綿津見神7
「だって…」
そして恋する乙女のように胸を手に当てて、はっきり言い放った。
「オ・ト・コ・ノ・ハ・ダ・カ、見放題じゃなーい。合法的に、しかも無料で!」
その言葉に天照大御神と少名毘古那神は綿津見神に冷ややかな視線を送る。それに気づいているのか、いないのかはわからないが綿津見神はグフフと自分で自分を抱きしめる。
春香は天照大御神が言っていたことを思い出す。身分証明ができない分、電子マネーさえも発行できないと。権利関係などはよく理解していない春香だが、それでもわかる限りのことは綿津見神に聞いてみる。
「土地とかはどうしてるんですか?」
真面目な質問に綿津見神は秒で答える。
「土地を見つけるのはやっぱり昔よりは大変だったわよ。
昔は地主とか集落とかに許可を取れば簡単に土地を分けてもらうなり、貸してもらうなりできた。でも現代では権利だの登記だのがあるから簡単にはいかない。
でもね、有難い話でね。この海岸沿い一帯はすぐそこにある神社の私有地なの。そして、そこの神社の何代か前の神主が現人神だったらしくて、アタシたち神が実在していることは知っていたの。しかもその神社、祀っているのはこのアタシ、綿津見神。
だから少し話をしただけでわかってくれたわ。海の家を開きたいって頼んだら快く了解してくれたの。それで一から十まで手伝ってくれたわ。役所への手続きから、必要な資格まで取ってくれて。
それでアタシはこの楽園を満喫しているってわけ。売り上げは無いに等しいけど、儲けの全部はその神社に見返りとして送っているのよ」
綿津見神はこれからも行う観察日課に期待に胸を膨らませ、鼻息が荒くなる。
「だから高天原に帰っている暇どころか、塩を作ってる暇なんてないのよ」
少名毘古那神が呆れながら「きめぇ」と小さい声で呟く。
「綿津見神が塩を作ってくれないと今度の七福神祭りで美味しいものが食べられない!」
天照大御神は十二分に大きい声を出す。その姿は新年、親戚同士の集まりでベロベロに酔ったお父さんを彷彿とさせる。
「塩なんて現世で買えばいいじゃない。アンタお金たくさん持ってるでしょうよ。高天原を代表して仕入れなさいよ」
「いーやーだ。高天原で作った塩がいいの、おいしいの!」
「高天原で作るとそんなに違うんだ。やっぱり神力が関係してるの?」
「そんなことないわよ。確かに神力が込められているかどうかの違いはあるけど、味に大した差はないわ」
「なに言ってるの。全っ然違うよ。しょっぱさに深みがあって、深みの奥にコクがあるの。『綿津見神』なのにわからないの?」
「はいはい、ごめんなさいね」
綿津見神は面倒くさそうにあしらう。ボソッと「違いなんてないわよ」と文句が春香だけに聞こえた。
「…アンタお酒強かったわよね?」
「そうだよ。前まではいくら飲んでもへのかっぱだったのに。ところがどっこいだよ。ここ数十年飲まなかっただけでこんなにすっとこどっこいな体質になっちゃった」
天照大御神はどうしよーとヘラヘラ笑いながら春香に抱きついた。そして雑に頭を撫でてきた。春香は相手は酔っているのだからと理解し、変に抵抗せず、黙ってされるがままにする。酔っている天照大御神の体温は高い。
初詣の度にいくらお賽銭を投げても、どれだけ強く願っても何一つ叶わなかった理由が解った。
天照大御神が春香に抱きつきながらウトウトし始めた時、店の外に人影が現れた。
「すいません。シャワー使わせてください」
綿津見神は店の入り口に立つサーフボードを抱える男二人組の姿を視認すると「まぁ」と一瞬ニヤついた。春香たちを出迎えた時とはまるで違う。欲望が丸出しだった。
「はーい。お一人様百円になりまーす。ただいま準備するので少々お待ちくださーい」
語尾にハートマークをつけているかのような高い声の猫なで声で綿津見神は機敏に立ち上がって棚から鍵の束を取り出した。そのついでに春香たちのテーブルに水が入ったポットを二つも置いた。
「すっとこどっこい共はさっさと酔いを醒ましな。特に天照、若い娘の姿をしたアンタに酒を提供したって警察に知られればアタシが罰を食らうんだからその赤い顔どうにかしなさい」
それだけ言うと綿津見神は店の外に併設されているシャワーに客を案内しに行った。その後ろ姿はスキップしているように見えた。




