く僕が、康夫を越える瞬間を…君の体で証明させてほしい」
一真は瑠美を抱き上げ、かつて康夫が彼女を辱めたのと同じソファへと横たえた。
しかし、その手つきは驚くほど丁寧で、慈しむようだった。
それがかえって、瑠美には恐ろしかった。
彼は瑠美の服をゆっくりと解いていく。
露わになった彼女の肌は、四十七歳とは思えないほど白く、瑞々しい。
一真は、その鎖骨の窪みに深く口づけを落とした。
「…あ…っ」
瑠美の体は、一真の指が触れるたびに、まるで楽器が奏でられるように甘い震えを返した。
康夫に植え付けられた「屈辱への反応」が、一真の若く、力強い愛撫によって、純粋な「快感」へと書き換えられていく。
「そう…いいよ、ママ。康夫が愛したこの肌を、僕が新しく上書きしてあげる」
一真は彼女の耳元で、康夫がかつて囁いたのと同じ、しかしより深い呪文を唱えた。
「君は僕の母親じゃない。僕の半分を形作った、僕の『一部』なんだ。だから、僕が君を愛するのは、自分自身を愛するのと同じことなんだよ」
一真が彼女の中へ深く侵入した瞬間、瑠美は天を仰ぎ、声を上げた。
それは、屈辱による叫びではなく、十四年間探し求めていた「完全なる支配者」に出会ってしまったことへの、魂の慟哭だった。
一真の動きは、康夫のような野卑なものではなく、計算された美しさを伴っていた。
彼は瑠美の表情、吐息、肌の粟立ち、そのすべてを冷静に観察しながら、彼女を絶頂の淵へと追い詰めていく。
「ママ…見て。僕の中に、ママがいる。ママの中に、僕がいる」
窓の外で雷鳴が轟く中、一真は瑠美のすべてを奪い、そして与えた。
終わった後、一真は瑠美を胸に抱き、彼女の髪に指を通した。
「明日から、パパには『隠居』してもらおう。ママは、ただ僕だけを見ていればいい。この家は、僕たちの新しい王国だよ」
瑠美は、一真の胸に顔を埋め、静かに涙を流した。
それは、康夫という呪いから解放された涙ではなく、一真という逃れられない運命に、自ら心臓を捧げたことへの儀式だった。
翌朝、帰宅した修が見たのは、キッチンで並んで朝食を準備する、仲睦まじい母と子の姿だった。
しかし、修は気づいていた。
瑠美の首筋に刻まれた、一真の所有印を。
そして、一真が自分に向ける、もはや家族に対するものではない、獲物を見るような冷たい視線を。
「おかえり、パパ。遅かったね」
一真が微笑む。
その笑顔の奥には、康夫を遥かに凌駕する、底知れない闇が広がっていた。
秋山家という器は、ついに、完成された怪物を王として戴いた。




