黄泉津大神2
「でもそうか。そうやって祥子さんを利用したんだね」
天之御中主神は一人で納得する。
「お祭りの時の祥子さん、夏樹のことに詳しかったでしょう。あれは僕もびっくりしたんだ。僕は祥子さんには夏樹のことを話したことがなかった。黄泉津大神が君の家族のことを情報として渡していた」
「は? なんで? どういうこと?」
「五百年前のあの日から、僕たちだってなにもしていなかったわけじゃない。純粋な神力で黄泉の国の入り口に蓋をして、簡単には破れないようにした。だから彼女は行動を起こせなかった。
でも祥子さんを突破口として見出した。黄泉津大神の中に残っていた伊邪那美命の力を使って新しい伊邪那美命、祥子さんに神力を通して接触して、高天原に穴をつくろうとした」
「そこでどうして私の家族が出てくるの」
「君が言ったんじゃないか。親友だったって。祥子さんにとって、家族は失いながらもずっと執着していたもの。それなのに親友が子育てをし終わって、自分の娘と同じだった親友の娘が子どもを産んで、その子どもが目の前にいる。その現実を見せつけて、祥子さんは黄泉津大神に蝕まれ続けていった」
祥子が抱いていた感情は嫉妬だろうか。怨恨だろうか。祥子は春香を憎んでいたのだろうか。どんな目で春香を見ていたのだろう。春香にはわからない。
「それなら、そもそも、祥子さんを伊邪那美命にしなければ…」
そこまで言って春香は止めた。
確かに祥子をそのまま成仏させていればこの事態に陥らなかったということになる。でもそれを言えば天之御中主神の家で怯えて震えている神たちと同じになってしまう。
「伊邪那美命の席はあの日以降穢れたままだった。だから新しい伊邪那美命は絶対にうまれないし、つくれない。そう感じていた。でも祥子さんを見つけた時思った。
この人なら大丈夫だって。祥子さんなら先代の穢れをも浄化することができるかもしれない。最初は良かった。祥子さんは強かった。でもダメだった。
最終的には今日、祥子さんは黄泉津大神と協力して入り口を塞でいた蓋を壊して自ら黄泉の国に行ってしまった」
強い? どうだろう。春香はそうは思わない。
この子どもは神様だから、理解できないのかもしれない。
その天之御中主神はずっと袖で口と鼻を押さえたまま。歩き進むにつれて損壊も腐食も激しくなっていく。
時には瓦礫を登り、場合によっては迂回した。生き物の気配は全くなくて、知らない世界に来てしまったように感じる。
いきなり前方の木々が大きく揺れ始めた。その突風はどんどん迫ってきて春香たちに直撃する。
春香は反射的に両手で口と鼻をおさえる。天之御中主神はこれに悩まされているのかと理解した。
生ゴミが腐った臭いと下水の臭いが混ざり合って相乗したようなその耐え難い悪臭が襲う。悪臭は指の隙間から侵入し春香の身体の中に入り込む。
春香は後ろを向いた。押さえる手の力も強くなる。と、キラリと春香の新たな神器が光った。なぜか臭いを感じなくなった。
春香は手でおさえるのを止め左手首につけた輪を見る。チラチラと発光している。
春香は手首の神器を見つめる。菊理媛神。なっておきながら知らない神様。神たちは言っていた。黄泉の国に行くには菊理媛神が必要だと。
隣を見ると天之御中主神がうずくまってしまっている。菊理媛神は黄泉の国の力に対抗できるということだろうか。
春香は壁になる形で天之御中主神を包み抱く。その小さな体はこわばっている。
腕輪がキラキラ光り出す。
こっちに来るなと言いたげな強風が吹き終わり、春香の神器も光を失う。
「さすが菊理媛神。ありがとう、助かったよ」
天之御中主神はよろけながら立ち上がる。明らかに顔色が悪い。
「私一人で行く」
春香は恐ろしいとわかっていながら提案する。無理に決まっている。右も左もわからないのにどうやって一人で解決しようとするのか。しかしそう言わなければならないほど天之御中主神は弱っている。
「いや、僕も行く。それだと彼女の思う壺だしね。なにより今日は君の誕生日なんだから」
「誕生日って」
「そう、誕生日。大事なことでしょ?」




