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第28話:連合の嵐 ~酸棗の不和~

第28話:連合の嵐 ~酸棗の不和~


反董卓連合軍は、酸棗に集結したものの、丁原が予感した通り、諸侯たちの間には深い不和が蔓延していた。虎牢関の鉄壁の守りを前に、諸侯たちは尻込みしていたのだ。彼らは互いに顔色を窺い、誰が最初に動くべきか、誰が犠牲になるべきか、といった駆け引きに終始していた。野営地には、兵士たちの退屈そうな声や、不満の囁きが満ちていた。空気は淀み、生ぬるい匂いがした。


盟主である袁紹は、号令をかけるだけで、具体的な作戦立案や、諸侯間の調整を他の者に任せていた。彼は自身の権威を保つことに関心があり、戦場で危険を冒すつもりは毛頭なかった。彼の声は、遠く、現実味を帯びていなかった。彼の纏う高価な衣装の手触りは、戦場の土埃とは無縁だった。


袁術は、さらに露骨だった。彼は豪華な陣営の中で酒宴を開き、他の諸侯が戦うのを待つつもりでいた。兵糧の供給も渋り、他の諸侯からは非難の声が上がっていたが、彼はそれを気にかけない。彼の陣営からは、豪華な食事の匂いと、彼の高笑いが聞こえてくるかのようだった。それは、彼らが置かれている現実とはかけ離れた、不快な匂いだった。


曹操は、他の諸侯の消極性を内心軽蔑していたが、自身も迂闊に動くつもりはなかった。彼は自身の兵力を温存し、来るべき天下争いに備える機会を窺っていた。彼の目は冷静で、計算高かった。彼は自身の部下たちと、静かに虎牢関の守りや、他の諸侯の動きを分析していた。彼の纏う空気は、冷たく研ぎ澄まされていた。


劉備は、この状況に心を痛めていた。彼は董卓を討ち、民を救いたいと心から願っていたが、自身の力は弱く、他の諸侯に発言力を持たなかった。彼は自身の部下である関羽、張飛、趙雲と共に、静かに戦いの機会を待っていた。彼の顔には、無力感と、しかし諦めない決意が滲んでいた。彼の周りには、彼自身の「義」と、それに応える部下たちの「忠」が織りなす、温かい空気が漂っていた。劉備の纏う空気は、並州の土のように温かかった。


丁原は、諸侯の体たらくに、憤りを通り越して呆れ果てていた。董卓打倒という大義を掲げながら、その実態は、名ばかりの同盟であり、互いの野心が絡み合った、薄っぺらい関係でしかなかった。彼の声は、怒りを通り越して、失望の色を含んでいた。彼は、陳宮と共に、虎牢関攻略の具体的な策を練っていたが、他の諸侯の協力がなければ、成功は難しいことは理解していた。


呂布は、虎牢関の前に立ち、その鉄壁の守りを見上げていた。虎牢関を覆う重い空気、死の匂い。彼は、自身の武勇でこの壁を打ち破れると信じていた。赤兎馬の体温が、彼の体に伝わる。しかし、陳宮の言葉を思い出す。戦は力だけではない。他の諸侯の協力がなければ、たとえ虎牢関を突破できても、その後の戦いに繋がらない。彼自身の武勇が、この場でどうにもならない現実に対し、呂布は歯がゆさを感じていた。拳を握りしめ、鎧の手触りを感じる。冷たい金属の手触り。それは、彼の苛立ちを表しているかのようだった。


酸棗の野営地を覆う空気は、張り詰めていながら、どこか弛緩していた。それは、戦場への恐怖と、自身の兵力を失いたくないという保身の匂いが混じり合った、奇妙な空気だった。兵士たちの士気も、この膠着状態の中で徐々に低下していく。兵士たちの間に、不満の匂いが漂っていた。


しかし、呂布の陣営には、他の諸侯にはない温かい光があった。貂蝉、そして三人の娘たちの存在だ。彼女たちの存在は、野営地の荒々しい空気の中で、一服の清涼剤のようだった。兵士たちも、彼女たちの姿を見ると、顔を和らげた。


三人の娘たちは、この膠着状態の中で、父や祖父、そして貂蝉の傍らで静かに過ごしていた。彼女たちには、なぜ戦いが始まらないのか理解できなかった。しかし、大人たちの間に漂う重苦しい空気は感じ取っていた。彼女たちは、父が他の諸侯と話す際の、いつもと違う、どこか苛立ちを含んだ声を聞いていた。彼女たちは、父の傍を離れようとせず、父の鎧にしがみついたり、父の手に触れたりして、安心を得ようとした。父の大きな手の温かさ、並州の土のような匂い。


貂蝉は、並州軍の陣営の中で、娘たちの世話役として、また呂布の傍らで静かに過ごしていた。彼女は娘たちの相手をしたり、繕い物をしたり、野営地の簡単な手伝いをしたりした。彼女の美しさは、周囲の荒々しい戦場の空気とは異なり、清らかで、見る者の心を和ませた。その纏う香の匂いは、周囲の不快な匂いを打ち消すかのようだった。娘たちは、貂蝉の傍で遊び、彼女に話しかけたり、彼女の髪を梳いてあげたりした。彼女たちの小さな指が、貂蝉の艶やかな髪に触れる。貂蝉も、娘たちの無邪気な可愛らしさに、心癒やされるのを感じていた。彼女の声は、鈴のように優しく、娘たちの耳に心地よかった。彼女の手触りは温かく、娘たちの心を安心させた。彼女たちの間には、血の繋がりがなくとも、温かい交流が生まれ始めていた。例えば、貂蝉が娘たちに洛陽の花の話を聞かせたり、歌を歌って聞かせたりする場面。娘たちが貂蝉の美しい髪や衣装に触れたり、彼女の髪を梳いてあげようとしたりする可愛らしい仕草。呂布は、そんな娘たちと貂蝉の様子を温かい目で見守り、心が癒やされるのを感じた。


ある日の夕暮れ、呂布は貂蝉と娘たちと共に、野営地の外を散歩した。遠くに、様々な色の旗がたなびいている。空には、焼ける洛陽から続くかのような、夕焼けの赤色が広がっていた。それは、美しいと同時に、悲しい色だった。


「父様、あそこ、きれいね」華が、空を指さした。彼女の声は、洛陽での恐怖を乗り越え、少しずつ明るさを取り戻していた。彼女の手触りは、柔らかかった。


呂布は、娘の頭を優しく撫でた。並州の土のように温かい、彼の大きな手。「そうだな。でも、あの赤い色は、都が燃えている色かもしれない」彼の声には、悲しみが混じっていた。


暁が、父の顔を見上げた。「父様、都は、どうして燃えているの? みんな、助かったの?」彼女の瞳は、真実を知りたいと輝いていた。彼女の声は、どこか切なさを帯びていた。


呂布は、娘にどう説明すれば良いのか分からなかった。董卓という悪党が、自分の欲望のために都を燃やしたのだ、とは言えなかった。乱世の複雑さ、人間の悪意。助からなかった多くの民の顔を思い出した。


「乱世だからだ」呂布は答えた。「多くの人が、自分の欲しいものを手に入れるために、戦っている。都は、そのために燃やされてしまったのだ。助けることができなかった人も、たくさんいる…」


飛燕が、拳を握りしめた。「父様は、戦うの? みんなを守るために?」彼女の声には、決意の色が宿っていた。彼女の手は、何かを掴もうと力を込めている。


呂布は、娘たちの顔を一人一人見た。暁の聡明さ、飛燕の勇気、華の純粋さ。そして、傍らに立つ貂蝉の、悲しみと優しさが混じり合った顔。彼が守りたいもの。そして、彼が目指すべき「義」の形。


「ああ」呂布は力強く頷いた。「父様は、お前たちを守るために、そして、乱世で苦しんでいる人たちを守るために戦う。それが、父様の『義』だからだ」彼の声は、並州の大地のように揺るぎなかった。


娘たちは、父の言葉を聞き、頷いた。彼女たちにはまだ難しかったかもしれないが、父が正しい道を歩んでいること、そして自分たちがその一部であることを感じ取っていた。彼女たちの小さな体が、呂布に寄り添う。その温かさが、呂布の心を満たした。


貂蝉は、呂布の傍らで、静かに微笑んだ。彼女の瞳には、呂布の「義」に対する理解と、そして深い愛情が宿っていた。彼女は、この男こそ、自身の美しさを武器にするのではなく、人間として、そして「義」を以て乱世を終わらせることができる存在だと感じていた。彼女の手が、そっと呂布の手に触れる。その手触りは、温かく、彼の心を支えた。


呂布は、貂蝉と娘たちの存在が、諸侯の不和の中で、どれほど心の支えになっているかを実感した。彼女たちの温もりと、彼女が纏う清らかな香りは、連合軍の淀んだ空気を忘れさせてくれた。連合の不和は明らかだった。このままでは、董卓を討つことは難しいかもしれない。しかし、呂布は諦めなかった。父である丁原がいる。陳宮がいる。張遼、高順、厳続といった仲間がいる。そして、何よりも、守るべき娘たちがいる。そして、傍らに貂蝉がいる。彼自身の「義」を貫き通す限り、道は開けるはずだ。連合の嵐が吹き荒れる中、呂布の心には、乱世を生き抜く新たな決意が宿っていた。虎牢関という難関が、彼らの目の前に立ちはだかっていた。荒野の風が、彼らの旗を激しく揺らしていた。旗には、丁原と呂布の「義」が刻まれているかのようだった。

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