いよいよ正式な婚約破棄
「えっ!?数日間ここから離れる!?」
「どうしても外せない用事ができてしまったのでお許しください」
アザリアと出会って2週間ほど経ったある夜、急にそんな話をされたものだから驚いてしまった。
「そ、それはどうしても行かないといけないの?」
「はい」
「…どうしても?」
「……すみません」
アザリアは困ったように眉を下げた。
誰しも言いたくないことの1つや2つはあると思う。
そもそも私用に首を突っ込むのも失礼だよね…。
「そっか……分かった」
「魔女様…」
「その代わり、帰ってきたら沢山話そうね」
「はい!もちろんです!」
たった2週間でもアザリアとの暮らしが染みついてしまったので、正直1人になることが怖い。
もちろん完全な魔女になるための練習で妖精とお話ししているため、学園に行けば話し相手はいるがそれでも寂しい。
「じゃあ待ってるから気を付けてね」
「ありがとうございます。魔女様も魔力の暴走にお気を付けください」
「ありがとう」
行かないで欲しい、という言葉を呑み込んで夜の間に家を出るアザリアを見送った。
カラスの翼で飛び立つアザリアを見送って1人になった私は寂しさに蓋をして眠りについた。
今日でアザリアが家を出て5日目。
自分が魔女であるということを知るまでこの生活を2年も送っていたとは思えないほどつらい。
昼休みに妖精たちと話しているからまだ精神は保てているが、以前はこの会話もなかったなんて考えられない。
(あー…しんどい)
授業が終わり、帰りの挨拶も終わった瞬間立ち上がる。
帰り支度はもうすでに終わらせているためすぐに鞄を持って教室を出た。
今日もさっさと帰って魔術の自主練をしよう、なんて考えながら廊下を歩いていると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。
貴族や令嬢が通うこの学園で走る人がいるなんて珍しい。
なんとなく気になって振り返ると同時に肩を掴まれた。
「やっと追いついた…!」
「カ、カイウス…!?」
私の肩を掴んだのは予想外にもカイウスだった。
どうやらわざわざ走ってきたようで、軽く肩で息をしている。
「え、何…ですか?」
「少し話がしたい。今時間あるか?」
時間自体はあるのだが、カイウスと話す時間があるかと聞かれればない。
私としては話したいことも…、
あ、婚約破棄の話か。
カイウスがここまで走って来たのも、いい女性が見つかったため一刻も早く私との婚約を破棄したいからに違いない。
そうじゃないと彼がわざわざ走って私の元に来るなんてありえない。
こちらから婚約破棄の話を持ち掛ける手間が省けたと思えば、今日話をしてもいいのかもしれない。
「勿論です。ここで立ち話もなんですし場所を変えましょうか」
「ありがとう。折角なら俺の屋敷で話さないか?」
「……えっと、気まずくないですか?」
カイウスの両親もいるだろうし、もし「この人が新しい婚約者だ」なんて言われたら気まずすぎる。
普通に考えれば元婚約者に新しい婚約者を紹介するなんてあり得ないのだが、このカイウスという男はやりかねないのだ。
「気まずい…のか?」
「はい。ならせめて私の屋敷で話しましょう。誰もいませんし、話しやすいでしょう」
カイウスは私の言葉に悲しそうな表情をしてから頷いた。
なんでそんな表情をされないといけないのだろうか、と疑問に思うもあえて言葉を呑み込んだ。
「じゃあ荷物を取ってくる。少し待っていてくれ」
「お茶の用意もありますから先に帰らせていただきます。あとからゆっくりと馬車でお越しください」
「一緒に帰ればいいだろう」
「いえ、さすがにそこまでお世話になるのは申し訳ないので大丈夫です。ありがとうございます」
適当に頭を下げてから、ふと周囲を見る。
廊下で私たちが会話をしていただけなのに、気づけば周囲からは十分すぎるほどの視線を集めてしまっていた。
(これでもまだ婚約者同士なのになぁ)
まあ、それも今日までか。
カイウスを待つわけもなく、私は1人で学校を後にした。