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第15話:飛将、名馬を得る ~赤兎、龍と駆ける~

第15話:飛将、名馬を得る ~赤兎と駆ける~


李儒からの誘惑を断り、丁原に全てを報告した翌日、丁原は呂布を呼び出した。丁原の顔は穏やかで、その目には変わらぬ温かい光が宿っていた。屋敷の一室には、静かで落ち着いた空気が流れていた。


「奉先よ」丁原は言った。「昨日のこと、李儒からの誘い、そしてお前がそれを断ったこと。特に、娘たちの安全を餌にされても、自身の『義』を貫いたこと。私は、お前の『忠義』を心から誇りに思う」


呂布は、丁原の言葉に胸が熱くなるのを感じた。父に認められたことが、何よりも嬉しかった。父の声は、並州の陽光のように温かかった。


丁原は続けた。「李儒は、お前を誘惑するために、様々な宝を提示したと聞いた。金銀財宝、高官の地位……そして、赤兎馬」丁原の目が、かすかに光を帯びた。「赤兎馬は、確かに天下に並ぶ者なき名馬だ。その速さ、その気迫。多くの武将が喉から手が出るほど欲しがるだろう」


呂布は、赤兎馬の姿を思い浮かべた。真紅の毛並み、筋骨隆々とした体躯、野生の光を宿した瞳。その存在感は、並州の荒野を駆ける狼のように強烈だった。赤兎馬に触れた時の、温かい手触り、筋肉の躍動感。彼の心は、まだ赤兎馬に強く惹かれていた。武人として、あの馬を愛馬としたいという思いは消えていなかった。しかし、それは董卓のもの。自分には縁のない馬だと、心に言い聞かせていた。


丁原は、そんな呂布の様子を見て、静かに頷いた。「お前が赤兎馬に惹かれるのは、無理もない。武人として、あれほどの馬を愛馬としたいと思うのは、当然のことだ」丁原の声には、呂布の気持ちを理解する優しさがあった。


「しかし、父上……」呂布は言った。「私は、李儒の誘いを断りました。赤兎馬も、董卓様からの贈り物とあれば、受け取るわけにはいきません。もう、あの馬のことは…」呂布の声には、諦めの色が滲んでいた。


丁原は、静かに笑った。その笑みは、並州の冬の陽光のように温かかった。「うむ、よく分かっておる。お前は、『義』のために、己の欲を断ち切ったのだな」


丁原は、立ち上がり、呂布の傍らに歩み寄った。そして、呂布の肩に手を置いた。父の手の温もりが、呂布の体に伝わってきた。その手は、並州の大地のように力強く、そして温かかった。


「奉先よ」丁原の声には、深い信頼と期待が込められていた。「お前こそが、あの赤兎馬に乗るに相応しい男だ。天下に並ぶ者なき武勇を持ち、そして『義』を貫く心を持つ。董卓の誘惑を退け、私への『忠義』を貫き通した、お前こそが、真の英雄だ」


丁原は、決然とした声で言った。「あの赤兎馬は、悪党董卓が、お前をたぶらかすために用意した餌だ。しかし、お前はそれを踏み越えた。ならば、あの馬は、もはや董卓の意図のためには使われぬ。お前の『義』にこそ、ふさわしい馬となったのだ」


丁原は、そこで言葉を区切り、意を決したように続けた。「よし、決めた。あの赤兎馬は、お前にやろう」


呂布は、丁原の言葉を聞き、目を見開いた。予想もしていなかった言葉に、彼の心は大きく揺さぶられた。赤兎馬を、自分がもらえるのか。董卓が所有する伝説の馬が、どうして。


丁原は、呂布の驚きを見て、微笑んだ。「董卓は、お前を董卓軍に迎え入れたかったのだ。それが叶わぬとなれば、あの馬を他の者に与えるだろう。だが、あの馬は、悪党ではなく、真の英雄が乗るべきだ。私は、董卓に対し、あの馬をお前の褒美として要求しよう。あるいは、他の手段で必ず手に入れて、お前に与える」


「父上……」呂布の声は震えていた。感謝と、そして受け取る責任の重さからだった。董卓から要求する、あるいは他の手段で手に入れる。それは、丁原と董卓の対立をさらに深めることになる。父にそこまでさせるのか、という躊躇。


丁原は、呂布の躊躇を見抜いた。「何も案ずることはない。董卓との対立は、もはや避けられぬ。この馬を要求することが、対立を深めるわけではない。それに、お前がこの馬を得ることは、並州のため、天下のためになるのだ。お前が命をかけて守ると誓った娘たちのために、この馬はお前を守る力となるだろう」


丁原は、温かい笑みを浮かべた。「お前こそが乗るべき馬なのだから。赤兎馬と、お前の武勇が一つになれば、きっと天下にその名を轟かせ、乱世を終わらせる力となるだろう」丁原の目には、並州の未来、漢の未来、そして呂布と彼の家族の未来が映っているかのようだった。彼は、呂布に全てを託そうとしていた。


呂布は、丁原の心遣いと信頼に、胸がいっぱいになった。赤兎馬への憧れ、そして父への感謝、娘たちを守る力としての期待。父は、自身の命を危険に晒してまで、自分に赤兎馬を与えようとしている。それは、丁原がどれほど自分を信頼し、愛しているかの証だった。彼は丁原に深く頭を下げた。「父上、この恩義、決して忘れません。赤兎馬と共に、必ずや父上の期待にお応えいたします!」


程なくして、丁原は董卓に対し、呂布の忠義を褒める形で赤兎馬を要求した。董卓は李儒の報告を受け、呂布が誘惑を拒絶したことに激怒していたが、丁原が公然と赤兎馬を要求してきたことに驚いた。李儒は呂布の頑なさに加え、丁原の図々しさにも呆れ返った。しかし、丁原は並州の精鋭を率いており、正面からの衝突は避けたい。董卓は熟慮の末、この要求を呑むことにした。赤兎馬一つで、並州の戦力を一時的にでも懐柔できるなら、と考えたのだ。


こうして、伝説の赤兎馬は董卓から丁原へ、そして丁原から呂布へと引き渡された。真紅の毛並み、並外れた体躯。赤兎馬は、新しい主である呂布を見つめ、一声嘶いた。その声は、喜びと、新しい主への期待が混じり合ったような、力強い響きだった。呂布は赤兎馬に跨った。馬の背の感触、その筋肉の躍動。赤兎馬も、呂布という乗り手に、全身の力を預けるかのように呼応した。人と馬の間に、完璧な一体感が生まれた瞬間だった。風が、二人の間を駆け抜ける。


呂布は赤兎馬を駆り、洛陽の郊外を駆け抜けた。風を切る音、大地の土の匂い。赤兎馬の速さは、これまでのどの馬とも比べ物にならなかった。風よりも速く、矢よりも速く。呂布は、赤兎馬と一体となる感覚を味わった。まるで自分の体の一部になったかのような、驚くべき一体感。彼の武勇が、赤兎馬の力によって何倍にも増幅されたのを感じた。彼の体に、力が漲ってくるのを感じた。


「これならば……!」


呂布は、赤兎馬と共に駆ける中で、確信した。この力があれば、董卓も、そして乱世を荒らしまわる全ての悪党も打ち破ることができる。並州を守り、父の教えである「義」を胸に、そして娘たちを、娘たちの誇りを守りながら、乱世を終わらせることができる。赤兎馬を得た呂布は、真の意味で「人中の呂布、馬中の赤兎」という伝説の存在となった。彼の心は、決意に満ち溢れていた。赤兎馬と共に、天下を駆け巡る「飛将」としての、彼の物語が今、始まったのだ。並州から持ってきた鎧の金属の冷たさも、赤兎馬の体温で温められているかのようだった。そして、娘たちの小さな手の温かさを思い出し、彼の心はさらに強くなった。

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