綿津見神5
天照大御神に続いて春香もトイレに行って戻ってくると目に映った場面にギョッとした。
天照大御神があの酔っ払いと同じテーブルに着いていた。きっと一人で座っていたから話しかけられて捕まってしまったに違いないと春香は額に冷汗をかく。
いくら神様だからとはいえ、見た目は普通の女子高校生。だから絡まれたのだ。こういう場合は知り合いがいることをアピールして、有無を言わせないようにするのがいい。恐怖で足がすくむけれど、ここは友だちとして勇気を出して突撃するしかない。
春香は虚栄心を用意し、自身にメッキを貼る。そして準備完了してから胸を張って近づいて天照大御神の手を引く。
「もうお会計しよう」
春香は正義のヒーローのつもりだった。けれど、必ずしも相手が助けを必要としているとは限らないことを思い知らされた。
「まだ時間あるでしょ。もうちょっとテレビ見ていく」
天照大御神は動こうとしない。助け舟を出したつもりだったのにも関わらず、拒否されて春香は困惑する。
「なんだこのガキは」
汚らしい男は立ち上がる。一言口を開いただけなのにお酒の匂いが漂ってくる。春香は身構えたが男は横切って厨房を覗いて叫んだ。
「おい、天照に全部飲まれた。もう一本持ってこい」
それだけ伝えて男は席に戻った。
「だから照美だってば、天野照美」
「天照だからか」
「かわいいでしょ」
春香は状況を理解できず呆然とする。そんな春香を天照大御神は無理やり隣に座らせた。そして食べかけの料理をも移動させた。
店の主人がビール瓶とオレンジジュース瓶、コップ三つを持って残りの一席に座った。
「一文無しなんかに飲ませる酒なんかないわよ」
「うるせぇ。代金の代わりに俺が作った酒持ってきてやってんだろ。文句言うんじゃねぇ」
「ウチじゃあ日本酒なんて売れないのよ」
男が手を伸ばしてビール瓶を掴んだが店主がそれをひったくるように奪ってコップ二つに注ぐ。そして一つを天照大御神の前に出す。天照大御神は出されてすぐにビールを一気飲みした。
「お嬢さんはオレンジジュースでいいかしら」
ニュースはここ何年かで不定期に発生している失踪事件の特集している。
全国で幼子から老人まで、男女問わず忽然と姿を消す事態が頻発している。警察は威信を賭して捜索しているが手掛かりが全く無い。世間はその体たらくに呆れて警察組織に対する批判が高まっているという。
それとは裏腹に一部のオカルト好きたちは「神隠し」だと騒いで楽しんでいる。
「ケッ、高天原は未だに人間を連れて行っているのか」
「それはないよ。五百年前のあの日から、高天原への現人神以外の人間の立ち入りはあーちゃんが一切許してないし」
「天之御中主神様は元気にしているのかしら。アタシ、もう何十年も高天原に顔を出してないの」
「元気だよ。忙しいのは昔と同じだけど」
「天之御中主神って、そんなに偉い神様なの?」
春香の質問に天照大御神が答える。
「あたしたちに誰が偉いとかはないよ。なんならあーちゃんよりあたしのほうがうまれるの早かったし。あーちゃんは高天原の管理が仕事なだけ」
「ふーん。じゃあ天照大御神の仕事はなんなの?」
天照大御神は照美だってばと言いながら自らビールをコップの縁ギリギリまで注いで欲張る。
「照美ちゃん、あんたまで酒を飲みに来ただけなの?」
「それもあるけど」
天照大御神はエヘヘと笑いながらポシェットを漁った。
「これ」
そして一通の手紙を取り出して店主に手渡した。
「あーちゃんから」
手紙を受け取った店主はすぐに開封して読み始める。そして不満そうな表情になる。その様子を見て男が手紙をのぞき込む。
「塩椎神の奴も神を辞めちまったのか。どいつもこいつもだらしねぇ」
「そう。塩椎神がずっと製塩を担当してたでしょ。でもいなくなっちゃったから儀式やら祭りやらに使う塩を作る人がいない。だから新しく塩椎神がうまれるまでの間、代わりに綿津見神に製塩を担当してほしいんだって」
綿津見神は大きな溜息をついた。




