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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
黄泉津大神

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黄泉津大神5

 どれくらいだろうか。あとをついていったところで化け物が立ち止まった。そして瘴気の中、前方上部を指さした。そこに大きな盛り上がりがあるらしい。


 そして電源が切れたようにバタンと倒れこんだ。倒れたと思ったらむくりと立ち上がり、二本足ではなく、獣のように四つ足で我武者羅に登っていった。

 

 春香たちは化け物が倒れこんだところまで進む。進むと階段が見えるようになった。天之御中主神が無言で登っていく。春香はその後についていく。

 

 登りきると平らな場所が広がっていて、そこには道案内してくれた化け物が溢れかえっていた。高天原から調達したばかりのご馳走に貪りついている。

 

 化け物たちが春香たちに気づいた。口から涎が滴り落ちている。目を血走らせて春香たちを品定めしているよう。そして全員がにじり寄ってくる。

 

 飛びかかられる。その瞬間、声が響いた。


「私の客人だ。食うことは許さない」


 化け物たちは声がした方を見て怯んだ。声の主がこっちに近づいてくる。化け物たちが主の邪魔にならないよう、道を開ける。その中で一匹、食べるのに夢中で主に気づかない個体がいる。その人物は躊躇することなく、その個体を踏み潰した。


 潰された個体はギャッと汚い声を上げ、痛みにもがいている。片足が血だらけになった人物がそこを通り過ぎると、他の化け物たちが一斉にそれに群がった。潰された個体は生きながら仲間に食われている。


 黄泉の国の主は春香たちの前に来ると挨拶をした。特に天之御中主神に。


「こんにちは、で合っているでしょうか。すみません、ここでは朝も昼も夜もわからないものですから。それにしても。久しぶりですね、天之御中主神。変わりないようで」


 黄泉津大神の顔は爛れ、腐っている。ボロボロの着物から見える肌も同じように爛れ、腐っている。血の気がない。


 黄泉津大神が微笑む。春香にはそれがとてつもなく不気味に見える。


「天照と祥子さんはどこですか」


 春香は恐怖を抑えて黄泉津大神に立ち向かう。


「あら、菊理媛神ではありませんか。お久しぶりです。…いや、あなたは。そう、そうでしたね。以前ここに来た菊理媛神は私がいただいたのでしたね。嗚呼、現人神にされてしまったなんて。可哀そうに。新しい菊理媛神」


 菊理媛神の記憶がよみがえる。八つ裂きにされた。黄泉津大神の狡猾な笑み。春香は震えが止まらなくなる。そんな春香の手を天之御中主神が握ってくれる。


「菊理媛神。どうしたのですか?」


 黄泉津大神が悲しそうな顔になる。本気で心配しているのだろうか。そして柔和な笑顔を作って春香を諭す。


「大丈夫よ。怖いことなんてないわ。もちろん辛いことも、苦しいこともない。こちらにいらっしゃい」


 天女のような声で黄泉津大神が春香の頬に手を伸ばす。その手を天之御中主神が払った。


 その行動に黄泉津大神が般若のような表情になる。


「お前は、お前たちはそうやっていつも私のやることなすこと全てを否定して!」


 口調も声色も荒く、ヒステリックになる。五百年の憎悪が込められている。


「考える時間は与えた。それなのにお前たちはっ!」


「君はもう」


 天之御中主神が発する。


「伊邪那美命じゃない」


 一瞬、黄泉津大神の瞳が揺れた気がした。


「君はもう、救いたいと願う人間に触れることさえ許されない」


 天之御中主神の手が爛れ始めている。


「それに、よく見てみなよ。ここにいる菊理媛神は君の助けを必要としているかな」


「これは、神力という肉襦袢を着ているからだ。神力がそうさせている。この子は周りから迫害されて苦しんでいた」


「私は!」


 春香は黄泉津大神の目を見て話す。


「私はあなたに助けてもらおうなんて思わない」


 反抗されてもなお春香には慈愛の目で見つめ返す。強がらなくていいのよと。


「天照と祥子さんはどこですか」


「そいつに言わされているのでしょう。あなたは気にする必要はないわ」


「どこですか。私は二人を助けに来ました」


 黄泉津大神は不思議そうな顔をする。人間が助ける、ましてや神を。それでも人間の言うことには聞く耳を持つ。


 黄泉津大神は横にどいて、どうぞとジェスチャーをする。


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