どうやら私は魔女らしい
あの後も窓ガラスが割れた原因は分からなかったらしい。
ただ、ガラスの破片が室内に飛び散っていたことから外から何かを投げられた可能性が高いと見られている。
しかも、あの時割れた窓ガラスは1枚だけではなく複数枚あったそうだ。
(不思議なこともあるものね)
1人、寝るための支度をしながら今日の出来事を思い出す。
それにしてもカイウスに見向きもされていないとは思っていたが、まさかアレほどだったとは。
正直ショックではあったが、何だかすっきりした気持ちになった。
(どうせならカイウスに固執しなくても済む生き方を見つけようかしら。他の婚約者を見繕うというのもありね)
ベッドに入りながらそんなことを思う。
吹っ切れてしまえば心は一気に軽くなった。
「明日が楽しみになるなんていつぶりかしら」
思わず漏れ出た声に驚く。
独り言を呟くほど浮ついているのか。
婚約者に見放されたばかりだというのに楽しくて仕方ない。
上がる口角を抑えきれない。
「ふふっ、あははっ!」
ベッドの上で寝転がりながら大笑いする。
頭がおかしくなったと言われても仕方ない。
まあ、そんなことを言う人もいないのだけれど。
__コンコンコン
しばらく笑っていると、突然ノック音が聞こえた。
その音に浮ついた気持ちは一気に冷める。
だって、ノック音なんて私しかいない屋敷で聞こえるはずがない。
__コンコンコン
固まっていると再び聞こえる。
よくよく聞いてみると、その音は窓の方から聞こえるようだ。
バルコニーがついているため、誰かいるのかもしれない。
「だ、だれかいるの…?」
「にゃーん」
「ぇ」
こっそりカーテンを開けると、そこには真っ黒な毛並みをした黒猫がいた。
猫は私を見上げると嬉しそうにもう一度鳴き、カリカリと窓に爪を立てている。
迷い込んでしまったのかと思い仕方なく窓を開けてやると、隙を見て素早く室内に入り込んできた。
「にゃー」
「ちょっと!」
猫は室内を自由に歩き回るとソファーの上に姿勢よく座った。
その態度に無理矢理追い出す気が失せてしまった。
「……ミルクでいいのかしら」
「にゃん」
「…今夜だけよ」
この時、私は気づいていなかった。
猫の手では人間が叩くようなノック音が出せないことを。
ミルクを取りに食堂へ行こうとドアノブに手をかけた所で、扉に自分を覆うほどの影が映っていることに気が付いた。
つまり、自分のすぐ後ろに誰かいる。
その事実に気づいたと同時に後ろから誰かに抱きしめられた。
「やっと見つけました。僕たちの魔女様」
その声は聞いたことが無いはずなのにどこか安心感を得られるものだった。
最初はたしかに恐怖を感じたのに、今ではすっかり逃げる気を無くしてしまっている。
誰かに優しく抱きしめられている感覚が久しぶりすぎて抜け出せない。
「僕たちの魔女様。ずっと探していました。やっとコチラ側を見てくれましたね」
「……あ、あなた、誰、なの?」
「僕はアザリアと申します。猫とカラスの獣人です」
抱きしめられながらも向きを変え、アザリアと名乗る人物の顔を見上げると笑顔を返される。
ローブを被っているものの、その隙間から見える黒髪と金色の瞳がよく映える中性的な顔立ちをしていることが伺えた。
状況は異常なのに、そんなことよりも自分を見つめてもらえていることが嬉しくて仕方ない。
「魔女様、くすぐったいですよ」
アザリアを抱き締めれば、笑いながらも抱きしめ返してくれる。
初対面のはずなのに全てが安心に繋がった。
「…私、魔女なの?」
「はい。今日の昼間、魔術を使ってくれたでしょう。だから僕が気づけました。魔女様が僕を呼んでくれたのです」
ありがとうございます、とアザリアは笑う。
アザリアがいう魔術というものを使った自覚はないけれど、魔女様という存在がどれほど嬉しいかは伝わって来た。
それに「ありがとうございます」なんて言われたのはいつぶりだろうか。
その言葉に視界が滲む。
泣きそうになるのなんて久々だった。
「魔女様、完全な魔女になる気はありませんか?」
「え?」
アザリアは私を抱きしめる力を強める。
「完全な魔女になって、僕たちと一緒に人間がいない国で暮らしましょうよ」
「…『完全な魔女』って何?」
「今の魔女様はまだ未完成な状態です。魔術を扱う訓練や様々な知識を身に付けることで完全な魔女となっていくのです」
アザリアは私を離すと、今度は手を優しく包み込んでくれた。
「ですが、そもそも魔女になれる人間は滅多にいません。まさに奇跡。だから僕たちは魔女を探し求めているのです」
「奇跡…」
「だからと言って僕たちは完全な魔女になることを強制したりはしませんよ。なってくれたら嬉しいですが、それを決めるのは魔女様ですから」
私はもうカイウスに必要とされてない。
アザリアのいう国には私の居場所がある。
もう婚約者にも家にも未練はないのだから、このまま完全な魔女になってもいいのではないか?