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愛していたのは私だけ


「見て、シエナ様よ」

「もしかして両親が事故に遭われたという?」

「そうそう。あんな問題だらけの令嬢が婚約者だなんて、カイウス様が可哀想ね」

「噂によると、シエナ様が婚約破棄を認めないらしいのよ」

「まぁ!往生際が悪いのね」


ヒソヒソと行われる噂話に聞こえないふりをする。

最初は傷ついていたが慣れてしまえば何てことない。


学園内で私の悪評を聞かない日はない。

婚約者がいる令嬢でさえ惚れてしまうほどの美しい容姿に加えて、成績優秀かつ品行方正なカイウス。

そんな彼の婚約者というだけでも色んな標的にされかねないのに、カイウス本人から無視され続けているとなるとより悪化する。


今日もまた、誰とも会話せずに帰るのだろう。


(……まあ、学園は学ぶ場所だからいいか)


そんな言い訳じみた言葉を心の中で吐いて授業の準備をした。



午前の授業が終わって昼休み、昼食を取る気にもなれず中庭で読書をしていると誰かの会話が聞こえた。

さり気なく移動しようとベンチから立ち上がったところで、その声が聞き慣れたものであることに気が付いた。


カイウスだ。


気づいてしまえば上手く足が動かなかった。

ほんの少しでもいいから会話がしたかった。

そんなことを思うまで私の心は疲弊して弱っていた。


「あら、もしかしてシエナ様?」


声の方を見ると、複数の令嬢と彼女たちに囲まれたカイウスがいた。

彼は眉1つ動かさず、私のことを見つめている。

声をかけていたのはその中の1人の令嬢だった。


「ごきげんよう。すぐにここを空けますね」


カイウスと会話をしたいと思っていたが、何か言われることが急に怖くなった。

まるで今気が付いたかのように立ち上がり、ベンチを空ける。


「失礼しま、」

「あなた、カイウス様の婚約者らしいわね」


さっさと挨拶をして立ち去ろうとした時、カイウスの腕に絡みついていた令嬢が口を開いた。

腕を解くと共にツカツカと私の目の前に来る。


「あなたみたいな問題だらけの令嬢、カイウス様のような素晴らしい方の婚約者にふさわしくないとは思わないの?駄々を捏ねていないでさっさと婚約破棄を認めてくださる?」


彼女の言葉がうまく入って来ない。

まるで異国語のようだ。


婚約者に相応しくない? 問題だらけの令嬢? 駄々を捏ねている?

……婚約破棄を認めてくださる、ですって?


「もうっ!黙ってないで何とか言ったらどう!?その耳は飾りかしら!?」


何も言わない私に痺れを切らしたのか、彼女が容赦なく私の耳を引っ張った。

その痛みに顔を顰める中、彼女の肩越しにカイウスと目が合った。


カイウスは何も言わず、ただ静かに私を見つめていた。

そんな彼の瞳は、私のことを映していなかった。

婚約者がこんな仕打ちを受けているのに、婚約破棄というデマの否定すらしない。


(ああ、そうか)


ずっと縋っていたものが音を立てて崩れる感覚がした。



(形だけでも愛していたのは私だけだったんだ)



心の中でそんな答えが出た瞬間、近くで何かが割れる音と誰かの悲鳴が聞こえた。


「な、何!?」


私の耳を引っ張っていた令嬢が手を離した隙に私は彼女と距離を取った。

そして落ちてしまった本を拾い上げる。

良かった、目立った汚れはなさそうだ。


「では、私は失礼します」


驚いて固まっている彼女たちを放っておいて踵を返せば、彼女の怒声が飛んでくる。


「お待ちなさい!!何をしたのよ!!」

「何を、と言われましても困ります。私はあなたに耳を引っ張られていたので何もできませんし、していませんよ」

「じゃあなんでそんなに落ち着いているのよ!!!」

「……人間ってある程度を過ぎると多少のことでは動じなくなるんです」


未だにキャンキャンと吠える令嬢を無視し、私は今度こそ中庭から去った。

結局、カイウスと会話をすることはなかった。



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