第四章:地獄の継承
一ヶ月後。
康夫は脳梗塞で倒れ、言葉を失ったまま療養施設に送られた。
修の会社での地位も危うくなったが、彼は自ら辞職し、瑠美と一真を連れて、誰も知らない海辺の町へと移り住んだ。
ようやく手に入れた「静寂」。
瑠美は、康夫という呪縛から解き放たれ、少しずつ人間らしい感情を取り戻しているように見えた。
修もまた、十四年間の重荷を捨て、瑠美を本当の意味で守る決意を固めていた。
しかし、ある日の夕暮れ。
修は、リビングで本を読む一真の姿を見て、背筋が凍るような感覚を覚えた。
一真は、キッチンで夕食を作る瑠美の背中を、じっと見つめていた。
その視線は、かつて康夫が瑠美に向けていた、あの執拗で、所有欲に満ちた、昏い熱を帯びたものと全く同じだった。
一真は、修の視線に気づくと、薄く笑った。
「パパ、知ってる? じいじがいなくなっても、ママには支えが必要なんだ。パパみたいな、弱い男じゃなくて…もっと、ママを完全に理解できる存在が」
一真の手には、康夫から盗み出した、例のUSBメモリが握られていた。
「僕がじいじを消したのは、正義のためじゃない。ママを、僕だけのものにするためだよ」
修は気づいた。
康夫という怪物を倒したのは、正義の味方ではなく、さらに若く、さらに賢く、そしてさらに歪んだ、新しい怪物だったのだということを。
「ママ、お茶が入ったよ。僕が淹れた特別なハーブティー。…美味しいよ?」
一真の声が、優しく、残酷に部屋に響く。
瑠美は、その声に従順に振り向いた。
彼女の瞳には、かつて康夫に支配されていた時と同じ、抗えない運命を受け入れた影が宿っていた。
秋山家の地獄は、終わっていなかった。
それは形を変え、血の中に溶け込み、次の世代へと継承されていく。
窓の外、夕闇がすべてを飲み込んでいく。
家の中に灯った明かりは、新しい支配者が支配する、閉じられた世界の境界線だった。




