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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
黄泉津大神

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黄泉津大神4

 天之御中主神が示された方に歩き出す。


「他人の神器でも使えるんだ」


「無理だよ。今も僕の力で動いているわけじゃない。本当は伊邪那岐が一緒に来てくれたら、針もこう振れないで早かったんだけど」


 他の神と同様に怯えているだけということだろう。


「祥子さんのでもよかったんだけど、狂っちゃってて。ずっとグルグル回転してた。だから伊邪那岐に自分が来るか、神器を貸すか問い詰めて。貸すことも嫌がってたけど」


「でもここにある」


「そう。神器は神力そのもの。神にとっては分身と言ってもいい。だから伊邪那岐の気持ちもわかるけど」


「脅したんだ」


「そんなことは。人聞きが悪いなあ。ただ僕は、僕の神器から君を消去するよって言っただけ」


「『天之御中主神』の役割って神様の管理…」


「現世だって同じでしょ。もし君の戸籍が消えたとしても君は存在する。少し、生きることが不便になるだけで」


 話の途中でいきなり、春香の視界に砂嵐がかかった。骨がそこら中に転がっている。理科準備室で見た骨格標本と同じ。春香は目をこする。


 誰かの記憶が重なる。肉がついていたころの、新鮮な死体だったころの。手足がありえない角度に曲がり、内臓が飛び散っている。それに顔をうずめて食らう青白い人型たち。一斉にこちらを向く。


「ちょっと、大丈夫?」


 天之御中主神が春香の体を揺さぶる。春香はハッとして我に返る。そこにはなにもない。それなのに自分が震えている。呼吸が荒い。


「君はもう帰った方がいい」


「ううん」


 首を横に振る。春香の神器が煌めきを増し、心が凪になっていく。


「菊理媛神って、私の前にもいたんだよね」


「君は三代目になるかな」


「そっか」


「どうしたの?」


「なんでもない。早く行こう」


 ぶれる道標を頼りに進んでいく。その間にも春香の記憶は過去と何度も繋がった。天之御中主神は訝しげに見てきたが、春香の意志は強い。


 どこまで行っても風景は変わらない。整備されたことのない世界は無骨で粗いが見上げなければならない凹凸は無い。


「ちょっと、まだだよ!」


 天之御中主神が伊邪那岐命の神器に声を上げる。春香も円盤をのぞき込む。針の揺れが大きくなり始め、指し示す方向が百八十度も回転した。春香たちが来た方向、高天原を指した。


「いや、もしかして目標を失ったってこと?」


 天之御中主神のその言葉を聞いて春香は走り出した。祥子も天照大御神も。そんな最悪のことはあってはいけない。


 前方で上から青白い人型が落ちてきた。ドサッと音を立てたそれはもぞもぞと動いている。今はそんな先代の記憶にビビっている暇はない。

 

待って、と後ろから声がする。春香は無視したが腕を掴まれた。


「あれが見えないの⁉」


 天之御中主神はそういうが春香にはさっきから見えている。大丈夫だと春香は答えるが天之御中主神は掴んだままでいる。


 落ちてきた人型はゆっくり立ち上がり二人のほうへ振り向いた。裸で体毛はほぼ生えておらず、血管のような赤黒い筋が浮き出ているが見た通り、血の気はない。目玉がギョロギョロしている。


 化け物はじっと二人を見て、少しするとさっきまで伊邪那岐命の神器が指し示していた方へ歩き出した。ゾンビのようによろよろと歩いている。


 天之御中主神にも見えているということは実体だということになる。


 近づいたらなにをされるのかわからないということで春香たちは距離を置きながらついていく。


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