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薄雪草を抱く  作者: 紀野光
天之御中主神
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天之御中主神3

「できたよー」


 蕎麦を四つのお皿に盛って、刻んだネギを小皿に盛る。めんつゆを冷蔵庫から出して希釈用の水も準備する。そして春香とお父さんの席に納豆を置いて完了。四人で席について手を合わせる。


「おなかすいたー」


 全員で勢いよく蕎麦をすする。


「んー、おいしい」


 テレビからの笑い声とともにズルズルという音が食卓を賑やかにする。


「二人とも宿題はやってる?」


 お母さんがいきなり耳が痛くなることを聞いてきた。夏休み限定の恒例の質問。


 「まだ始まったばっかじゃん」と夏樹。


「もうすぐ一週間経つのよ。ちゃっちゃと終わらせなさいよ」


「いいなあ、大人には宿題無くて。姉ちゃんもそう思うだろ」


「…別に」


 夏樹からの同盟の誘いに春香は素っ気なく答える。なぜなら昔、同じことを言って怒られたことがあるから。桑原桑原。


 弟は加勢してくれると思っていた姉に裏切られたと思って睨んでくる。


 すぐに「あんたねぇー」とお母さんのスイッチが入った。


 夏樹が説教されている中、春香とお父さんは蕎麦をすすりながら黙ってテレビを見ていた。


 蕎麦のおかわりはたんまりある。この量だと明日の朝も蕎麦になりそう。




 食べ終わった後の洗い物をし終えて部屋に戻ろうと階段を上がると、春香の部屋のドアの隙間から光が漏れているのが見えた。電気をつけっぱなしにしてしまっていたのか。そう思って中に入ると天之御中主神がベッドの上に座って、春香のお気に入りの漫画を読んでいた。


 驚きと恐怖で春香の体は固まる。そんな春香に気づき、天之御中主神は「あー、ごめんごめん」と読んでいた漫画を棚に戻した。


「なんでここに」


 春香は幽霊でも見たかのような恐怖に襲われ、頭は真っ白になる。


「君にどうしても神になってほしいから」


 天之御中主神は堂々とひとのベッドに座ったまま喋る。


「いやそうじゃなくて、どうやって部屋に」


「門を開けたんだよ、この部屋に直接」


「門って光ってたやつ? でもさっきは神社に」


「人間は神社からじゃないとダメなの、色々足りないから。でも僕みたいに神力(しんりょく)が強い神はどこにでも門を開けられる。まあこっちに座って」


 天之御中主神は突っ立ったままの春香に春香の学習椅子に座るよう促す。プチパニックの春香は言われるがままに座った。


「人間はダメって、自分だって人間でしょ。本当の名前はなんていうの?」


「だから、僕は人間じゃない。僕は生まれた時から神。天之御中主神が名前」


「……」


 未だに信じない春香に天之御中主神は面倒くさそうな視線を向ける。


「僕が君の部屋に不法侵入している時点で信じてほしいけど」


 そう言って天之御中主神はベッドの上に置いてあったぬいぐるみを手に取る。それは春香が小学生の時の誕生日に買ってもらった白ウサギのぬいぐるみだった。名前はピョン子。


 プレゼントしてもらった当時は、耳がピンと立っていたが今ではへたれて両耳とも倒れてしまっている。


 天之御中主神はくたびれたぬいぐるみを両手で持ち目を瞑ると、それが淡く光り出した。そして光はぬいぐるみに吸い込まれていった。


 春香は天之御中主神とピョン子を交互に見る。天之御中主神が目を開き、ぬいぐるみを春香に手渡した。春香が受け取ると突然、ピョン子の耳が立ち上がった。


「!!」


 春香は動いたそれを投げるように机に置いた。ウサギにとって耳は重たいらしく、しおれようとするのを必死に持ち上げている。


「これには今、付喪神が憑いている」


 天之御中主神はもう一度ピョン子を手に取って鼻のビーズを押す。


「付喪神?」


「この子は神様になったってこと。正確に説明すると神の力を憑かせただけ。これで僕が神だってことわかってもらえたかな」


 春香は下を向きながらも首を大きく曲げて頷く。


「でも、神様ってもっとこう、白いひげを蓄えたおじいさんをイメージしてた」


「そういう見た目の神もいるから間違ってはないよ」


「ねえ、どうしてウチを知っているの? ここが私の部屋だってことも。今日会ったばっかりなのに。それも神様の力?」


 その質問に天之御中主神はううんといって首を横に振る。


「正直に答えるとここ最近、君のことを観察してたんだ」


「観察?」


「後をつけてたってこと。尾行」


「ストーカー!?」


「ごめんよ。でも見極めなきゃいけなかったから」


「なにを?」


「神になる資格があるのかを。神になるために必要なことは二つ」


 天之御中主神はピョン子の両耳を折る。そして「一つ目」といって右耳を立てる。


「神力を持っていること。まあこれに関しては見極めるまでもなく、君を見かけたときにわかった」


「「シンリョク」ってなに?」


「言葉のままだよ。神の力。エネルギー」


「それを、わたしが? 持ってないよ、そんなの」


 春香は部屋着のズボンのポケットを叩いて見せる。


「ポッケの中になんか入ってないよ。魂の中にある。そして僕にはそれが見える」


「はぁ…」


 春香はよくわからないまま相打ちは打つ。


「そして二つ目」


 そう言って、ウサギのもう片方の耳も立てた。


「自分の欲に忠実なこと。神はね、人間よりも人間らしく。欲望のままに生きている。だからそんな人が神に向いてる。よく言うでしょ、神は祟るって」


「私も神様になったら祟れる?」


 そんなことができたら、クラスの嫌いな人に天罰を与えることができるかもしれない。


 という考えを巡らせる春香に天之御中主神が「あのねぇ」と話し始める。


「他人に罰を与えることは簡単なことじゃない。もし罰を与えることが神の仕事の中にあったとしても、まだ十数年しか生きていない君にそんなことは任せない」


「自分だって子どもじゃん。それに私だって悪いことと良いことの判別ぐらいできる」


「ものの良し悪しは立場によって変化するし、良い悪いだけでは判断できないのが罰するってことだ。それに僕はこんな見た目だけど生まれてから万年は経っている。数えてないから正しい数字はわからないけど」


「え、じゃあ…」


 春香は目の前にいる子どもが実はとんでもなく尊い存在なのではないかと認識した。春香は冷や汗をかき始める。背筋を伸ばし、姿勢を正して恐る恐る質問する。


「も、もしかしてですけど、あの、怒ってたりしますか?」


「どうしたの、急に」


「だってあの、ずっとタメ口で、失礼な態度とってましたし…」


 春香は下を向いて指いじりを始めた。


「さっきまでのとおりでいいよ」


 天之御中主神は膝に置いたピョン子の手を動かして手を振った。


「でも…」


「気持ち悪いからやめて」


 今度はピョン子を介してではなく、天之御中主神は春香を真正面から見つめて言った。


「わかった?」


「…わかった」


 春香が了承すると天之御中主神はピョン子を傍らに置いて立ち上がった。


「明日、今日の神社に来てよ。高天原に連れて行ってあげる。出入りはいつでも簡単にできるからさ。帰りたくなったらすぐに帰してあげる。約束」


 それだけ言うと天之御中主神はそそくさと門を作って帰っていった。


 春香はベッドに座らされているピョン子を手に取る。天之御中主神が抱いていたせいか人肌に温かい。耳を健気に一生懸命立てているピョン子はなんだかかわいい。かわいいがそうはいっても気味が悪かったから今日は机の上に置いて、ベッドの中に入った。


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