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第1話:辺境の狼煙 ~飛将、大地に立つ~

もっと呂布が描きたくなりIF2を描き始めました。結末も変わります。よろしくお願いします。

第1話:辺境の狼煙 ~飛将、大地に立つ~


漢の最北端、并州。冬は特に厳しい土地だった。剥き出しの大地は、寒風に吹き付けられる砂塵で覆われ、僅かに残る枯れ草が侘しい音を立てていた。空は鉛色に低く垂れ込め、雪雲が今にも白い厄災を振り撒きそうだった。冷たい空気を吸い込むと、肺が凍り付くような痛みが走る。土壁の家々からは、夕餉の焚き火の煙が細く立ち上っていた。その匂いは、並州の冬の匂い、生きる匂いだった。飢饉はここ数年続き、民の顔には飢えと疲労の色が濃く刻まれていた。痩せた頬、くぼんだ目。しかし、その瞳の奥には、厳しい環境で培われた、諦めない強さが宿っていた。家々は土壁と藁葺き屋根の粗末な作りで、寒さを凌ぐにも精一杯だ。風が隙間から吹き込み、肌を刺す。辺境ゆえに朝廷からの支援は望めず、人々は自分たちの力だけで生き抜く術を身につけていた。麦の収穫は少なく、豆や雑穀で飢えを凌ぐ毎日だった。子供たちの腹は膨らまず、顔色は悪い。それでも、彼らは互いに支え合い、この厳しい大地にしがみついて生きていた。


この厳しい并州の大地を守るのが、并州牧・丁原であった。そして、丁原の養子であり、彼の片腕として并州の兵を率いるのが、呂布奉先である。彼の存在が、この土地の民にとって唯一の希望だった。


この日も、並州の小さな村が鮮卑族の襲撃を受けているという報が、烽火と共に駆け巡った。烽火台から立ち上る、黒く太い煙の筋が寒空に立ち上るのを見て、村人たちは顔色を失い、女子供は泣き叫んだ。遠くから聞こえる馬蹄の音、そして不気味な叫び声が風に乗って届いてくる。鮮卑族は騎馬に長け、凶暴で知られている。彼らは獲物を狙う狼のように、並州の村々を襲い、貧しい食料や僅かな家財を略奪し、時には容赦なく命を奪っていく。抵抗すれば、より酷い報復が待っているだけだった。村の若者たちが手に鍬や鉈を持ち、震えながらも村の入口に集まったが、彼らの装備と技量では、鉄の鎧と鋭い武器を持つ鮮卑の騎馬隊に敵うはずもなかった。絶望の匂いが、村全体に漂っていた。


村から立ち上る黒煙が風に乗って流れてくる。焼ける藁の匂い、そして微かに、血の匂いが混じっているような気がした。村人たちの絶望的な叫び声が、風に乗って遠くから聞こえてくるかのようだった。耳を澄まさずとも、その悲壮感が伝わってくる。


その時だった。地平線の彼方に、一つの影が現れた。最初は小さかったが、瞬く間に大きくなる。それは一騎の馬であった。並外れた速さで大地を駆けてくる。その馬に跨っているのは、巨大な影。並州の兵士ならば誰もが知っている、その姿。村人たちも、遠目にもその姿を認識し、息を呑んだ。


「呂、呂将軍だ!」


誰かが叫んだ。その声は震えていたが、希望に満ちていた。その声に、村人たちの顔に一瞬、希望の光が灯る。硬く強張っていた表情が、少しだけ緩む。駆けてくるのは、まだ赤兎馬ではない、黒い毛並みの精悍な駿馬だ。風を切る音が、鋭く耳朶を打つ。馬の駆ける速度に合わせて、跨がる男の深紅の鎧の一部が、夕暮れの冷たい光を反射して鈍く光る。手に握られているのは、彼の得物、方天戟。それは、武具というよりも、巨大な刃を持った棒のように見える。


呂布は、村の入口に集まっていた鮮卑族の騎馬隊の前に、地を裂くような勢いで躍り出た。馬が立ち上がり、嘶く。その嘶きは、鮮卑兵の心臓を鷲掴みにするかのような、鋭く恐ろしい響きだった。呂布は馬上で方天戟を一閃した。風がうねる。


「貴様ら、何をしている!」


その声は、寒風を切り裂き、戦場に響き渡る雷鳴のようだった。大地が震えるかのような、低い、しかし圧倒的な迫力を持つ声だった。鮮卑族の兵士たちは、突如現れた一騎の武将の、尋常ならざる気迫に一瞬怯んだ。彼らは并州の呂布奉先の武名を知っていた。漢の中でも、いや、天下においても比類なき武を持つという噂は、遠く北方の異民族の間にも届いていたのだ。彼らの目には、畏怖の色が浮かんでいた。


しかし、数百の兵を率いる鮮卑の将は、一騎に怯む自分たちの姿に怒りを覚え、叫んだ。「怯むな! たかが一騎! 囲んで殺せ!」彼の声は、怯えを誤魔化すかのように上ずっていた。


鮮卑の騎馬隊が、鋭い叫び声を上げながら、呂布を取り囲むように殺到する。彼らの馬蹄が大地を叩く音が、轟音となって響き渡る。鋭い矢が放たれ、甲高い音を立てて呂布目掛けて飛んでくる。長い槍が突き出される。しかし、呂布は微動だにしなかった。馬上で方天戟を構え、迫り来る敵を迎え撃つ。彼の周りの空気だけが、異常なまでに張り詰めている。


最初の鮮卑兵が呂布に肉薄した瞬間、方天戟が閃いた。金属が肉と骨を断つ、重い音が響き、鮮卑兵は馬から弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。血しぶきが舞う。その勢いのまま、呂布は馬を駆り、敵の群れの中に突入した。彼の馬も主の意思を完全に理解しているかのように、敵兵の間を縫うように駆け抜ける。


彼の武勇は、まさに人間離れしていた。方天戟を振り回すたびに、鮮卑兵は馬ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。彼の周りだけ、空間が歪んだかのような異様な迫力があった。矢が雨のように飛んでくるが、呂布は驚異的な速さでそれを避け、あるいは鎧で弾き、或いは方天戟で叩き落とした。金属が当たる甲高い音、矢が地面に突き刺さる乾いた音(第六回検討会)。彼の馬もまた、主の意思を完全に理解しているかのように、敵兵の間を縫うように駆け抜ける。その速さは、並州の冬風のように鋭く、鮮卑兵には捉えきれなかった。彼らは呂布の姿を追うこともできず、ただ次々と地面に倒れていく。


呂布は、周囲に集まる数百の鮮卑兵に対し、一歩も引かず、まるで踊るかのように戦場を駆け巡った。彼の武技は、計算され尽くした完璧な動きと、内からほとばしる圧倒的な破壊力の融合だった。方天戟の穂先が描く軌跡は、風を切り裂き、金属音と血の音、そして断末魔の叫びを後に残す。鮮卑族の将は、目の前で繰り広げられる光景に、恐怖で顔色を失っていた。たかが一騎、と侮った相手は、もはや人間の領域を超えた存在に見えた。彼の声は震え、指示もままならない。


呂布は、鮮卑の将目掛けて一直線に突撃した。将は慌てて槍を構えるが、その槍は呂布の方天戟に軽々と弾き飛ばされる。呂布は馬上で身を翻し、方天戟の柄で将の鎧を叩いた。重い金属がへこむ鈍い音(第六回検討会)が響き、将はそのまま馬から転げ落ちた。意識を失っているのか、ぴくりともしない。


将が倒れたのを見た鮮卑兵たちは、完全に戦意を喪失した。彼らの目には、もはや敵を倒すという意思はなく、ただ目の前の「鬼神」から逃れたいという恐怖だけが宿っていた。彼らは蜘蛛の子を散らすように、来た方向へと逃げ去っていく。馬蹄の音が遠ざかり、静寂が戻ってきた。


呂布は追撃せず、ただ荒い息を吐く馬上で、方天戟の血を払った。鎧にはいくつもの傷がついていたが、彼の体はぴくりともしない。彼の周りには、横たわる鮮卑兵の骸と、飛び散った血が、雪が降り始める前の黒い大地に、不気味な模様を描いていた。焼ける藁の匂いはまだ微かに残っているが、血の匂いがそれを上回っていた。


村人たちは、恐る恐る村の入口から出てきた。彼らは目の前の光景に息を呑んだ。たった一騎で、数百の鮮卑族を撃退したのだ。彼らの目には、畏敬と感謝、そして安堵の涙が浮かんでいた。彼らは呂布に向かってひざまずき、感謝の言葉を叫んだ。


呂布は、馬上で彼らを見下ろした。彼の顔には、戦いの興奮と疲労の色が混じっていたが、どこか寂しげな影もあった。彼は、自分が民を守れたことに安堵していたが、この戦いが終わりのないものであることも知っていた。辺境の守りとは、常に血と隣り合わせなのだ。


彼は村人たちに何も言わず、ただ軽く頷いた。そして、馬首を並州の中心、丁原の治める九原の方向へと向けた。まだ雪は降っていないが、冷たい風が吹き始め、肌を刺す。並州の冬は、戦場と同じくらい厳しい。


遠ざかる呂布の背中を、村人たちはいつまでも見送っていた。彼らは知っていた。自分たちが今、生きているのは、あの「飛将」がいるからなのだと。彼の武勇こそが、この厳しい大地における、唯一無二の希望なのだと。


呂布は馬を駆りながら、胸の内の温かい感覚に思いを馳せた。そこには、彼が守るべき、何よりも大切な存在があった。彼の家には、三人の娘たちが待っているのだ。

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