天之御中主神4
次の日、昨日の神社に行くと昨日とは違う半袖半ズボンの格好をした子どもがいた。どこから持ってきたのか、箒とちりとりを傍らに置いて、せっせと雑草を抜いている。春香が近づくと子どもはこちらに気づき笑顔で手を振ってきた。
「来てくれたんだね」
子どもは作業を中断して、人差し指を社に向け、光の輪を作った。昨日と同じ、異様な雰囲気を放ちながらも不思議と恐怖は感じさせない。きっとこれを神々しいと言うのかもしれない。
「さあ、行こう」
春香は天之御中主神に手をひかれて、光の中に入った。
光を越えると道の真ん中に出た。光で作られた門を「通った」という感覚はなかった。あれだけの光量をまたいだにもかかわらず、暖簾をくぐるようになにもなかった。ただ空気が変わったのを感じた。
夏、コンビニに入る時のように明らかな違いがあった。澄んでいて、肺の奥まで浄化されるような。排気ガスのにおいはもちろん、塵一つ漂っていないのではないかというほど綺麗だった。キリッとした澄んだ空気が拍車をかけて、魂が洗われるような感覚に襲われる。自動的に善人になっていくような。そしてなにより暑さが柔らかい。
「ようこそ、神の世界へ!」
天之御中主神は両手を広げて春香を歓迎した。
今立っている石畳は真っすぐ遠くに見える森まで続いている。その両脇に灯篭が並んでいて、不思議なことに上下対称に二つくっついている。周りを見ると地平線がなかった。空も地面も青かった。
「浮いてるの?」
春香は恐る恐る石畳の端まで行って、下を覗こうとした。春香が顔を出すと、同時にもう一人の春香が顔を出した。
「びっくりした…」
春香は手を伸ばし、鏡合わせになっている自分に触れた。すると目の前の自分は歪んで、指に冷たさを感じた。水が張っているんだ。春香は理解する。
春香が感動していると天之御中主神が声をかけてきた。
「行こう」
「どこに?」
「あそこ」
そう天之御中主神はずっと奥にある森を指さした。
「森?」
「あそこに僕の家があるから」
「すごい豪邸に住んでるんだね。でも」
高天原。美しいことに変わりはないけど。
「高天原ってあなたの家しかないの?」
視界にはただ広いだけの世界でポツンと森が、もとい天之御中主神の家しかない。どれだけ美しい風景も、独りぼっちだとすごく寂しく見えてくる。
「いやいや、そんなわけ。うしろうしろ」
そう言われて、春香は振り返る。
さっきくぐった光の門が消え、とてつもなく大きい鳥居が眼前にあった。木の質がそのままの鳥居の足の太さは両腕を広げても足りない。水面は鳥居を境に終了し、石段が下っていた。そして下には和風な大小様々な建物が連綿と続いていた。
「さ、行こうか」
街並みに夢中になっている春香を天之御中主神は呼ぶ。その表情は照れているような、誇らしげのような、そんな風に見えた。母親に褒められた子どものように。