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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
天之御中主神
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天之御中主神7

 春香と天之御中主神は玄関に出て祥子を見送る。


「ふう。一件落着だね」


 祥子が帰り、再び静寂が戻ってきた。天之御中主神は大きな欠伸をした。


「一つ聞いていい?」


 春香はさっきのやり取りで引っかかっていることがある。天之御中主神の口から発せられた一単語が頭から離れない。


「成仏って。どういうこと?」


「ああ、そのことね。成仏は成仏だよ。あっ、宗教が違うって話?」


「そうじゃなくて」


「祥子さんはもう亡くなっている。ただそれだけ。ここは高天原だから祥子さんは歩くことができて話すことができる。二人で話したとき神力があれば現世と高天原を行き来することができるって言ったけど例外がいる。彼女は神の力を持ってしても現世に帰ることができない」


 直線故、いつまでも見える背中を見つめる。


「よかったら現世のことを祥子さんに教えてあげてほしい。祥子さん、高天原に来てから現世のことを口にしたの、さっきが初めてだったんだ。今までなにも言わなかったのに。でもそれは彼女の強さで感情を抑え込んでいただけだったんだね。きっと本当は恋しかったのかもしれない。だから祥子さんとまたおしゃべりしてもらえないかな」


 天之御中主神は春香を見上げる。


「わかった。でも大人の人が聞きたい話ってなんだろう」


「君の感じたこととか体験したことでいいと思う。今日みたいに学校の事とかね」


 もくもくとした夏の雲は大胆ながらも繊細に形を成し、そこにあった。撫でるように風が吹く。風が木の葉を揺らし、儚く音を鳴らす。


「祥子さんはどれくらい高天原にいるのかな」


 おばあちゃんに昔の出来事を聞いてみるのもいいかもしれない。不意に呟いた疑問が聞こえたらしく、教えてくれた。


「伊邪那美は先代が消えてから五百年で、五十年前に新しくなったね。祥子さんてば、伊邪那岐をボコボコにしたこともあるんだよ。流血沙汰は御免なんだけどね、面白かったよ」


 天之御中主神がフフッと小さく笑った。


「思い出し笑いしちゃった」


 祥子さんが高天原に来た頃ね、と話し出す。


「大空の下で伊邪那岐と揉めて、祥子さんが平手打ちしたんだよ。あの時の音はすごかったなぁ。伊邪那岐も地面に倒れこんじゃって。それで野次馬の一柱が「おめえ、武神のほうがよかったんじゃねえか?」って。大爆笑だったよ。いやー、面白かった」


「どこが?」


「高天原ジョークってやつだね。最高だったよ」


 祥子さんはもう死んでいる。そして五十年も前から伊邪那美命としてこの世界で生きている。この五十年間、どんな気持ちで生きてきたのだろう。


「あなたは天之御中主神を辞めようと思ったことはないの?」


「ないよ。一回もない。僕にはその頭がない。僕は生まれた時から僕だから。僕は僕を辞めるわけにはいかない」


「天之御中主神も強いんだね」


「どうだろう。どっちかというと馬鹿なだけかもしれない」


「私なんかが神様になって大丈夫なのかな」


 春香は何万年も何万回も行き来され続けて表面がツルツルになった石畳を見つめる。


「大丈夫だよ」


「でも自信ない、私」


「なにかを気にすることはない。僕が君を選んだんだ。僕は何千年、何万年もの長い間、神と人の両方を見てきた。僕だって神力を持っている人間に片っ端から声をかけているわけじゃない。君には素質がある。


 それにまだどの神になるか決まってないって言ったでしょ。席が決まった時にまた改めて考えてくれればいい。焦らずゆっくりと。なりたかったらなればいいし、なりたくなかったらならなくていい。最初から自信があるなんて人は、神にもいない。


 言ったじゃないか。神は人間よりも人間らしくしていればいいって。自分勝手で、我儘で。悩みたいだけ悩めばいい。自信がないなら自信がないままでいい。それが神だ。僕たちはいつの間にか崇め奉られる立場になってしまったけど本質はなにも変わっていない」


 天之御中主神は子ども特有の高い声で話してくれる。


「よし。神器を作るからついてきて」


 そう言って天之御中主神はマジックテープの靴を雑に脱いで家に上がった。


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