七福神2
涙がこみ上げる。机に突っ伏したい。でも、一度下を向いたら今日一日、顔を上げられない気がする。
朝礼が始まる。全員が席に着く。おんなじ服を着て、おんなじ髪形をして、皆で西に向かって座っている。
なにもかもがおんなじなのに、ここに春香の居場所はない。
席替えは自分たちで決める。だからあの二人は春香の真後ろに一列で座っている。
朝一番は掃除の時間。教室担当の春香は他の誰とも会話することなく雑巾がけをする。
一時間目は数学。図形の証明は板書をノートに書き写すのが精一杯で理解するどころではない。先生は答えを教える前に周りの人と一緒に話し合って考えてくださいという。後ろの二人は前に座っている春香を背にする。教室がワイワイとするなか、春香は一人でノートを見つめる。
二時間目は英語。今日はALTの先生が来て、担当教員と教科書に書かれた会話を実演している。そして隣の男子と実際に練習。登場人物は二人だから交代して二回同じ会話をする。本物の英語を聞いたのにも関わらず、皆日本語で英語を喋る。
三時間目は理科。今日は実験をするから休み時間のうちに理科室に移動する。後ろの二人は春香に声を掛けることなく先に行ってしまった。電流の実験。回路を繋げると光る電球は照明を消した理科室で生徒たちの顔を照らした。
四時間目は国語。もちろん春香は取り残されて一人で教室に帰った。帰って席に座っていたら始まった授業。文法だの活用だのと配られたプリントに言われたとおりに書き込んでいく。他の人は色ペンを使いけて丁寧に書いていくが、春香はやる気が出ずにシャープペンシルのみで空白を埋めていく。
給食。前三列、後ろ三列で班ごとにお昼ご飯。机を向かい合わせて島を作るが男子は男子、女子は女子で喋る。机をくっつけて隣になっても友だちだった二人は春香がそこにいないかのように二人だけで喋る。
昼休み。全員が固まって過ごしているなか、春香は一人、席に座っている。どこに視線を向けていいのかわからず、自分の手元を見る。しかし時間は進まない。二十分間、自分の手を見ているのは苦しすぎる。
春香は立ち上がって窓際に移動した。外を見る。青い空にはまだ夏の雲がある。近くにいる男子たちは年末商戦に向けて発売されるオープンワールドゲームの話をしている。どうやって手に入れるか。中学生を相手にしないサンタクロースではなくお年玉を頼るらしい。そんな平凡な会話がある一方で、一軍の生徒からの遠投が背中に刺さる。
五時間目は社会。前半は都道府県庁所在地のテスト。漢字で書かなければ得点にはならない。復習をしていない春香は半分と少ししか埋められなかった。けれど埼玉県には自信がある。ダサいがひらがなでいいのだ。埼玉県出身のお母さんはさいたま市に用事があるたびに合併なんかしないで浦和市のままのほうがよかったと文句を言っていたから余計に覚えていた。
六時間目は美術。点描で作品を作りましょう。三人でつながる作品を作ろうと提案され、指示されるままに創作していた。だけどもう指示はない。だから春香にはこの作りかけの作品をこれからどうすればいいのかわからない。完成まで六割も進んでしまった用紙を見つめる。パズルのピースの一つとして点を描いていっただけに後戻りができなかった。
終礼が終わって下校。バイバイもまた明日も誰にも言うことなく教室を出て下駄箱で靴を履く。入学した時から履き続けている白い靴は洗っても落ちない泥や砂で汚れている。履いている人物が中学生という身分でなければ、新しいキレイな靴を買うことができない貧乏ですと宣言しているかのよう。
部活を引退した三年生に混じって校門を出る。明日も朝からここに通わなくてはいけないのだと思うと憂鬱で仕方ない。
帰宅。夏樹は春香よりも先に帰ってきているが、友だちと遊びに行っているようで家には誰もいない。黙ったまま自分の部屋に入ってリュックを下ろし、制服を脱ぐ。それから明日の時間割を見てリュックの中身を入れ替える。
明日。明日からのことを考えると耳鳴りがひどくなっていく。
血眼になって守っていたものが露として消えた。六十四平方メートルしかない空間で村八分にされた。
これからの身の振り方を考えなくてはならない。
いや、その必要はないか。選択肢などないのだから。体育の授業でも二人一組になれだの、チームを組めだのと言われるが春香は一人突っ立っているしかないだろう。ホールを借りて行われる合唱祭では一言さえも発することはないだろう。
三年生のクラス替えで、一年に渡って仲良くしてくれるまだ見ぬ誰かと同じクラスになることを願うしかない。だがそんな人がいるだろうか。一年生では入部することが義務づけられていた部活でもうまくいかず、幽霊部員の末、一年生の三月で早々に退部した春香には友だちが少ない。
明日が来ないでほしい。ただの雑音だった耳鳴りが話しかけられているような音に変わっていくのを感じる。耳元で誰かが囁いている。
神様に願う。どうかいいことがありますように。
神様と関わりを持つようになったあの日から春香は「神様」というものを少し調べた。
キリストもムハンマドもブッダも人を救済してくれるらしい。しかし春香が知っている神様は違う。
彼らは「人間よりも人間らしく」をモットーにしている。本人が、天之御中主神が言っていた。神は祟るもの。
人を救ってくれる聖人君主などいない。
春香は窓枠に置いてある天照大御神から貰った腕時計を身に着けてみる。調整されていないメタルバンドは春香の手首には大きくて垂れる。
太陽光で動く針は時間が進んでいることを淡々と示している。心の中で時が止まってほしいと祈る春香を腕時計は無視する。
現実を見たくなくて、春香は腕から時計を外して机の引き出しにしまった。




