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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
伊邪那美命

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32/48

伊邪那美命2

 忌引きが明けてからも春香は相変わらず登校しなかった。不登校になってから二週間目が経とうとしている。部屋着のまま朝から晩までベッドの上でゴロゴロする日が続く。


 家事は長期休みではないため任されていないからやらない。昨日体重計に乗ったら目を疑うほど体重が増えていた。が、それでも春香は今日も布団をかぶる。

 

 うとうとする。うつらうつら。

 

 もう昼にはなっただろうか。春香は生まれて初めて「暇」という贅沢の苦痛を味わっていた。やることが無いというのは幸せじゃないということをこの引きこもり期間で勉強させられた。だからといって登校するという選択肢はない。

 

 ふと、気づく。体が動かない。息苦しい。

 

 金縛りか。春香は冷静に状況を把握する。テレビで見たことがある。金縛りはそういう夢であると。そのことを理解し、やり過ごそうと夢の中でさらに眠ろうとする。

 

 向こうで怒鳴り声が聞こえる。低い声。そしてそれを覆いかぶすようにザーザーと雑音が大きくなる。

 

 じっと耐える。すると春香は四肢をいくつもの手で力強く掴まれて、体が引っ張られる感覚が生まれた。その手はどれも冷たい。そして泥の中に引きずり込まれるようにじわじわと沈んでいくのがわかる。

 

 夢の中だとわかっていてもあまりにも不快。春香は寝返りをしたいと思った。動かないとわかっていながらも試みる。

 

 春香は焦った。とてつもなく焦った。自分は起きている。目は開いていて、眼球は動くが眼前は黒い。掴まれている感覚がない箇所、指、首は実際に動く。それなのに腕を、足を動かそうとするとその手の握力が増して春香を引きずり込むスピードが速くなる。

 

 恐怖で助けを呼ぼうとした。しかし呼吸すらできない。鼻からも口からも空気を吸えない。

 

 沈んでいく。なにも見えない。本当になにも見えない。なにかが春香をどこかに引きずり込んでいる。苦しい。意識が遠くなる。

 

 その中で誰かが春香の右手を掴んだ。温かい手。知っている気がする。安心する。春香は自然と握り返した。

 

 その瞬間、強く引き上げられていく。


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