本当に知らなかったもん
放課後、いつもならカイウスが女性たちと談笑をしていることにモヤモヤしながら帰り支度をするのだが、今日はさっさと支度をする。
アザリアと沢山話したいことがあるのに、学園にいると人目を気にして小声で話さないといけないため疲れてしまう。
支度を終えて教室を出る直前、思わぬ人物が教室の外に立っていた。
昨日、私の耳を引っ張ってきた令嬢だ。
彼女は私と目が合うと、可愛らしい目元を吊り上げて詰め寄って来た。
「待ってましたわよ、シエナ様!」
「私ですか?カイウスならまだ教室にいますよ」
「まあ!カイウス様のことを呼び捨てにするなんて…!なんて身の程知らずなのかしら!」
キンキン声で叫ぶ令嬢に思わず顔をしかめる。
正直、名前も知らないこんな令嬢に時間を使いたくない。
「…カイウス様ならまだ教室にいらっしゃいますのでお呼びしましょうか?」
「あなたに用事があると言っているでしょう!」
「……」
いちいちうるさい。
帰っていいかな。
そんな愚痴を呑み込んでいると、隣にいるアザリアが慌てた様に声をかけてくる。
「魔女様、そんなに感情を動かされると…」
その声に一旦冷静さを取り戻す。
話を聞くだけ聞こう。
そのあと帰ろう。
「分かりました。では用件をどうぞ」
「ようやく聞く気になりましたわね!昨日あなたが勝手に去った後、カイウス様が私に『シエナを傷つけるな』とおっしゃったのです!おかしくなくって?!」
「はあ」
「カイウス様があなたを庇うなんてあり得ない!そうよ!あなたが洗脳したのよ!」
令嬢は1人でヒートアップしていく。
「あの」
「何よ!!」
「私はカイウスを…あ、カイウス様を洗脳なんてしていません。そもそも私に何の得があるんですか?」
「カイウス様と私の仲を裂けば、婚約者という立場を守ることができるじゃない!」
「そもそも、あなた誰ですか?」
私の言葉に先ほどまで騒いでいた令嬢は固まった。
隣で全てを見ていたアザリアが耐えきれなかったように吹き出した。
「ぷっ、くく……っ」
「な、何よ!このミレイ・アギレラのことを知らないというの!?」
(知らね~~~~~)
正直聞いたこともない。
アギレラ家自体は聞いたことはあるが、ミレイ・アギレラという名前は初めて聞いた。
しかしそれをここで言うと話が長引くため、適当に合わせておく。
「まあ、あなた様がミレイ様でしたか!お名前は存じ上げておりました」
「ふん!今更そんなご機嫌取りをしようとしたってそうはいかないわよ!」
「いいえ、本心です。このシエナ、まだまだ世間知らずでございますのでお許しください」
適当に持ち上げると、次第に気を良くしたミレイ嬢は満足そうに頷いた。
「まあ、いいわ。許して差し上げます」
「ありがとうございます。では私はこの辺で失礼させていただきます」
「ええ」
解放の言葉を聞いた瞬間、早足でその場を去る。
後ろから今更話をすり替えられたことに気づいたミレイ嬢の叫びが聞こえたが無視して校舎を出た。
「……く、あははっ!はー笑いました」
アザリアは涙を拭いながらも未だに笑っている。
正直今日1疲れたがアザリアが笑ってくれたならまあいいか、という気持ちになる。
それにしても、婚約者としてカイウスを見ないとこんなにも楽になるのか。
きっと今までならもっとイライラして傷ついていただろう。
「そんなに面白かった?」
「今までの魔女様からは考えられない言葉だったので余計に面白くて…ククッ、すみません」
「めっちゃ笑うじゃん」
「本当に申し訳ございません」
「いいよいいよ。アザリアが笑ってくれるならそれで充分」
いつもはつまらない帰路を楽しく帰る。
私の日常が段々と変わっていく。
例え人間から離れていっているとしても、この道を選んだことは後悔しないだろう。