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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
伊邪那美命

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伊邪那美命5

 五分くらい経っただろうか。


「皆に聞いて欲しいことがある」


 天之御中主神が全員に注目するように言った。


「知ってると思うけど黄泉の国から攻撃を受けた」


 その言葉を聞いて大勢が立ち上がって部屋から出ようとした。その様子を見て月読命が口を開く。


「あなたたち程度の神力では逃げるところなんてありませんよ」


「どういうことだ」


 その声は震えていた。自分たちの実力を見下されて怒るのと同時に、事実に納得して恐怖している。


「いいから座りなさい」


 その指示に従うものはほんの少ししかいなかったが、逃げようとする神はいなくなった。天之御中主神がもう一度話始める。


「攻撃と言っても、それは僕たちからの視点からの表現であって、向こうからすれば恐らく食料調達に過ぎないと思う」


「食料調達?」


「いくつもの目撃証言が上がってきてる。生死の状態関係なく連れていかれていた。


 君たちも見たんじゃないかな。強く抵抗していた神があの気味の悪い手に握りつぶされてしまったのに、抵抗を諦めた神たちは優しく包まれるように吸収されていったのを。


 わかるかな。殺すことが目的じゃなかった。もちろんただの気まぐれでもない。彼女は無駄な殺生が嫌いだから」


「相も変わらずどうしようもない女だ」


 誰かが大声で「彼女」の悪口を言う。


「あんな迷惑な奴はさっさと消すべきだったんだ」


 強烈に「彼女」を否定する発言に賛同する者が続々と声を上げる。空気は淀みながら、熱を持ち始める。自分勝手、自己中心的な者たち。それでも天之御中主神は続ける。


「なにより神力が最上位の二人が持っていかれたのが非常にまずい」


「でも五百年前と同じなのでしょう。それならばあと少し耐え忍べば」


「違うよ。全く違う」


「どこが違うんだ。同じじゃないか。「腕」が黄泉の国の入り口から無数に襲ってきて、何柱かを吸収して引っ込んでいった。今回もこれで終わりだろう」


「彼女は彼女の夢を実現しようとしている」


「高天原と現世を一つにしたいとかいうくだらないあれか」


「僕たちはもう目を背けるべきじゃないんだ」


 天之御中主神が声のボリュームを上げる。


「だからここにいる全員で救助に行く」


 場が一瞬で凍り付いた。自分たちの世界にいた神たちが青ざめる。


「なにを言っているんだ」「お前まで狂ったのか」「一人で行けばいいだろう」「さっき俺たち程度ではって言ってたじゃねえか」


 「彼女」に向けられていた矛先が一気に天之御中主神に向かって、自分は嫌だ、行かないという意見で埋め尽くされる。


「そもそも、私たちの管理が役割の「天之御中主神」であるあなたがちゃんとしていればこんなことにはならなかったのよ」


「だいたいその最上位の二人っていう阿保どもは誰なんだ」


 大衆は自分たちの危機を作った被害者を責任者にして吊るし上げようとする。


「天照と祥子さんだよ」


「そんなのほっときゃいい」


 野次が飛ぶ。


「あの現人神はそもそも黄泉の国からの浸食を受けていただろう。天照大御神だって帰ってきてから奇天烈な行動ばかりでイカれちまっていたじゃないか」


 春香は鹿屋野比売神の袖をつかんで顔を見た。聞きたいことが山ほどあるのに言葉が出てこない。


「どうせもう吸収されて食われちまってる。手遅れだ」


「ううん。そんなことない。「天之御中主神」の僕にはわかる。二人とも無事だよ。今ならまだ間に合う」


 いっそのことさっさと食われろよというブツブツとした文句が春香に近いところから聞こえた。

「そもそも菊理媛神(くくりひめのかみ)がいないのに」


「菊理媛神…」「菊理媛神…」「そうだ、菊理媛神がいれば…」


「天之御中主神様、今すぐ菊理媛神をつくってください」


 神たちが神様に縋る。


「そんな猶予はないんだよ!」


 天之御中主神は声を荒げる。わかってくれというように。


「あるわ!」


 隣にいたさっきの女神が上擦った声を上げた。


「ここに人間がいるわ。この子、現人神候補なのでしょう?」


 神たちが一斉に春香のほうへ振り返る。


「一からつくるのは時間がかかるとしても、もう形が出来上がっているのなら」


 ドタドタと神たちが押し寄せて春香を取り囲む。絶望の表情をしていながらも、救世主が現れたと言いたいように目がギラギラしている。


「なあお願いだ、なってくれよ」「お前、天照とも伊邪那美とも仲が良かったよな」「ここにいる全員を助けると思って」「ならないのなら祟ってやる」「君しかいない」「あなたにしかできない」「頼むよ」


 春香は土砂崩れに巻き込まれて、そのまま流されているような感覚になる。目が回ってくる。


「菊理媛神になれば連れていかれた連中を助けられる」


「やります。私、なります」


 言ってしまった、と思った。思っただけで、頭は混乱していて、それ以外の感情も考えも出てこなかった。


 天之御中主神が小さい体を活用して無理やり春香の元まで来た。


「天之御中主神、さあ早く」


 急かす期待に「ちょっと、ちょっと待って」と答えて一旦外に出ようと春香を引っ張った。



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