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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
天之御中主神
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天之御中主神5

 石畳を進んだ終点。


「また鳥居がある」


 さっきよりも控えめな、けれどそれなりの大きさがある。


「さっきのは一の鳥居、通称大鳥居。これは二の鳥居」


 天之御中主神が教えてくれる。二の鳥居は大鳥居とは違って白い石で造られていた。そしてここから土が現れ、木々の領域が始まっている。それぞれの幹は太く、高い。


 森を少し進んで、木々に囲まれた木造家屋が自分の家だと紹介された。パッと見では神社の雰囲気があるが、賽銭箱がなくて玄関があるなど、生活するのに適した構造になっている。そして春香の家より何倍も大きかった。正面には太い注連縄がかかっている。手前には白い狛犬が厳しい表情で鎮座している。


「ここまで疲れたでしょ。ささ、上がって。お茶でも飲もう」


 天之御中主神は正面の引き戸を開けて中に入った。


 だだっ広い和室に通されて、天之御中主神は部屋の真ん中に座布団を二枚敷いた。そしてお茶を入れてくると言って襖の向こうに消えていった。


 春香は座布団に座り、部屋を見まわす。四方襖に囲まれているのに照明がない。それなのに部屋の中は優しい光で照らされている。明るさは春香の部屋と大差ない。欄間にはきめ細かい彫刻がされており質素ながら豪華だった。畳の匂いが微かにする。その畳は一枚一枚が大きい。


 誰もいないのだろうか。静かすぎて耳鳴りが聞こえてくるほどだった。


「なんか寂しい」


 無意識につぶやくと、ちょうど襖が開いた。


「でしょう。寂しいよね。昔はたくさんの人がいたんだけど」


 天之御中主神はお盆に湯呑とお茶菓子を二つずつ乗せて戻ってきた。襖が開いたときにはお盆を手にのせたまま立っていた。おそらく足で開けたのだろう。敷居を踏みつけながらまたぎ、そして器用に襖を足で閉めた。


 天之御中主神は座ってから春香の前に湯吞とお茶菓子を置いてくれた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 天之御中主神は自分で注いだお茶を飲んで一息ついている。春香もいただくが普通のお茶だった。おいしい。


「昔はたくさんいたって、どうして今はいないの?」


「うーん。簡単にいうと時代が変わったってことが大きな理由かな」


「時代?」


「昔は生きること自体がすごく大変だったのは知ってる? 疫病、飢餓、戦、災害。それから、その時代の考え方だけど悪霊とか。神もその一つだったけど。その日を生きるのが精一杯だった人がたくさんいた。だから二度と向こうに戻れないとわかっていても喜んで来てくれる人がたくさんいた。ここには疫病も飢餓も戦も災害もないから。ああ、向こうっていうのは現世のことね。君が住んでいる世界」


「二度と帰れないって、わ、私も帰れないの…?」


「君は自在に出入りできる。神力があるからね。後で渡す神器と少しの神力があれば行き来は自由にできる。でも神力を持っている人間なんてそうそういない」


「じゃあ家族と永遠に会えないことと引き換えにこっちに来ていたんだ。辛いね」


「そうかなぁ? 昔と今の価値観はだいぶ違う。跡取り息子さえいればその他の子どもなんてただの労働力で、困ったら売る。生まれた女の子の間引きなんかもあったね。他にも姨捨山って話、知ってる? 喰いぶちを減らすために親を山に捨てる。人殺しだって別に特別なことじゃなかった。だから高天原に来ることは願ってやまない幸せだった」


「……」


「でも時代が変わった。娯楽がない、進歩がない。なにもない。なにも変わらないこの世界は人間にとってつまらないものになった。それに今は人と人のつながりが深いから、数日いなくなっただけで大騒ぎになるし。特に、君のような子どもは」


「確かに」


「まったく、ここはいつも人手不足だよ」


 天之御中主神の視線が少し下がる。それからなにも喋らなくなってしまった。しーんとした時間が流れる。


 なにか話したほうがいいのか。それともこの空気を壊さないほうがいいのか。春香は天之御中主神の顔色を窺う。教室の春香であるならばすぐに話題を作る。つまらない奴だと思われないように。


「どうしたの?」


 春香の感情の揺らぎを感じ取ったかのように天之御中主神は穏やかに声をかける。


「あ、いや、私なんの神様になるのかなーって思って」


 春香はとっさにいつものようにお茶を濁す感覚で質問する。


「そのことなんだけどね、実は決まってないんだ」


「でも最初に会ったときに神様になってほしいって」


 予想外の答えに春香は呆気にとられる。そんな春香を見て天之御中主神は神になってはもらいたいってことは決まっていると言いなおす。


「でも神には何種類かあるんだ。簡単に説明すると、一つ目、まずは僕のように存在そのものが神力、神力の塊で意思がある、要するに生まれながらの神。そして二つ目、付喪神。神の影響で物体に神力が宿ったもの。三つ目に君。人間でありながらも神力を持っている稀な個体。現人神になりえる人。そしてその現人神になってもらうには神名を与える必要があるんだけど、既存の神に当てはめるか、新しく創るか——」


「……」


 相槌も返事も帰ってこないため天之御中主神は話の途中で春香の顔を見る。


「ついてこれてる?」


 春香は首を横に振る。


「もっと簡潔にまとめると、僕が君に椅子をプレゼントしようとするでしょ。椅子というカテゴリーは決まっているけど、自作で木材からDIYするか、アンティークものにするか、どっちにしようか悩んでるって感じ」


「はぁ」


 健気に説明してくれる天之御中主神に申し訳なく思い春香は頷く。


 その時、突然玄関の引き戸が力任せに開く音が響いた。


「なに!?」


 春香は振り返る。


「怖がらなくて大丈夫。いつものことだから」


 天之御中主神はお茶を飲みほしてから気持ちよさそうに伸びをした。


「君のも片付けていいかな」


「はい」


 春香はなにがなんだかわからないが、とりあえず残っていたお茶菓子をお茶で流し込んだ。


「じゃあ、片付けてくるから。君はここで待ってて」


 天之御中主神は湯呑とお皿をお盆に乗せて台所の方へ行ってしまった。その間にもドカドカと音はどんどん近づいてきている。もうすぐそこに来ていることがはっきりわかる。


(一人にしないでよ)


 言いつけ通り、おとなしく待つ。春香はいざという時のために敷いていた座布団を盾にして構える。そして襖が暴力的に開けられ、ガンと大きな音を立てた。


「ひゃっ!」


 春香は反射的に体を強張らせ、座布団を手が痛くなるほど強く握った。



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