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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
黄泉津大神

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黄泉津大神3

 木々から枯れ葉が落ちる。季節のせいか突風の影響なのかは春香にはわからない。


 家によっては生垣も塀もないために直接中が見える。その一つでは縁側に将棋盤と駒が散らばっていた。遊んでいた神たちは助かったのだろうかと春香は思いを馳せる。ただ、事後の様子から察するに恐怖と困惑で逃げ回ったに違いないということだけはわかる。


「着いたね」


 黄泉の国の入り口は巨大な洞窟だった。一度だけ天照大御神とともに丘の上の遠目から見た。異様なにおいと本能的な拒絶を感じる空気が流れてくる。


 春香の神器が再び煌めき始める。先程と同じように臭いを感じなくなり、同時に恐れが消えていく。そして蛮勇が溢れる。全く勉強していないのにも関わらず、テストに対して謎の自信が湧くあの無謀と似ている。


 天之御中主神がちょっと借りるねと言って春香の左手を両手で握った。


 小さい手だと春香は思う。身長が一メートルとちょっとの子どもなのだからと今更ながら思う。少しして天之御中主神はありがとうと放した。


 二人して洞窟をのぞき込む。入り口から急に下り坂になっていて危ない。光はない。腐臭が漂う混沌の世界。


 自ら進んで地獄に突き進む奴がいるだろうか。


 私がいる。


 春香が一歩踏み出す。岩の坂に粗い砂利が広げられている。使い古した白い運動靴では滑る。坂の終わりは見えない。滑落しないように踏ん張る。


 後ろから天之御中主神がついてくる。高天原の日の光は徐々に遠くなっていく。空気は冷えていくように感じる。


「なんか」


「なにもないね」


 坂をいくら下ってもちょっかいは出されない。春香たちが領分を侵せば、黄泉の国の主はなにかしらのアクションをとってくるだろうと身構えていただけに拍子抜けする。


 下り終わると大きな空洞に出た。正しくは空洞ではなく黄泉の国という世界にたどり着いたという。


 高天原の惨状を思い出せば、一体どれほどおどろおどろしいのかと考えていたのだが。ゴツゴツした岩場が続いているだけ。天井が見えないのは暗いのが原因か高すぎるのが原因か。


「さて、どうしようか」


 天之御中主神も歓迎されるでもなく、拒絶されるわけでもない、主の無視という態度に困惑している。


「来れるもんなら来てみろってことでいいのかな」


 空気は瘴気で汚れていて、ろくに前が見えない。道もない、導もないのでは迷子も同じ。


 春香はキョロキョロと周りを見回す。ふと、視線を感じた。春香は視線の方に振り向く。

 

 生首がこちらを見ていた。乾いた眼で。髪はほとんど抜け落ち、苦悶の表情で春香を睨む。春香の体は凍り付き、目を逸らせない。


「……」


 いきなり下からニュッと現れたものに視界を奪われた。春香は驚き飛び跳ねる。天之御中主神がなにかを握って春香に見せつけていた。


「ねえ、聞いてる?」


「びっくりした…」


「なに見てたの?」


「いや、あれ」


 春香は指さすが、そこには石が転がっているだけだった。お互いに疑問符が浮かぶ。


 無言が続いた後、天之御中主神がまあいいやともう一度手に持っているやつを見せてくる。


「これを使って探そう」


 天之御中主神が手に持つのは円形の盤に針が一本浮いているものだった。


「伊邪那岐から借りてきた。これはね伊邪那岐命の神器。方位磁石の神様バージョンだって考えてくれればいい」


 針は左右に振れながら世界の奥を指している。


「『伊邪那岐命』も伊邪那美命と役割は同じ、自然発生した神の発見と保護だから。これはね、神がいる方向を示してくれる。黄泉の国では使えるかわからなかったけど、大丈夫そうだね」


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