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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
天之御中主神
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天之御中主神8

「じゃあ、始めよう」


 お茶を飲んだ部屋の奥に通された。一部屋隣に移動しただけなのに雰囲気がガラリと変わった。緊張感があり、なんだか空気が張り詰めている感じがする。さっきの部屋とは違い、狭くて暗くてなんだか怖い。


 木製の祭壇がある。そして円形のなにかが祀られている。それがほんのり青白く光っている。お化け屋敷に来た気分だ。


 きっと次の瞬間そこの襖がいきなり開いて白い着物の、白い顔をした、髪の長い女の人が襲ってくるに違いない。そうでなければこの畳の下から黒い変なのがモゾモゾと這い出してくるんだ。想像して春香はブルブル震える。


 天之御中主神を見るとなにやらテキパキと準備をしている。小さい体で部屋の壁に細い注連縄を張り巡らせている。


「手伝おうか?」


「ううん。リラックスしてて」


 最後に相変わらずの座布団を敷いて「君はこっちね」と座布団をポンと叩いた。埃は立たない。


 誘導されるがままに部屋の中心に置かれた座布団に正座する。それを見て天之御中主神が正座は大変でしょう、楽にしていいよと言った。春香はすぐに足を崩して待つ。なにが始まるのだろう。


「門を自分で自由に開け閉めできるように神器を作る。そのために君の神力を表に引き出す」


「引き出す?」


「そう。神力は君の奥深くに眠っている。それを引っ張り出すんだ」


「もしかして、痛い?」


 恐る恐る聞く。


「痛くないよ。君はただ目を瞑っているだけでいい」


 そう言うと天之御中主神は春香の正面に胡坐をかいて座って集中し始めた。どうやら祭壇に祭ってある丸いなにかは使わないらしい。


「それじゃあ、始めるよ」


 天之御中主神がスゥーと大きく息を吸うと天之御中主神自身が光りだした。


「目を瞑って」




 ただ静かな時間が過ぎる。静かだが光はだんだん強くなりバカみたいに眩しい。目を瞑らなきゃいけないのは失明するからだろうか。瞼に力を入れても眩しさは目を突き刺す。少しすると光が徐々に弱くなっていくのを感じた。大分目が楽になってきた。自分の心臓の音しか聞こえない。自然と手に力が入る。そしてフッと急に真っ暗になった。


 怯えている春香に天之御中主神が声をかけてきた。


「もう目を開いていいよ」


 目を開けると天之御中主神が御守りのようなものを差し出していた。この部屋のどこにもそんなものはなかったはずだ。


「どうぞ」


 差し出されているのだから受け取らないわけにはいかず、そっと手に取る。ほんのり温かい。


「君の神力で作った君専用の神器」


「私の…」


 手のひらサイズのそれは新品のはずなのに既に手によく馴染む。


「それは鍵みたいなものでね、神社の境内で握ったまま、こう突き出して力を籠めると門が開く」


 天之御中主神は時代劇で悪者に身分証明を見せつける有名なあのシーンと同じポーズをとっている。


 そのポーズを取らなければならないのか。思春期に入った春香にとって恥ずかしくてしょうがない。


「向こうから高天原に来る時は今日最初に着いた場所、大鳥居のところに出るようになってる。高天原から向こうに帰るときは必ず門を開いた場所に帰るようになってる」


 説明はこれくらいで、と言って天之御中主神は立ちあがってお茶を飲んでいた部屋につながる襖を開ける。


「門を開ける練習をしよう」




 天之御中主神は春香を外に連れ出して、さっそく実行するよう促した。


 本当にあれをしなくちゃいけないのだろうか。嫌々ながら春香は言われたポーズをとる。そして神器をグッと握る。


 なにも起きない。


「力を込めてやってね。ふんっ、って感じで。こう、体の奥の神力を手に集中させて」


 天之御中主神はよく見てともう一度やってみせるが、そんなことを言われても自分にある神力を感じたことがない。確か魂の中にあるって言っていた。力を籠めるだけじゃだめなのか。


 できる気がしない。そう思ったが、泣き言は言えない。帰るためにはやるしかない。


 春香は自分の中にある精神を覗くようなイメージで集中する。


 ・・・・・・・・・・・・。


 自分の奥底に入っていく。真っ暗だ。けれど、なにかに引っ張られている感覚がある。それに身を任せ、さらに深くに潜っていく。


 あった。光が見える。暗闇の中に一つだけ光っているのが見える。それを捕まえて一気に手に持っていく。離さないように。そして手のひらに到達した瞬間。力を神器に入れ込むように握る。




 風が吹いてくる。夏の蒸し暑い湿気が。


 目を開けると目の前が真っ白だった。


「わっ!」


 一歩下がるが視界はまだ白い。


「こんなに早く門を開けられる人間、中々いないよ。もうちょっと時間かかるかと思ったんだけど。すごいね。まあ、ちょっと大きすぎるけど」


 見ると春香の身長の三倍ほどの高さまで白い光が伸びている。


「そこに関しては練習あるのみだね。もう疲れたでしょ? 今日のところはこのまま帰るといいよ」


「次はいつ来ればいいの?」


「いつでもいいよ。暇なときに来て。じゃあまた今度」


 天之御中主神が春香の背中を押す。来た時と同じように白い光に包まれて、それが収まると例のベニヤ板神社が目の前にあった。


「帰ってこられた。ありがとう」


 そう言おうとして振り返ったがそこには誰もいなかった。門もなかった。


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