伊邪那美命4
戻るとまた別の部屋に通された。だが人口密度はこの部屋が一番高い。春香たちは部屋の隅で座る。
「ここにいる皆さんは正気を保っていらっしゃるのでご安心ください」
多くがグループで座って駄弁っている。部屋の前方では天之御中主神とさっきのおかっぱ頭が立ったまま真剣に話し込んでいる。
春香の隣には鹿屋野比売神がぴったりとついてくれて、数分ごとに体調はどうかを聞いてきて、そのたびに水を飲ませようとしてくる。
「天之御中主神の隣にいるのは誰ですか」
水を飲まされ続けた春香のお腹はタポタポになってしまったが、それに比例して頭がはっきりしてきていた。
「あの方は月読命さんです」
そう答えてから鹿屋野比売神はハッとした。
「もしかしてなにか言われましたか⁉」
「いえ、特には」
「よかった。あの方は物事をハッキリ言いすぎるので」
ホッとした様子の鹿屋野比売神に、「だけど」と春香は続ける。
「「天照大御神ならば行方不明と処理されています」って」
鹿屋野比売神の表情が一瞬固まったがすぐに元に戻った。その変化は他の人にはわからなかっただろう。でも何年も気を遣って、人の顔色を窺ってきた春香には見えた。
「なにかあったんですか?」
「大きな災害がありまして、現在あーちゃんさんと月読さんとで被害状況を確認しているのです」
鹿屋野比売神はそう答えた。でも嘘であることはわかる。なによりも春香の身に起きたことが証拠だった。
「カヤさん!」
「本当のことです」
鹿屋野比売神は芯の通った言い方をした。それならば尚更、行方不明だという天照大御神のことが心配だった。
「私、天照のこと探してきます」
春香は立ち上がった。体調はかなり回復していた。
「ダメです!!」
鹿屋野比売神が大きな声を出した。周りの神たちが振り向く。
「すみません。なんでもないです」
鹿屋野比売神は周囲に謝ってから、春香を無理やり座らせた。
「今は外に出てはいけません」
鹿屋野比売神は春香の目を真っすぐ見て訴える。
ならば現世で探そう。もしかしたら春香の家に避難しているかもしれない。だが春香は鍵を持っていない。誰かに門を開けてもらわなければならない。
春香は鹿屋野比売神に自分の部屋で起きた顛末を話した。引きずり込まれたけど、誰かが引き上げてくれて、どうしてかわからないがここにいた。だから、神器を持っていない。代わりに門を開けてほしい。
その話に鹿屋野比売神は目を見開いて春香の肩を掴んだ。
「現世もダメです!」
そして暗い顔をした。
「でも、点と点が繋がりました」
なにかに納得すると、ここにいてくださいと春香に言い聞かせて、鹿屋野比売神は天之御中主神のところまで走っていった。
春香は周りを観察し、情報収集をする。見知っている神は誰一人いないが友だちのためにと思うと自然と体が動いた。付近にいて周りとしゃべっていないあの女の神にターゲットを絞る。
「大変でしたね」
声を掛ける。女神は振り向いて、いいえ、と返事をした。
「私は離れたところにいたから特に影響はなかったの」
離れたところがあるということは近くもあるということだろうか。
「そうなんですか。私は」
春香は学校で鍛えた嘘八百話術をフルに活用する。
「結構近くにいて、それでパニックになって。なにがなんだかわからないままここまで来たんです」
「あなた人間なのによく助かったわね」
女神は異常に驚く。神なら助かるのか。いや今も、少し離れた部屋からうめき声が聞こえる。あの苦しむ様子からして、地震とか火事ではなさそうだった。
「火事場の馬鹿力と言いますか、まあ、そんな感じで」
「本当にそんなことがあるのね。それなら見たのでしょう、「腕」を」
なにを言っているのか全く分からないが話を合わせる。
「見ました。でも腕だったんですね。私、ほら、人間だから高天原のことまだよく知らなくて。あれはなんだったんですか」
「口にしたくないわ」
突然女神は露骨に嫌な顔をした。そして袖を口に当てる。
「私はこれ以上知らないの」
それでも食いつく春香に女神の態度は拒絶に変化していく。
「そんなに知りたいですか?」
鹿屋野比売神が後ろに立っていた。
「はい」
春香は強く返事をする。
「知らないほうがいいこともあります」
鹿屋野比売神は説得させようとするように言う。
「知りたいです」
春香の意志はもう流されない。
「わかりました。もう少ししたら、あーちゃんさんが全体に報告する予定なのでお待ちください」
そして女神に忠告した。
「あなたの聞きたくない話が主な話題になるので、この部屋から出たほうがいいです。ただ、この期に及んでは他人事ではいられませんよ」




